12話 ただ無言でゲームをやるだけ
「薫……良いところに住んでる」
自宅マンション前に着くと、光は呆然とマンションの壁を見上げながらポツリと呟いた。
みんなその反応するんだよなぁ。まぁ、桜が住むんだから良いところにしたのは確かなんだが。
そんな彼女を横目に見ながら部屋へと向かうと、
「お兄ちゃんおかえ……!」
いつものように出迎えてくれた桜も、俺の後ろに立つ光を見てギョッと足を止めた。
知らない人がくるといつもその反応するんだよなぁ。まぁ、人見知りだから仕方ないんだが。
「クラスメイトの光だ」
「こ、こんにちは。……いひひっ」
「妹の桜だ」
「……」
そして、予想した通りの顔合わせ。
「悪い奴じゃないから安心してくれ」
「わ、わかった。いひひっ」
「光、一応挨拶を」
「……薫の恋人」
えっと、光さん?
「こ、恋人……」
俺がわざわざ「クラスメイト」と紹介した事をすっ飛ばして自己紹介する光。それに案の定桜は困惑の反応。
「恋人だから家にきた」
「あっ……そ、そうなんだ」
とはいえ、「偽の恋人」と説明するのも躊躇われる。それを説明しだすと、他に説明しなければならないのとが山ほど出てくるからだ。
「そ、その……桜、部屋にいるね? いひひ!」
「桜!」
だから、桜が自室に駆けていくのを俺は見送ることしかできなかった。
「いや、もうちょい別の挨拶あっただろ」
「……警戒してたから、薫との関係を話す方が先かと思った」
「話すにしても恋人は嘘じゃねぇか」
「敵を騙すにはまず味方から」
「俺は桜に嘘を吐きたくないんだ。何かあったとき疑われたくないし、俺も桜を疑いたくない」
「……ごめん」
シュンとしてしまった光。まぁ、済んだことは仕方がない。
「あがれよ」
だから切り替えて笑顔を向けたら、
「じゃあ、嘘じゃなかったら……良いと、思う」
彼女は玄関に突っ立ったまま、そう言った。
「その……嘘じゃなくて、本当にしたら良いと、思う」
そして、同じことを言い換えてもう一度。
結果的に言えば、光が言っていることは正しい。現状が嘘ならば、本当の方に修正すれば良いだけ。
つまり、『俺と光が別れればクラスメイト』ということだろう。
「確かにそうだ。だが、別れたことにするにしても今はまだその時じゃない。次の投票までは恋人は続けるべきだ」
そう言ってやったら、光はどこか驚いたような顔をして俺を見つめた。
「……」
やがて、上がった眉は怒りを表すように下がり、彼女は無言で室内に上がると、まだ案内もしていない居間のほうにツカツカと歩いていってしまう。
「……ばか」
その間際、そんな悪口が聞こえた気がしたが、反応する間などあるわけもない。
「……どうしろっていうんだよ」
だから、俺も彼女が反応しないよう、愚痴をこっそり吐きだすしかなかった。
その後、何するかなんて考えてもいなかったが、取り敢えずテレビにつなぐタイプのゲーム機を取り出したら光は喜んでくれた。
「懐かしい」
それは昔、桜とやるために買ったものだったが、実際使ったことはほとんどない。
なぜなら、桜がゲームをやる状態ではなくなってしまったから。
「最近のCS機はないんだ」
「別に良い」
彼女は手慣れたようにその電源を入れると、何も言わずにコントローラーを手に持った。もはや古い機種ではあるものの光も触ったことがあるらしい。
だから、何の説明も要らないと思ったのだが、
「……光、さすがに近すぎじゃないか?」
「こうじゃないと見えない」
「その近さだと目が悪くなるし、俺は画面が見えん」
「とっくに目は悪いし、薫が画面見えないなら私が圧勝」
「それは……どうなんだ?」
光は画面から一メートルもない距離に陣取ってコントローラーを握っていた。
どうやらゲームの説明じゃなく、テレビを見るときの説明が必要らしい。
「というか、そんなに目が悪いなら黒板の字見えてるのか?」
「目をこうやって細めれば見える」
そう言った彼女は振り返り、俺をジッと睨みつけてきた。
「それ疲れるだろ。メガネしろよ」
「メガネださい」
「ださいって……」
正直、光が見た目のことを気にしていたことに驚いてしまう。
いや、メガネよりも気にするところあると思うが……。
「なら、コンタクトは?」
「目に入れるの怖い」
「怖いって……」
それはもう詰み。まぁ、怖いというのは分からなくもないし、メガネがださいというのも分からなくはない。いや、むしろ分かる。
「それで生活するのキツくないか?」
「別に」
「楽に遠くが見えるほうが良いと思わないのか?」
「見えるから別に」
光は興味なさげに淡々と答える。
なるほど。これは知らないから選ぶ気にもならないという感じだな?
