8話 悪を以て悪を制す
学校内で悪を探すのはさほど難しいことじゃなかった。
特に、価値残りシステムを採用しているこの学校では。
「薫、ここで待ってればいい?」
「あぁ。ここにいれば、そのうち向こうから悪人がやってくるだろ」
俺と光は、学校の中庭にある自販機の前で待つ。そうしていれば、必ず蔓延る悪が現れると確信して。
この学校に通う生徒たちは、定期的に行われる投票のため、日々を友達作りに費やしており、自分に投票されなかった時の未来を想像し恐怖に怯えている。
だから、それを回避するために多少汚い手段を用いる生徒は少なくない。そして、それを利用したアコギな商売をする者もいる。
「――なーんか、喉乾いちまったなぁ?」
「――じゃ、じゃあ、僕がジュースを奢ってあげるよ!」
それは、自販機の前で会話する二人の男子生徒。
票を金でやり取りするのは学校側が禁止している。
にも関わらず、お金の絶対的価値を知る者たちはそれを利用し、何とか票を確約しようとした。
「悪いな? 俺が奢らせたみたいな感じになっちまって」
「いや! これは僕の気持ちだから気にしないで!」
高圧的にジュース代を巻き上げればカツアゲとなんら変わりはない。
だが、それが「申し出」であり、ただの「気持ち」というのなら意味合いは大きくかわってくる。
そして、その申し出や気持ちは、見返りありきの損得勘定。
票を確約するために友達に貢ぐ者と、それを理解しておきながら貢がれる者。
もはやどちらが悪なのか分からないが、この学校ではそんな悪すらも日常茶飯事。
特に、一票を争う者たちにとっては見慣れた光景でもある。
「光、行くぞ」
「んっ」
成敗すべきは彼らに在らず。
それでも、『正義のヒーロー』を騙るには都合の良い奴ら。
そう考えれば、真の悪とは俺たちであり、この作戦を考えた京ヶ峰なのではないか? とさえ思えてくるのだが、細かいことは考えないことにする。
ちょうど、自販機周辺には彼らだけでなく他の生徒たちもいた。
そんな者たちにも聞こえるよう、俺は大きな声を張り上げる。
「そこのお前! 自分のジュース代くらい自分で出したらどうなんだ?」
「……なんだ」
困惑する男子生徒に指さすと、光も合わせて指をさす。
ただし、言葉は吐かず、同意という形でコクコクと頷くだけ。
「いや、これは僕が――」
そしたら、財布を取り出していた男子生徒が説明をするため前に出てきた。
ええい、邪魔だ。
「あっ、ちょっ、ちょっと!」
それを押しのけて再び指差し。
「この学校に蔓延る悪は、お天道様が許しても、この最円薫が許しはしない!」
それに光も同意のコクコク。
このこっ恥ずかしい口上は京ヶ峰が考えたものだ。
それは、『正義のヒーロー』をわかりやすくしたものではあったが、正直言って痛々しい。
だが、痛いものほど目を引くし、派手なことほど噂になる。
そして、声高らかにパッションでゴリ押しすれば、大抵の場合正義っぽく見えてしまう不思議。
バトル漫画だって、言ってみればパッションの殴り合いだ。政治だとか宗教だとかの小難しい命題を集めに集めるくせに、最終的にはそれら全てを放り投げてエゴを貫いたほうが勝利する。だから、最後の戦いは大概バカしかいない。
それはつまり、一番バカになれた奴こそが勝利するという教訓ですらある。まぁ、だからこそ主人公のエゴとは、絶対的善でなければならないわけだが。
そのために素早く一呼吸置いてから、俺は金輪際言いたくもないセリフを口にした。
「臭いのボーイフレンド! キュア薫る!」
「……光のガールフレンド。……ライト」
光の声が小さかったものの、俺は構わず続けることにした。ゴリ押しで大事なのは勢いだからだ。
「俺たち最強のカップルが、お前をここで懲らしめる!」
前に突き出したゴツいサポーター。
それに光もサポーターを合わせた。
