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25.5話 負け惜しみ【京ヶ峰視点】

 瞳からポロリと雫が落ちた瞬間、それがカードの上で弾けてしまう前に空中で掬い取った。


「ごめんなさい。あとは任せたわ」


 行動に対する理由を当てはめるように、その大業な反動のまま椅子から立ち上がると、会議室の出口へと駆ける。


「京ヶ峰さん!」


 背後から聞こえた万願寺さんの声。それでも振り返るわけにはいかない。


 涙なんて見られたくなかった。今必要なのは、瞳を乾かす風だけ。


 油断した隙を狙って瞳から逃げおおせた涙は回収した。だから目尻に力を込めれば良いだけの話なのかもしれない。


 それでも私は知っている。


 涙というものは一度逃げられると分かった瞬間、その事実だけに歓喜してとめどなく溢れようとするバカの一つ覚えだと。


 だからこそ、その一本槍が調子に乗ってしまう前に乾かしてしまわなければならない。


 なのに、


――負ける覚悟でやってみろ。


 思い出して眉間に力を込めた。


 満面の笑みで言われた彼の言葉が、バカの味方をして感情をかき乱す。


 私は絶対に勝たなきゃいけない。だからこそ勝利することを信じている。


 そんな私に対して「負けてもいい」なんて言ってくるとは思ってもみなかった。負けていいはずがないことは、きっと私の次に彼が理解していたはずなのに。


 そんな彼の不意打ちに、泣きそうになっている自分を見られるのが嫌だった。


 彼もバカだから、きっとその事実に調子に乗るだろうし。


「京ヶ峰さん!」


 追いかけてくる一人の足音と共に先程と同じ声。


 それに少しだけ安堵してしまう。


 追いかけてくるのが、最円薫じゃなくて良かった。


 そして、追いかけてきたのが彼女であることに力ない笑いが浮かんでくる。


 走る足を、止めた。


「やっぱり、あなたには誤魔化しが効かないのね?」


 彼女も止まった。そして何も答えず、ただ心配そうな瞳をただ私に向けてくるだけ。

 

「気に入らないわ」


 その視線に対する感想を呟くと、万願寺さんはビクリと肩を震わせた。


 その反応さえもが私を苛立たせる。


 こんな子が平然と私に勝利して、誰よりもはやく私に気づいて……今も見透かしたように心配してるだなんて。


「私はあなたを認めてあげるけれど、まだ負けたつもりはないの」


「京ヶ峰さん……?」


「私は勝ち続けなければいけないのよ」


「一体なにを……それよりも、大丈夫?」


 彼女は理解せず、ここまで追いかけてきた理由のみを私に向ける。


 私が泣いてしまったから、

 その涙を見てしまったから、


 だから、「大丈夫?」と控えめに聞いてくる。


「ええ。目にゴミが入っただけだもの」


 涙を乾かすには、風よりも熱のほうが効率的だということを初めて知った。悔しさから湧き出てくる熱。


 あからさまに冷淡に振る舞ってみせても、万願寺さんは変わらなかった。


「そっ、か……」


 むしろ、ありふれた言い訳を汲み取って、無理やり納得した様子をみせてきた。


「あなたは……他の人には見えないものが見えているようだけれど、そのせいで見て欲しいものには目もくれないのね」


「……え?」


「不快だわ」


「……なにを」


 もはや、わざとらしいため息で終わらせるしかなかった。


 こちらが敵意を見せつければ、相手は必ず敵意で返してくる。そうでなくとも、怒りに対する困惑や恐れが見えるはず。


 しかし、万願寺さんはそうじゃないと分かった。


 睨みつけても冷たくあしらっても、私が彼女に向けたものを全て無視する。


 だから、今もこうして目の前で不思議そうな顔をしていられる。


 私が怒っていないことを知っているから。


 そして、それこそが万願寺さんの欠点でもあるのかもしれない。

 それが欠点であるからこそ、私はまだ負けてはいない。


「戻りましょう」


 それだけ言って万願寺さんの横をすり抜ける。横目で廊下の窓を見れば、泣いているようには見えない自分の姿が写っていた。


 そのまま会議室に戻るつもりだった。


 万願寺さんがそうしたように、私も彼女を無視して。


「あのさ、わかるよ。……その、最円くんは普通の人とは違うから……」


 だけれど、余計な一言がもう一度足を止めさせた。


 それは彼女なりの優しさだったのかもしれない。しかし、私にとっては逆鱗のなにものでもなかった。


「あなたが彼を理解するのは勝手だけれど、私にもそれをしないでくれる?」


 振り向いて睨みつけると、今度はビクリと肩を震わせた万願寺さん。


「あなたに私のなにが分かるの?」


「ご、ごめん」


 振り向いて詰め寄ると、彼女は一歩退いた。


「軽々しく他人への理解を口にしないほうがいいわ。たとえそれが真実であったとしても、結局あなたの個人的憶測の域をでないのだから」


「……ごめん」


 目を逸らして、どうして良いか分からないという態度で立ち尽くす彼女は、これ以上の怒りをぶつける価値もない。


 だから、私は諦めて背を向ける。


「勝手に他人の事をわかった気になって振る舞うあなたが嫌いだわ」


 それは負け惜しみだったのかもしれない。それでも、吐き捨てた言葉に間違いはなかった。

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