そういう人には、一度お試しをしてもらうのが手っ取り早い。簡単に言えば、何かしらのコンテンツで一ヶ月無料入会させるみたいなもの。嫌なら退会すればいいし、一ヶ月は無料で利用できるのだから損はない。そして、大抵の者は昔には戻れず翌月から入会金を払ってしまう流れ。
「買わなくても良いから、一度メガネ見に行ってみないか?」
そんな提案をしてみると、光はピクリと反応したあとに再びジト目。それは視力が悪いからなのか、俺の魂胆が見え見えでそうしているのか分からなかったが、しばらく待っていると「一緒に?」と聞いてきた。
「あぁ」
「……なら、行く」
うむ。どうやら視力が悪くて睨んでいただけだったらしい。
取り敢えずメガネのことは後回しにしてゲームをしていると、集中しているのか光は黙ってしまった。
……いや、いつものことか。
だから、このタイミングで胡兆が言っていたことを切り出してみることにする。
「光は元々三組だよな?」
「……ん」
「十文字って知ってるか?」
「……知ってる」
「どんな奴だ?」
「……浮気?」
「違う違う。もしかしたら、そいつとダブルデートすることになるかもしれないから聞いただけだ」
「えっ?」
光がテレビ画面から俺の方へと振り返った。今度はジト目というよりは怪訝そうな視線。
「財前とそいつが恋人らしくてな? 仲良くなるためにダブルデートをするかもしれない」
そう説明すると、光は考え込むようにうつ向いてしまった。
「どうした?」
「……いや」
「え?」
「十文字早紀とはダブルデートしたくない」
「……なんでだ」
「好きじゃないから。たぶん、向こうも私のこと良く思ってない」
「何かあったのか?」
「なにも。ただ、人間的に苦手」
それは意外な答えだった。
そして、こうもハッキリと拒絶されてしまうとこれ以上は誘いづらい。
光は、話は終わりとばかりにゲームへ集中を戻してしまい、俺はそれ以上話をすることができず。
そして、買い物を終えた万願寺がマンションにやってくるまで、俺と光は無言でゲームをしていた。
「――あー……、千代田ちゃんもご飯食べる? 一応、人数分ある……けどさ」
そして、未だに気まずそうな万願寺が、それでも精一杯の笑みで光へ尋ねると、彼女は時計を見てから首を振った。
「家に帰る」
「そ、そっか」
家に来たいと言い出したのは光のほうだったが、特になにかする事もなくゲームを一緒にしただけ。偽物の恋人なのだからそういった進展があるほうがおかしいのだが、それはなんというか……あまりに味気ない訪問だったように感じる。
「今度はお前の家に行くよ」
だから、何とか『楽しかったから次も遊びたい』という体裁を取り繕うためそんな事を言ってみるも、それにすら光は首を振った。
「私の家は何もないから」
「何もなくても良いだろ?」
「ダメ」
問答無用で拒否されてしまった。
ただ、玄関から出ていくときだけ、
「薫、十時」
「……りょーかい」
もはや、慣れて要件だけの単語だけになってしまったFPSの約束だけ取り付けられてしまう。
パタンと扉が閉まってからため息を吐きだすと、後ろにいた万願寺がポツリ。
「最円くんってさ、案外軽い感じで女の子の家に行きたいって言うんだね」
それを聞いてようやく理解した。
なるほど。それで断られたわけか……。
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