5話 バカップル爆誕
――こっちはこっちで対策するから由利も気をつけて。
それは、昨日送られてきた優からの連絡。
最初、最円薫との噂が流される件を知ったとき、私はあまり驚かなかった。
クラスリーダーという地位を手に入れてから、これまで汚いことを散々見てきたからだ。
まだ何も知らなかった頃は「そういう流れなんだな」と、受け入れようとしていたけど、それに甘えて何かを犠牲とすることに疲れてしまった。
彼の永久的追放の話に反対したのも、そういった要因が大きい。
なにより、それは優が望むことじゃないと分かりきっていたせいもある。
そして、もしかしたら何かしらの動きがあるだろうなとは思っていた。
もしそれで私が六組に落とされたとしても、優は二組に戻ることができる。
追放されるのは各クラスで一名だけ。
それを考えれば、彼を救うことにも意味があるのかもしれないと、そう考えただけだ。
ただ、そんな情報を優から教えられるとは思ってもみなかった。
いつもの登校。梅雨が明けて、あとは期末テストと一学期最後の投票を残し、夏休みまっしぐらの今日。
話しかけてくる生徒は多くて、会話にあがる話題も変わりなくて、優が教えてくれた事が本当に起こるなんて考えもしない平和な日常。
気をつけるなんてどうすれば良いのか?
なにせ、噂に対する警戒なんてできるはずもないから。
だから、それを教えられたところで私にはいつものように日々を送ることしかできず、いつものように教室へと入った。
「由利、見てみなよ。やべーから」
そしたら、先に登校していたクラスメイトがこっちに笑いかけながら窓の外を指差す。
見れば、殆どの生徒たちが窓に貼り付いて何かを見ていて、中にはスマホを取り出して写真まで撮っている者もいる。
「……なに?」
訝しげな視線を送って窓に近づき、彼らが見ている物を捜す。
「……マジ?」
そして、それを見つけたとき、思わず口から洩れた驚きと呆れ。
「ヤバくね? 朝から爆笑したんだけど」
隣にきたクラスメイトはそう言って、他の人と同じようにスマホのカメラでそれを撮った。
カシャリ。
それは、石灰によって校庭に描かれた大きなハートマーク。
まるで、誰かがしっかりと測ったかのようにその図は完璧で、ミステリーサークルかナスカの地上絵のような印象を思わせる。
それだけなら……良かった。
「今どき、こんな事するバカップルいるんだねー?」
そのハートマークの右側には、『2年6組 最円かおる』の文字。
左側には『2年6組 千代田ひかる』の文字。
それは、旅行先の建物などでカップルが迷惑も考えずに刻みつけるラクガキのごとく。
ハートマークの周りには『ずっと大好き』とか『離さない』とかバカ丸出しの文字。
「なによ……これ」
もう見ているだけで痛い。
というか、恥ずかしすぎてこっちが死にたくなるレベル。
『――二年六組の最円薫と千代田光は至急職員室まで来なさい』
その時、校内放送で呼び出しがかかった。
それに、教室や廊下から痛すぎるラクガキを見ていた男子生徒たちが「ヒュー!」とアホみたいな歓声を上げる。
そして、思い出されるのは優からの連絡。
――こっちはこっちで対策するから。
「まさか……ね」
噂の対策として、それよりもキツイ噂を流すなんて考えが本当にあるだろうか?
いや、もはやそれは対策と言えるのだろうか?
過ぎった考えを振り払う。
そんなはずはないだろう……と。
もしかしたら悪い夢でも見ているのかもしれない。
けど、試しにつねってみた頬は確かに痛かった。
それは、紛れもなく現実だった。
* * *
「最初のインパクトは完璧ね?」
「おおおおい! やっぱ職員室に呼び出されてんじゃねぇええか!!」
目の前でドヤ顔をする京ヶ峰に、俺は悲痛な叫びを上げることしかできない。
彼女の指示のもと、昨日の放課後にこっそり皆でラインを引いたまでは良かったものの、朝起きて冷静になると学校に来たくなかった。
だが、そういうわけにもいかないので泣く泣く登校。
そして、校庭に描いたラクガキで普通教室棟のほうが騒がしくなり、案の定呼び出しを食らっている現在。
既に千代田も万願寺も当然ながら登校済みであり、悦に浸っている京ヶ峰とは裏腹に万願寺は複雑な表情を浮かべている。千代田は……。
「薫、職員室にいこ」
「お、おお」
千代田は結構前向きだ。
「待って千代田さん。これを身に着けて」
そんな彼女に、京ヶ峰がカバンから取り出したのは、俺が手につけているサポーターとまったく同じもの。
「ペアルックが良いと思ったのだけれど、制服だとなかなか目立つような服装にはできないからコレを用意したわ」
「……なんかカッコイイ。必殺技とか撃てそう」
どうやらペアルック目的でわざわざ用意してくれたらしい。そして千代田……装着した反応が奇しくも俺と同じだ。
「あとはこれで仕上げよ?」
それだけじゃなく、京ヶ峰はマジックペンを取りだす。
「二人とも、サポーターを合体させて」
「合体ってなんだ……」
「隣同士付け合わせるのよ」
意味がわからずサポーターを前に出せば、そこに千代田も装着したサポーターをぴったりとくっつけてきた。
そして、京ヶ峰はそこにマジックでハートマークを描いた。
「これでいいわ」
「がぁあああッッ……」
「ごめんなさい。痛かったかしら?」
「痛ぇよぉおお。主に心がぁ」
「……心配して損したわ」
ため息を吐いた京ヶ峰は、その後満足げに頷く。
「それと、あなたたちはカップルなのだから、名前で呼び合いなさい」
「なんでこんなことにぃぃ……!」
「薫。早く行こ」
既に俺のことは名前で呼んでいる千代田が急かしてくる。
「ほら、最円くんも」
それに悪の元凶である京ヶ峰も乗っかり、ついに俺は諦めることにした。
「……わかった。光」
それに呼ばれ慣れてないのか、千代田は恥ずかしそうに視線を逸らす。
「困ったときは、これを使って」
そして、最後京ヶ峰に渡されたのは一枚の紙。
そこには、もはやカップルなのかどうかすら怪しい俺と千代田のセリフが書き込まれてあった。
「さぁ、行きなさい! みんなにあなた達の愛を見せつけてくるのよ!」
そうして、経ヶ峰はまるで残酷な司令官のように言い放つ。
その様子が、どこか楽しそうに感じるのは俺の気のせいだろうか……。
「薫、はやく」
「あぁ……」
まぁ、被害者であるはずの千代田があまり気にしていないことだけが、唯一の救いではあった。
 




