17話 絡み合う意図
「ダブルデートなんて聞いてないのだけれど?」
「あぁ。たった今話したからな」
その直後、京ヶ峰は隠す気のない舌打ちをしてみせた。
「いや、なんで怒ってるんだ……」
「怒っていないわ。ただ、なんの相談もなく事を進めた最円くんにイラッとしただけ」
「それはもう怒ってるだろ……」
六組の教室、俺は『財前宗介と仲良くなる作戦』として進めていたダブルデートの件を京ヶ峰と万願寺に話したのだが、二人の反応は芳しくなかった。
特に、京ヶ峰に至っては露骨に不快感をアピールしてくる。
「そもそも……あなたが私たちに相談したのは、一人で解決するのが難しいと判断したからでしょう? なのに、妹さんが言うから家には帰らないと言ったり、急にダブルデートの話なんかして……自分勝手だとは思わないのかしら?」
「それは……確かに」
彼女の言うことは最もだろう。まさか、二人がこんなにも協力的になってくれるとは思ってもみなかった。
万願寺は浮かない顔をしていて、京ヶ峰は睨みつけてくる。さすがに罪悪感を感じて「すまない」と頭を下げると、ようやく呆れたようなため息が緊迫した雰囲気を緩めた。
「まぁ、いいわ……。それより、私も財前宗介の事を調べたのだけれど、あまり良い情報は得られなかったことだけ報告しておくわね」
「調べたって、どうやって?」
頭を上げれば、経ヶ峰は肩をすくめている。
「次の投票を取引にして、元クラスメイトに聞いたのよ。彼が以前付き合っていた元カノとも会ったわ」
「マジか……というか、よく元カノも話してくれたな」
まさか、本当にそこまでしてくれていたとは思いもよらない。
「よく、敵の敵は味方と言うでしょう? ……けれど、彼の弱みは得られなかったわ」
そこまで言った京ヶ峰は「いいえ」と、呟くように否定を入れてから、
「正確に言えば、それはリコールができるほどの弱みではなかった」
そう言い直した。
「じゃあ、弱み自体はあったのか」
「あったというか……これは元カノから聞いたことなのだけれど、財前宗介という男は付き合ってる女性に対して関心がなかったということだけ」
「……あぁ、なるほど」
それは胡兆から聞いていた通りだ。財前が女子と付き合ってる理由は、他の女子に言い寄られないため。関心なんてあるはずがない。
「なぁ、もし可能なら奴が今付き合ってる十文字って女子のこと調べられないか?」
今度のダブルデートに向け、無理を承知でそんな事をお願いしてみると、やはり嫌そうな顔をされたものの言葉にまではされず。
「取引条件は既に決めていたから、追加で調べてもらうことはできないわ。そんな事を通せば、今度は私が相手のワガママを通してあげなければならなくなるもの」
「……たしかに」
少なくない罪悪感も相まってか、そこで諦めようと思った。むしろ、ここまでやってくれた京ヶ峰には感謝しかない。
「なんか、ありがとな。こんなに協力してくれるとは思ってなかった」
だから、それで終わらそうと思ったのに、
「けれど、特権を取引条件に追加すれば調べられると思うから少し待ってくれないかしら」
京ヶ峰はそんなことを言い出したのだ。
「特権って……それはやり過ぎだろ」
「別に、特権なんてテストの度に貰えるのだし、私は今後使うことはなかったものだもの。腐らせるよりはマシでしょ?」
京ヶ峰は事も無げに言ってみせたが、テストの度に貰えるのは学年成績上位者だけだ。もちろん俺は特権を有していない。
それをまるで使い捨てのように言ってみせた事が信じられなかった。
「いやいや、だとしても……それは他人の為に使うようなものじゃないぞ!」
「私が良いと言っているのだから良いのよ」
なおも彼女は、興味なさげにサラリと述べる。
「お前、特権の価値を見誤ってないか……? それを使えばクラスに戻ることなんて簡単だし、クラスリーダーになることだって夢じゃないんだぞ?」
それは誰もが得られるものじゃない。だからこそ、それは自分のためだけに使うべきだ。
それを分かって欲しくて反論したにも関わらず、京ヶ峰は大きなため息を吐いたの後、これまでよりも鋭く、俺を睨みつけた。
「……見誤ってなんかいないわ。私は特権の価値を正しく認識している。だから……見誤っているのは私じゃなくて最円くんのほうね」
有無を言わせない威圧に俺は呆然とするしかない。
なぜこんなにも京ヶ峰が協力的なのか、
なぜこんなにも京ヶ峰が怒っているのか、
俺の腕の怪我だけでは、あまりに不足している気がする。
「それと、私がクラスリーダーになる手段も考えたのだけれど、期限が次の投票までだからそれは除外したわ」
圧のある声音のまま京ヶ峰はそう言い、くるりと俺に背を向けた。
もはや、俺が何かを主張する隙すら与えず。
「……あのさ、由利からの伝言なんだけど」
そんな俺に、今度は万願寺がおずおずと声をかけてくる。
そして、かわいいケースに入れられたスマホを渡してきた。
なんだ? と思い、万願寺を見つめるが黙ったまま。
これは……画面を見て良いということだろうか?
何も言わない彼女に、そう判断した俺は画面を見ると、それは万願寺と百江由利とのLINEのやり取りの一部。
――今から送る文を最円にそのまま見せて。
画面は、そんな一文から始まっていた。
――もし私がクラスリーダーを降ろされたら、そのままあんたと付き合ってる事にして。そうすれば、私と引き換えに優を二組に戻せるかもしれないから。あんたが一組に戻れないのは諦めてね。
「……」
そこまで読んだ俺は、万願寺が浮かない顔をしていた理由を理解し、スマホをそっと彼女に返す。
おそらく、これは万願寺も読んだのだろうし、百江も読まれるとわかった上で万願寺に送ったのだろう。
彼女たちの関係はすこし奇妙だ。
お互いを尊重するためだけに、リーダーと追放される側とで別れた。
誰もが、大切に想う誰かのために自分を犠牲にしている。
それは美しくもあり、そしてあまりに残酷でもある。
ただ、それは俺が望むハッピーエンドではない気がした。
ハッピーエンドとは、誰もが笑って終われる大団円なのだから。
だから、それを否定するために口を開くのだが、言葉は出ずに思いとどまる。
もしかしたら……これが現実なのかもしれない。
なにせ、俺が望むハッピーエンドとは、桜主観のハッピーエンドであって、彼女たちのハッピーエンドではないのだから。
京ヶ峰に指摘された通り、俺は何の断りもなくダブルデートの話を進めた。だが、なにも彼女たちを無視したわけじゃない。
俺は、俺が幸せにしたい人だけに手一杯で、そこまで考える余裕がなかっただけだ。
そしてそれは誰もがそうなのだろう。
――あんたが一組に戻れないのは諦めてね。
百江由利の最後の一文が、その事を如実に物語っていた。
この世界は美しく残酷なわけじゃないのかもしれない。
美しくあるために、残酷で在らねばならないだけなのかもしれない。
百江がクラスリーダーから引きずり降ろされた場合、割を食うのは本人だけじゃない。
その友達である万願寺、俺が相談した京ヶ峰、協力してくれている光、そして……俺ですら一組に戻る可能性が失われる可能性がある。
それはもはや、俺だけの問題ではなくなっていた。
財前宗介とは必ず仲良くなって、リコールできるような弱みを見つけなければならない。
そんな重圧が俺にのしかかっていた。




