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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
三章 最円桜はヒーローの夢を見る

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7話 見せつけるイチャイチャ

 なぜ、バカップルを見るとイライラしてしまうのか?


「薫、あーん」

「……おい、そこは口じゃなくて頬だぞ」


 それは、彼らが“自分たちだけの世界”に入っているからに他ならない。


「ほら、あーん」

「……話を聞いてくれ、光」


 社会というものは他者と共存している世界だ。そんな世界で他者を無視して自分たちだけのコミュニティをつくり、彼らを無視したら誰だって不快に思うのは当然のこと。


「あ、ごめん。はい」

「そこは目ぇぇ!」


 だからこそ、バカップルは嫌われるわけなのだが……。


「光……食事の時くらいはスマホいじるのやめろよ……」

「デイリークエスト終わらせないと」


 そんなバカップルを演じなかればならないはずの光はスマホとの世界に入り込み、恋人であるはずの俺をないがしろにしていた。


「もういい……自分で食べるから」

「ダメ。薫はまだ怪我が治ってない」


 そんな彼女に諦めてスプーンを渡せと手を出すが、光はそれを拒否してくる。


「なら、ちゃんと食べさせてくれ……」

「わかった」


 そう言ってスプーンでご飯をすくった光の視線は、自然とスマホ画面へ。


「あーん」

「お前……わざとやってないか?」


 もはや二人羽織でしか見たことがないエイムの悪さ。ご飯をすくったスプーンは、俺の頬をぐりぐりと攻撃していた。


「あのさ、お前ら本当に付き合ってんの?」


 そんな光景に、向かいに座る益田が疑問の声をあげる。


 現在は昼休みの学食。そこで俺と光はイチャイチャっぷりを他の生徒に知らしめるため、並んで座って食事をしていた。


 益田には、是非とも非リア充代表としてイライラしてもらうつもりで光を紹介したのだが、俺と彼女のやりとりを見て疑念を抱いてしまったらしい。それはそうだろう。なにせ、彼氏そっちのけでゲームしてるもの。


