14話 放課後の時間つぶし
「……本末転倒ね」
桜に「他の女の子とは会わないようにする」と約束した翌日、それを京ヶ峰と万願寺に話したら、京ヶ峰からため息とともにそんな言葉を吐き捨てられた。
「本末転倒って」
それに困惑の呟きを洩らすと、彼女は俺を一瞥したあとに再度軽いため息。
「いい? 私が最円くんの家まで行ってご飯をつくりに行っているのは、あなたが怪我をしているからよ。それなのにご飯をつくりに行ってもあなたが居ないのでは意味がなくなってしまうの」
指をさされた腕の怪我は、ほとんど治りかけている。
そして、彼女たちがご飯を作りに来てくれている事情も忘れかけていたことに今さら気づいた。
「あのさ、うちは別にいいよ? もともとご飯をつくりに行ってたのは桜ちゃんのためだし」
京ヶ峰の説明に何も言えずにいると、万願寺がハイと小さく手を上げてそう言う。
「万願寺さん、裏切るの?」
「裏切るわけじゃなくてさ、もともとそーだから」
どうやら万願寺は協力してくれるらしい。んー、万願寺がつくりに来てくれるなら京ヶ峰は別にいいか……。
などと思っていたら、
「じゃあ、最円くんが私の家に来るというのはどうかしら?」
「は?」
京ヶ峰はとんでもない提案をしてきた。
「最円くんのマンションじゃなく、私の家にくれば万願寺さんは桜さんに、私はあなたにご飯をつくってあげられるじゃない」
……こいつ何言ってんだ。
京ヶ峰冬華らしくないアホな発言に、俺は彼女をまじまじと見てしまう。
「俺は『他の女の子と会わないようにする』のが目的で晩ごはんは帰らないと言ったんだ。なのに、その間お前と会ってたらそれこそ本末転倒じゃないか?」
「あっ……ああ、あなたは妹さんに言われたら何でもやるの!?」
いや、今失態に気づいて「あっ」て言っただろ。なんでそこから反論でてくるんだよ……。一旦、負けを認めろよ……。
「当たり前だろ。俺は桜の家族だぞ? あいつの事を優先するに決まってる」
「そ、そういうことを言ってるのではないわ。あなたに「自分の意志はないの?」と問うているの」
あー、でたよ。そうやって、ただ従ってただけの人に浴びせるよくある説教。
「もし、妹さんに「死ね」と言われたら死ぬのかしら?」
そして、この手の説教は大抵極論話に持って行きたがる。そうやって「No」を言わせた事実を作ったあとに、「だったら自分で考えてナンチャラ〜」とかに繋げるのがセオリー。
「死ぬわけないだろ」
まぁ、それを分かっていてもNoと答えるしかないから、このやり方は効果的ではある。
「なら、妹さんの意見ではなく、あなたがどうしたいかを教えてくれるかしら」
「俺は桜の意見を尊重したい」
「……なっ」
それでも無問題ないんだが。
「俺が桜に「死ね」と言われても死なないのは、死んだら桜のために生きられなくなるからだ。俺は別に桜の言いなりになってるわけじゃない。桜を幸せにしたいと思ってるだけだ」
そのやり方が効くのは、何も考えずに従ってる人だけだ。俺は違う。考えたうえで俺は「桜を尊重したい」と言っているのだから、そもそも効果なんてあるわけがない。
とはいえ、京ヶ峰も本気でそれを言ったわけじゃなく、自分の失態を隠すためとして咄嗟に言っただけなんだろうが……。
「バカに付ける薬はないのね」
そう。結局そうやって折れるしかない。
「……わかったわ。あなたの言うとおりにしましょう」
「助かる」
そうやって二人の了承を得たあとで、俺は寝たフリをしている光の元まで行く。
「そういうわけだから、今日から放課後の時間潰し頼むぞ?」
その言葉に光はムクリと顔を上げてから、「ん」とだけ返した。
* * *
実を言えば、桜には光と偽物の恋人であることを明かして良かったかもしれないと思う。
だが、それを明かせば何故そんなことをしているのかも話さなくてはならない。
それを避けるために吐いた嘘。
そして、そのために俺は光と恋人の演技をしているわけなのだが……。
「光、もうちょい恋人らしい所なかったのか」
「……ん」
俺と彼女はゲームセンターにいた。
しかも、現在光が座っているのはスロット。
普通なら二人で遊べるシューティングゲームだったり運転ゲームでも良いのに、彼女が選んだのはよりにもよってスロット。まぁ、片手が怪我をしているためそもそも二人プレイなんて無理なんだが……。
今は彼女がひたすらにスロットをプレイする姿を後ろから見てるだけである。
「前もそうだったが、他のゲームはしないのか?」
たしか前もゲームセンターに来たとき、光はこの手のメダルゲームしかしていなかった。
「これが一番メダル増やせるから」
「増やせるって……もう十分だろ」
「……他のはあまり楽しくないから」
「それが楽しそうには見えないけどな?」
光の目線はまっすぐ画面に向けられていて、手元は同じ動作をひたすら続けてるだけ。それを楽しいと呼ぶのなら人生は何でも楽しいと思う。
「全部が楽しいわけじゃない。アタル瞬間が最高に楽しいだけ。でも、人生だってきっとそう」
「スロットで人生語るなよ……。お前、今の世の中でプロにでもなるつもりか?」
「ならない。でも、お父さんはプロだった」
光の言葉で納得した。ただの女子高生でしかない彼女がこんなにもメダルゲームにどっぷり浸かってる理由を。
「だったってことは、今は違うんだよな?」
「……ん」
「何してるんだ?」
「……」
しかし、答えは返ってこず、スロットを回す音がするだけ。
聞こえなかったのかと思った。
だから、もう一度聞いたら、
「知らない」
彼女はそう返したのだ。
それに今度は俺が沈黙してしまう番。急いで何か言おうとしたのだが、
「ごめん。そろそろ門限だから帰らないと」
光は急に立ち上がってそう言った。
「あ、ああ」
「またね。薫」
「い、いや、俺はまだ帰れないんだが? 良かったら家に――」
行っても良いか? なんて言おうとして、一度断られたことを思い出しやめる。
それは、さっきの発言も相まっての判断でもあった。
「……だめ」
そして、やはりそれは断られてしまう。
「……十時」
さらに、別れるときのいつもの約束を言われてしまったら、
「……了解」
「……ん」
諦めて了承してしまうしかなかった。
あとどこで時間潰すかな……。
光と別れたあと、スマホ画面で時間を見ながらゲームセンター前で立ち尽くす。
そうしていたら、目の前の道路向こうで、買い物袋を持って歩く都合のいい時間つぶ――益田を見つけた。
うむ。やはり、持つべきものは友なのかもしれない。
 




