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36話 やはり万願寺には見えていない【京ヶ峰視点】

「京ヶ峰さん、途中まで一緒に帰らない……?」


 放課後。背中にかけられた控えめな声に振り返ると、そこには万願寺さんがいた。


「なぜ?」

「いや、たまにはさ、いいかなって」

「嫌よ」


 ただ一緒に帰りたいだけなら私でなくてもいいはず。端的に断って踵を返すと、彼女を引き離すようにして歩きだした。


「逆にさ、なんで嫌なの?」


 それなのにしつこく追ってきたからため息を吐いて足を止めてしまう。


「前にも言ったはずよ。私はあなたが嫌いなの」


 今度は突き放す言葉で睨みを利かせた。それでも、やはり彼女が諦める様子はない。


「なんかさ、京ヶ峰さん元気なさそうだったから」


 むしろ、どこか心配そうな目で私を見てきた。


「そんなの……当たり前だわ」


 声が一瞬上ずって、なんとか平静に戻す。


「今日のためにやってきたことが上手くいかなかったのよ? 失敗から気持ちを簡単に切り替えられるのは、失敗を軽く見ている人だけよ。私はそうではないわ」


 思い出される一組の教室でのこと。それはある種、悪夢と呼んでいいのかもしれない。


 突きつけた筆跡鑑定の証拠ですべて解決すると思っていた。

 それを準備した努力は報われるものだとばかり思っていた。


 けれど……それは探偵ごっこだと断言された。


 悔しかったし、ショックだった。


 全校生徒の中から犯人を特定することが容易ではない事くらい誰にだって分かりきっているはず。


 なのに、それを想像すらせず切り捨てられたことに怒りが沸いた。


 そして、何も言い返せなかった自分にも腹がたってしまう。


「失敗、なのかな。最円くんが無理やりなんとかしてくれたけど……」


 万願寺さんはそう言ったけれど、彼女もあのやり方にはどこか引っかかっているのでしょう。声に力はない。それでも強く否定しないのは、結局彼のおかげで私達が屈辱を受けずに済んだから。


「失敗よ。彼を止めることができなかったことも」

「そっか……。そう、だよね」


 最円くんが声を発したあの瞬間、不覚にも安堵してしまった。

 そして、彼が取った行動の代償を目にして後悔をした。


 いくら考えてみても、あれがより良い方法だったとは思わない。

 けれど、あれ以上に効果のある方法を私は思いつかない。


 だから、感謝はしていた。


 それでも――。


「それでも……理解に苦しむわ」


 ポツリと漏れた本音は、納得のいかない苦さを帯びていた。


「最円くんはさ、たぶん……妹さんと重ねてたんじゃないかな」


 その不可解な疑問に答えたのは、意外にも万願寺さんだった。


「妹さん?」

「うん。桜ちゃんなんだけど……京ヶ峰さんも会ったでしょ?」

「ええ」

「桜ちゃん……」


 と、そこまで言いかけてから躊躇うような素振り。


「桜さんがどうかしたの?」


 しかし、そう問いかけると宙をさ迷っていた視線はすぐに私の元へと戻ってきた。


「桜ちゃんはさ、学校行ってないんだ」


「……そう」


 なんとなく、そんな気はしていた。

 だから大して驚きはしなかった。


 学校に行き、兄とは違う年代の友達と遊んでいたなら在って当然の摩擦があの兄妹からは感じられない。むしろ、彼は過保護と呼べるほど妹に固執していたし、妹もまたそれを受け入れていた。


 傍から見れば仲の良い兄妹。それでも、同じく兄がいる私から見れば違和感を覚える間柄。


 十分察することができた。


「その原因がさ、通ってた学校でのイジメにあったらしくて……たぶん、最円くんはその事をひどく後悔してるんだと思う」


「彼が気にすることではないわ。それは――」


 そこで慌てて口をつぐんだ。


――イジメをはねのけられなかった彼女が悪い。


 そう言いそうになったから。


「そうなんだよね! 悪いのは、イジメをしてた人たちだもんね?」


 万願寺さんは継いでそう言ったけれど、内容が違ったことまでは言えない。


「でもさ、最円くんはきっとそう思ってない。自分のせいで桜ちゃんが不登校になったって思ってる。だから……、あの時も見過ごせなかったんじゃないかな」


 素手で窓を割るなんて普通の人なら絶対にしない。


 そして、私が見る限り、あの瞬間彼が狂っていたとは思っていない。


 それは彼の行き過ぎた正義感だと思っていたけれど、それにしては、あまりに自分を蔑ろにし過ぎている気もした。


「そうだったのね」


 それが真実かどうかは別としても、彼の行動に対する理由として十分納得できるものだった。


「結局さ、最円くんには桜ちゃんしか見えてないんだ……」


 そして、悔しげに呟いた万願寺さんの言葉で……彼女が私に声をかけてきた理由すらも察してしまう。


 元気がなかったのは私ではなく、万願寺さんのほうだった。


「うちが……どれだけ最円くんのことを考えたって、最円くんは桜ちゃんのことしか考えてない」


 声が震えているのは怒りからなのか泣きだしそうだからなのか分からない。


「でもさ、そういうこと考えちゃう自分って最低だなって思う」


 それでも、つらそうなのはわかってしまった。


「そうでもないじゃないかしら」


 だから、静かに共感の意を唱えた。


「少なくとも、私だって彼には腹がたっているもの」


 世間にありふれた綺麗事を私たちは知っている。


 人には迷惑をかけないようにと教わり、人には感謝しましょうと説かれ、イジメはダメだと訴え、復讐は何も生まないと論ずる。


 たとえ結果的であったとしても、自分たちのためになったことに対して怒るなんて言語道断だと考えてしまう。


「それは助けてもらった身からしたら……不義理と呼ぶものなのでしょうけど」


 それでも、その悪感情を抑えつけてまで無理やり笑顔なんてできない。


「私はあなたみたいに相手に合わせて取り繕ったり誤魔化すのが嫌いよ。話がしたいなら最初からそう言えばいいのに、一緒に帰ろうだなんて、さも私のことを思いやってる感じを出されることに唾棄だきするわ」


「京ヶ峰さん……」


「もう一度言うけれど私はあなたが嫌い。そして、あなただけでなく、今回勝手なことをした最円くんも嫌いだわ」


 これで話はおしまい。無言でそう終えて再び背を向け歩きだす。


 しかし、


「待って、京ヶ峰さん!」


 鬱陶しい。思わずため息を吐いた。


 背後まで駆けてきた彼女の足音に、ウンザリしながら振り向く。


「じゃあさ、うちらで最円くんに復讐しようよ!」


「……なんですって?」


 そして、予想外の言葉に今度は面食らってしまった。


「京ヶ峰さんも同じ気持ちで良かった」


「……」


 もはや呆れて言葉もない。私があれだけ突き放したにも関わらず、万願寺さんはどこか嬉しそうな笑みをこちらに向けていたから。


「あなたには見えていないのね」

「……なにが?」

「もういいわ」


 彼女は勝手に相手を読んでしまう。それはもう、ポーカーで無双できてしまうほどに。


 だからこそ、向けた感情や言葉なんかには見向きもしない。


 嘘の態度が見破られてしまうのは、真実が視えるせいもあるけれど、見せたい嘘をまったく見てくれないことにもあるのでしょう。


 どちらにしても、私は目の前で嬉しそうにしている彼女に二度目の敗北を味合わざるを得なかった。


「……それで? 復讐って何をするのかしら」

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