「付き合ってるぞ。悪いな? 目の前でイチャついてしまって」


「最初は殺してやろうかと思ったんだけどよぉ。千代田ちゃんお前じゃなくてスマホしか見てねーじゃん」


「ほら、最近よくあるだろ? ゲームと恋人はどっちか大事なのかってやつ。光は恋人よりもゲームを取る派なんだ。まぁ、そこが好きなんだが」


 無理やりイチャイチャを演出してみせるも、益田の視線は冷めたまま。


「……まぁ、お前が良いなら別に良いけどさ」


 益田は怒るどころか、どこか哀れみの表情で俺を見てくる。


「つーか、お前あの宣教師ちゃんと付き合ってたんじゃなかったのかよ?」


 そんな益田の発言直後、頬をぐりぐりと攻撃してくるスプーンがピクリと止まった。


「……宣教師? 薫、私以外と付き合ってる?」


 スマホから顔をあげた光は、どこか責めるような視線を俺へと送ってきた。


 ちなみに、益田が言っている「宣教師」というのは万願寺のことである。


「そんなわけないだろ? 俺が愛してるのはお前だけだよ」

「そっ、そっか」


 その言葉に光は納得してくれたらしく、照れたように笑ってくれた。


「でも、二人で買い物とかしてたくね?」


「……薫?」

「買い物なんて付き合ってる証拠にはならないだろ? 俺が愛してるのはお前だけだよ」

「そっ、そっか」


 光は納得してくれたらしく、照れたように笑ってくれた。


「あとお前、胡兆さんとも仲良いよな。連絡先交換してたし」


「……薫?」

「連絡先なんて光とも交換してるだろ? 俺が愛してるのはお前だけだよ」

「そっ、そっか」


 光は納得してくれたらしく、照れたように笑ってくれた。


「なんか、お前じゃなくて千代田ちゃんのほうが可哀想に思えてきたぞ……」


 思惑とは裏腹に、益田はどこか同情めいた瞳で俺と光を見てくる。それもこれも、ずっとスマホゲームをしている光のせい。


 というより、


「益田、普通は彼女がいる彼氏の前で別の女の話題なんか振らないぞ?」


 デリカシーのない益田のせいでもある。


「いや、本当に二人が付き合ってるのか疑問に思ったからさ」


「付き合ってるって言ってるだろ」


「じゃあ、チュウとかしたのか?」


 もはや、彼のデリカシーのなさには呆れるしかない。しかもチュウってなんだ。今どきそんな表現使わないだろ。


「俺はチュウを見るまで認めないぞ!」


 そして、何故かムキになる益田。


 その声が大きかったせいか、食堂にいる他の生徒たちまでもがチラチラとこちらを見ていることに気づいた。


 これは……マズイ流れだな。


 俺はこの雰囲気を断ち切るべく、早々に食堂から去ることを決断する。恋人を演じているとはいえ、さすがにキスをみんなの前でするのは違う気がした。


 だから、


「光――」


 彼女にそのことを伝えようとした瞬間、頬に柔らかいものが触れる。


「……」


 最初、またもスプーンかと思ったのだが、あきらかに弾力が違った。


「こ、これで恋人」


 恥ずかしそうに顔を背ける光。一瞬で静かになる食堂内。


 それはキスではなかったものの、益田が言った通りチュウには分類される行為。


 見れば、益田は目を丸くしたまま完全に固まっていた。


「……光、お前」

「それ以上は言わないでほしい」


 彼女はやはりスマホに視線を落としたまま。ただ、こちらに向ける耳は、端の方から赤くなっている。


 どうやら、光はちゃんと演じるつもりらしい。


 なら、その誠意には俺も応えなければならないだろう。


「悪いな益田。そういうことだから」


 固まる益田にそう言い残し、俺は光の肩を抱き寄せて立ち上がる。


「……」


 そして、呆然としている益田を見下ろしたまま、俺は覚悟を決めた。


「これが彼女がいる奴といない奴の差だ」


「あ、あああ……」


 今にも発狂しそうな益田に背を向け、俺と光は食堂をあとにする。


 その後、後ろからは意味不明な叫びが響いた。


「薫……あ、あれで良かった?」


 その声に、不安そうな顔をする光に俺は笑いかけた。


「あぁ、上出来だ」


 バカップルとは、他者をイラつかせて不幸にする。


 もし、イチャつきによってそれを成立させられないのなら、無理やりその形に持っていけばいい。


 益田はその為の犠牲になってもらった。


 これで俺と光のバカップルぶりは、より強固な噂となるだろう。


 だが、俺の予想は裏切られることになる。


「――最円くん、あなた何したの?」


 それは後日、京ヶ峰から聞いた話。


 質問の意味が分からず首を傾げたら、彼女は深いため息。


「あなたがクズ男だって噂が流れてるらしいのだけれど?」


「……なんでだよ」


 噂はなぜか、変な方向へと曲解されていた。


「心当たりはないの?」

「あるわけないだろ」


 そう答えると、京ヶ峰はふむむと考えるポーズ。


「そう……。なら、これは向こうの陰謀かもしれないわね」


「……陰謀?」


「ええ。あなたがクズ男なら、百江さんとの噂がたってもおかしくないでしょう? つまり、私たちが講じた対策にカウンターを打ってきたってことよ」


「なるほど」


「すぐにでも、あなたがクズ男だという噂を払拭しなければならないわ」


「どうするんだ」


 それに京ヶ峰は、「安心して」と微笑んだ。


「最円くんと千代田さんは、私が渡した紙は持ってるわね?」


 それは、「困った時に使って」と京ヶ峰から渡されていたもの。


 それに俺と光はコクリと首肯。


「悪い噂を払拭するには、正義のヒーローになるのが手っ取り早いわ」


 そして、京ヶ峰は親指を立ててみせた。


「二人で悪者をやっつけるのよ」


 その案には懐疑的ではあったものの、迷ってる暇はなかった。


 なぜなら今日の朝、俺の下駄箱には一通の手紙が入っていたから。


 送り主は書かれてなかったものの、内容は「昼休みに普通教室棟の屋上まで来てほしい」というもの。


 そして、万願寺に確認を取ったら百江の下駄箱にも同じ手紙が入っていたらしい。


 なにが目的かなんて口にしなくてもわかった。


 俺と百江を屋上でバッティングさせて、恋仲である噂を流そうというのだろう。というか、トラップが古典的すぎる。


「私はこの手紙の送り主を突き止めるわ」


 そして、そのトラップは現在京ヶ峰の手の中。


「まさか、また筆跡鑑定する気じゃないだろうな?」


 それに彼女はため息。


「そんなことしなくても確実にわかる方法があるわ」


「どうやって?」


「そもそも向こうの狙いは、あなたと百江さんを二人きりにして、誤解を生むような証拠を入手するのが目的だと思うの」


「まぁ、そうだろうな?」


「なら、普通教室棟の屋上を観察できる位置に張り込んでないとおかしいじゃない?」


 そこまでの説明で俺は理解。よく刑事ドラマなんかでボディーガードが、敵のスナイパーが潜んでいそうな位置を把握しておくシーンがあるが、京ヶ峰はそれと同じような事をするつもりらしい。


「そういうことか」


「そういうことよ」


 そう言って彼女は不敵に笑った。


 まぁ、今回の首謀犯なんて胡兆から聞き出せば一発なのだが、おそらく彼女は教えてはくれないだろうと踏んで俺から聞くことはなかった。


 というか、別に教えてくれなくてもだいたいの予想はつくしな?


 最円薫を永久的に一組から追放したくて、それを自ら他のクラスリーダーにも提案できる人物。


 そんな奴は一人しかいない。


 一組のクラスリーダーである財前宗介。


「何があるかわからないし、気をつけろよ」


「ええ。一応、万願寺さんと行くわ」


 それを聞いて万願寺のほうを見れば、彼女はどこか虚ろな目でぼうっとしていた。


「万願寺?」


「え? なに?」


「……いや、お前も気をつけろよ?」


「あ、うん」


 万願寺の様子は先日からどこかおかしい。正確に言えば、俺と光が恋人を演じ始めてから。


 それに何か思わないわけじゃなかったものの、俺の考えていることは憶測に過ぎず、断定して事を運ぶにはあまりに不確か。


 だから、当たり障りない言葉で会話をするしかなく、心配してやれることもない。


「それじゃあ、作戦決行よ」


 結局、俺たちは今目の前にあることをするしかなかったのだ。

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