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夕暮れ

作者: はくびしん

 夕暮れ時。それは逢魔が時とも呼ばれる時間帯のことである。常世と現世の境界が曖昧になるといわれているが、現実とは別の世界とつながっているというのはあながち間違ってはいないのではないかと思う。あれはいつのことだっただろうか。日没の時間が早くなり、徐々に寒さを感じ始める時期だった気がする。帰宅途中の歩道橋でふと顔を上げると、ビルの隙間から赤い空が顔をのぞかせていた。幻想的な空のグラデーションに自然と足が止まる。夜との境目を探すように、ちょうど上を見上げたとき何か違和感を覚えた。あたりを見回してみてもいつも通りの景色が広がっている。気のせいかと思い一歩踏み出したところでその違和感の正体が分かった。音が消えている。車のエンジン音や他の人の話し声、木々がぶつかり合うような音もない。何が起きているのだろうか。無性に恐怖を感じ、とにかくその場から離れたくなった。一心不乱に走っていると靴が地面と擦れ合う音は耳に届き、自身の耳に異常が生じたわけではないと分かった。一方で、自身が生み出す音以外にはこの世界の音がない。がむしゃらに走り続け、自宅周辺までたどり着いた。息を整えながら歩いていると、空の様子が全く変化していないことに気づいた。先ほどまでは魅力的に見えていた景色も心持ちが変わると不気味に見えてくる。絶望感を抱きながら再び歩みを進めると、セミが羽化しているところが目に入った。普段であれば気にも留めないことであったが、このときは自分以外の生き物に出会えたことがとてもうれしかった。意思疎通はできないものの、なぜかこのセミから目が離せなくなり、しばらく羽化の様子を観察していた。セミの幼虫のなかから真っ白なセミが出てきた。そのセミの色は徐々に変化していった。まるでいまの空のような色合いに染まると、突然力強く羽ばたいていった。ふと気が付くとあたりは真っ暗になっており、それまでセミがいた場所には抜け殻だけが残っていた。あれは果たして夢であったのか現実であったのか。今となってもどちらであるのかわからない。しかし、この体験はそれまで抜け殻のように生活していた自分に確かな変化をもたらした。日常の中にも小さな発見はいくつもあふれており、世界を見る目が変わればいくらでも新しいものが見えてきた。それまで灰色だった世界に色鮮やかなグラデーションが生まれた。もしかしたらあのセミは以前の自分だったのかもしれない。何者にもなれず、空っぽだった自分。あの日のセミの抜け殻はガラスケースに大事に保管してある。出かける準備をしながらガラスケースにふと目をやると、その抜け殻が応援してくれているように感じた。そんな訳ないかと、フッと笑うと新しい一日への扉を開いた。

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