聖騎士と女たち
トイレを貸すと、聖騎士の二人は家の中に入って来ることになる。
その隙を見逃さず、マリアは、ニールに風呂も入るよう促した。
ニールは最初、断っていたが、しつこく勧誘するマリアに押し切られ、ついに風呂へ入る。
ニールは、すぐに日常的に風呂へ入るようになった。
「あなたも入ったら?」
「あいつ……先輩だからこう言うのはなんだが、聖騎士の風上にもおけん」
「人間なんだから、そうしたいのは当たり前。間違ってないよ」
「俺たちの任務は警護なんだ。風呂に入っている間に敵襲を受けたら、ひとたまりもない」
「じゃあ、剣を持って入ったら?」
「まあ……俺たちは、何も身に纏っていなくとも剣だけは離さんからな」
──何も身に纏って……
その言葉で、アイリスは無意識に妄想する。
リュカが腰に下げる大きな剣に目をやる。
──聖騎士の体って、どんなのだろう。
あたしは貴族や魔術師としか付き合いはなかったし、好きになる相手もそういうのばかり。
こんな大きな剣を、目にも止まらない速さで振るうんだ。
きっと、すごい筋肉なんだろうな。
まあ、あたしはそんなの、興味ないけど。
「まあ、とりあえず、剣を持って入れば大丈夫じゃない? あなたが言う通り、万が一の時には裸でもいいからあたしを護ってくれればいいよ」
「お前……言ってて恥ずかしくないのか? 想像してみろよ」
リュカが顔を逸らす。
「ちょっ……いや、そ、そういう意味じゃなくて! 勘違いしないでよね!」
やはり、こいつといると調子が狂う。
「じゃじゃ馬」って、誰が言ったんだ、と憤慨していたのだ。
正直、おしとやかに振る舞ってきたつもりなのに。
アレックスといる時だって、彼を立てて、乙女らしくしてきた。まあ、リュカと遭遇した時にはつい本性が出てしまったが。
それが、リュカといると、なぜかこんなふうに、言いたいことがつらつら出てきてしまう。
「もう、余計なことばっかり言ってないで、さっさと入ってきて」
「…………」
アイリスに強引に引っ張られて、とうとうリュカはどんどん家の中を進んでいく。
「……どこなんだ?」
「こっちだよ」
やっと諦めてくれたらしい。
リュカは大人しくついてきた。
お風呂の前まで案内し、脱衣所で説明する。
「じゃあ、終わったら言ってね」
そう言って、アイリスはリビングへ戻った。
が、ふと思いつく。
──せっかく風呂に入っても、あいつは着替えを持っていない。
鎖帷子の下は、シャツを着ているのだろうか。
お父さんの、入るかな? あいつ、少年兵士のくせに背が高いからな。
ゴードンのクローゼットを勝手に漁り、シャツを取り出した。
次から、シャツくらい持ってくるように言っておこう、と考えながらアイリスは脱衣所の扉を開ける。
「ねえ、終わった後、これに着替えて──」
このあと起こったことは、まあ、当然のことではあった。
どうして思い至らなかったのか、と自分でも不思議でならなかった。
リュカは、すでに裸だった。
一つも服を身につけていない。
アイリスに背を向けていたが、声を掛けられたせいで体ごとこちらを向く。
「いっ……」
奇声をあげて、アイリスは固まった。
「なんだ?」
「あっ、あっ……」
顔が熱い。
頭が真っ白だ。どうしていいかわからない。
父以外のそれを目の当たりにしたのはアイリスも初めてだったのだ。吸い寄せられるような視線は無意識に下半身を凝視する。
握りしめていた服を放り出し、慌てて扉を閉めて脱衣所を飛び出した。
「あら、どうしたの?」
マリアの問い掛けに応じることもなく、テーブルに両肘をついて頭を抱えるアイリス。
──ああ、どうしようどうしよう。
見てしまった。これって、あたしが悪いんだよね? でも、あいつが服も持ってこないから。持ってきてれば、こんなことには……そんなこと言っても、あいつは風呂に入ることを拒否ってたんだから、無理か。やっぱあたしが悪いのか。謝る? だってまともに見ちゃったし。まあでも、減るもんじゃないし……ダメダメ、あたしが覗かれてたら絶対ぶっ飛ばしてるよね、やっぱあたしが悪いよねっ、
どうしよ──────っっっっっ!!!
頭の中をグルグルさせていると、リュカが風呂から出てきた。
片手で持ったタオルで頭をガシガシやりながら、もう片手には鞘に収まった剣を持ち、ゴードンのシャツを着ている。
下半身はすでに白銀に輝くプレートアーマーのパーツを身につけていた。
「……ありがとうございました」
リュカは、小さな声でマリアに礼を言う。
床に剣を置き、両手で髪を拭いていた。
鎧を身に纏っている、任務中に見せるリュカの顔つきとは違っていた。
今はきっと、家にいる時に見せる顔。
リラックスして、表情が緩んでいる。
初めて見たその顔に、アイリスの鼓動がとくん、と高鳴る。
やはり、どうも調子が狂うのだ。
「では、警備に戻ります」
リュカは玄関から出ていく。
後ろ姿を見送りながら、アイリスは考えていた。
脱衣所を覗いた時に、最初に見えたのは背中。
その背中には、数えきれないほどの傷があった。
それだけではない。こちらを向いた時にも、全身に傷やアザがあった。
彼はまだ、自分と同じ一五ほどの年齢のはず。
なのに、一体どんな人生を送ってきたのだろうか。
命も惜しくない。
彼はそう言った。
どうしてなのだろう。
ずっと考えているが、わからない。
何かよくわからないが、胸が締め付けられる。
父が言ったのだ。もうすぐ、隣国イストリアと戦争に入る。
彼ら聖騎士は、全国民の盾となって戦うことになるだろう。
彼も──リュカも、間違いなくその最前線で戦うことになる。
どうにかしないといけない──。
アイリスは、そう思い始めていた。