その瞬間、京ヶ峰がマジックペンで描いたハートが出現する。
もちろん魔法的な何かはない。あるのはドン引きの生徒たちだけ。
そして、そんな雰囲気に耐えられなくなったのか、指を差していた男子生徒は「意味分かんねぇ」と捨て台詞を吐いて去ってしまった。
甘いな……。俺のほうがもっと逃げたかった。
「正義は勝つ!」
そして、勝どきを上げた時である。
「余計なことしないでよ!!」
財布を出していた男子生徒が俺に向かってそう怒鳴ってきた。握る拳は、怒りに震えている。
彼はなにか言いたそうな顔を俺たちに向けていたものの、結局口をつぐんで逃げた生徒を追いかけてしまった。
「……悪いことしてしまった」
そんな彼の態度に心を痛めたのか光が呟く。
「悪いことをしてたのは奴らだろ。気に病む必要はない」
そう。どんな形であったとしても、票のために金を渡すのは賄賂と同じだ。
そんなものは時代劇でよく見る悪代官と越後屋のやり取りに過ぎない。
だが、この学校に入学した者は気づいてしまう。
そうやって立ち回ることもまた、正当化される手段の一つに過ぎないのだ、と。
すべては価値残りシステムで勝ち残るため。
そのためならば、悪と分かっていることにすら手を染める。
みんな分かっているのだ。だからこそ、被害者であったはずの彼が怒る理由にすら心を痛めることができた。
「でも、普通にやっても友達なんてできないし」
光の罪悪感は消えず、自分の行為に対する否定をボソリ。
「まぁ、学校側が友達を推奨してないからな?」
入学当初は、誰もがクラスメイトを友達として見ていたはずだ。
だが、価値残りシステムを経験することにより、それは友達ではなく『価値があるか否か』でしか見れなくなってくる。もちろん、「クラスにとって価値があるか否か」じゃなく、「自分にとって価値があるか否か」。
それでも、
「……それでも、友達ができなかった奴のほうが少ないと思うぞ」
いづれ友達は必ずできる。
入りは確かに「価値があるか否か」だったのかもしれない。
だが、自分と相手の価値が同等であると気づいたとき、否応もなく友達にはなれた。
俺と益田がそうであったように。
あいつとは、ただ「追放されないための相互投票相手」にしか過ぎなかったしな?
結局、入りはなんだって良いのだろう。
偽善でも損得勘定でも、なんなら喧嘩相手でも良い。
そうやって触れてみなければ、相手を知ることなどできはしない。
むしろ、最初から綺麗すぎる奴ほど無駄に孤立する。
万願寺や京ヶ峰なんかがその典型。
潔癖過ぎるそのきらいが、彼女たちを六組に落とした。
そして、そんな彼女たちですら、友達と呼べる関係は築けてしまう。
「俺と光だって友達だろ?」
彼女の後ろ向きな考えを否定するためにそう言ってみせたのだが、光はハッとしたあとに首を振る。
「……恋人」
「そうだったな。恋人だった」
頑なな演技に感嘆したつもりだったのに、彼女はどこか不満げ。
「……今日の放課後、家行っていい?」
そして、突然そんなことを言い出した光。
「家? なんでだ」
「その……恋人なら、家にも行く」
あぁ、そういうことか。
「何もないぞ?」
「何もなくても薫がいるから」
それはまるで、本当にバカップルのような会話。
それが妙におかしくて、俺は笑いながら了承した。
「あ、ありがとう」
その感謝が何に対するものなのかは分からなかったものの、彼女が嬉しそうだったので気にしないことにする。
それよりもだ。果たして、こんなことで俺の噂が払拭されるのだろうか?
「――なにあれ。彼女に良いところ見せたいだけじゃね?」
「――高校生にもなってヒーローごっことか……」
まぁ、払拭にはならなくても、何かしらの上書きにはなりそうだな……。
それがどんな上書きになるのか知らないが、想像するだけでも恐ろしい。
恥の上塗りになってないといいなぁ……。




