40話 真実は迷宮入り
不自然に思う点はあった。
なぜ、あのとき胡兆は財前に気づかなかったのか?
そしてなぜ、財前は胡兆に気づかなかったのか?
これを解決するために、悪漢の中にいた財前はそっくりさんだった説を提唱してみる。
つまり、そっくりさん財前は最初から胡兆のことを知らないし、胡兆もまた、最初から奴を他人だと認識できていたということ。
だが、そっくりさんだったとしても胡兆が全く反応しなかったのはおかしい。
もしそっくりさんなら、
「――あれ? 財前くん?」
「――え? 違いますけど」
「――あっ」
「――え?」
みたいな、微妙な空気の一幕があってもおかしくなかった。
なにより、あの場にいた俺と益田の二人が、奴を財前だと認識してしまっている。
だから、胡兆だけが無反応だったのは、なおのことおかしい気がする。
さらに、一組の教室で財前と会ったとき、俺は確かに奴だと思った。
そして、奴もまた、河川敷で会ったのが俺だと気づいたはず。
にも関わらず、そんな様子は微塵もなかった。
まるで……本当に俺と益田だけが勘違いをしているかのよう。
ただ、この不可解を解決する説が一つだけあった。
それは、二人がお互いに気づかなかったわけじゃなく、最初から二人は気づいていた説。
つまり――河川敷でのあれは、はじめから仕組まれていた可能性。
そう考えると、何もかも辻褄が合ってしまう。
そもそも河川敷の散歩に誘ったのは胡兆だった。
肩がぶつかったくらいで喧嘩を売ってきた前時代的チンピラ。
あんなに威勢が良かったのに、胡兆の一声で退散していった悪漢。
それらが二人によって演出されたものだとするのなら、あのあと執拗に謝ってきた胡兆にも納得ができる。
ただ一つ、財前がまったく自分の顔を隠していなかったことだけが腑に落ちないが、それは胡兆に気づいてもらうために隠せなかったとするなら筋は通る。
天文学的可能性だが、別のチンピラと出会してしまうパターンも考えられたから。
……と、まぁ、探偵ごっこはこのくらいにしておこう。
それが真実であるか否かなんてのは、あまり重要なことじゃない。
本当に俺が確認すべきことは一つしかなく、それさえ確認できれば正直あとはどうだって良かった。
「――腕は……どうですか?」
それは、いつもの昼休み。人気のない場所に呼びだした胡兆は髪を撫でつけながらそんなことを聞いてくる。
「ああ。二週間くらいで治るらしい」
「そうですか」
その反応はあまり興味なさげで、取り敢えずの話題といったところ。
まぁ、俺もその件については今ここで話すつもりもないし、相互投票を確認するためにきたわけでもない。
「イエスかノーで答えるだけでいい」
だから、なるべく早く済ませるため本題に移ることにする。
「お前、桜に危害を加えようとしたか?」
その直後、胡兆は俺から視線を逸らした。ただ、それは強い風が吹いたことによって起こった偶発的な仕草にも見えた。
「……何の話でしょうか」
「別になんの話でもいいんだ。俺が知りたいのは、お前が桜の敵か味方なのか、それだけだから」
胡兆はなにかを逡巡したようだったが、やがて諦めたように息を吐く。
「そんなこと、思ったこともありません」
もちろん、口ではなんとでもいえる。まぁ、あの日の彼女を思い出す限り万が一もないだろうが。
「そうか」
そして、念頭に置いている通りこれは尋問ではない。
むしろ、その逆。彼女の口から「ノー」と言わせることに意味があった。
「なら、桜と友達になってやってくれないか?」
「えっ」
胡兆はひどく驚いた顔。俺が言ったことは予想外だったらしい。
「あー、もしかして「もう友達だからそんな質問は無意味だ」って感じか?」
「……」
「それとも、桜とは友達になりたくないのか?」
「そんなこと思っていません!」
それとも……俺が突き放すとでも思ったのか?
だが、胡兆くるみという人間は敵に回して良いことなんてない。しかも、彼女は桜が救った者の一人だ。
たとえ、なにか間違いを犯したのだとしても、根底にあった思いは俺と同じだったはず。
なにより、
「桜が前に進もうとしてる。それを決意させたのは桜自身でも俺でもなく、家族以外の人間だった」
彼女が言ったことは間違いじゃなかった。
「これからも桜の力になってやって欲しい」
そして、俺は頭を下げる。
「……わかりました」
もちろん、彼女が了承することを確信したうえで。
俺は真実を闇に葬り去る代わりに言質を取った。
頭を下げたのは、彼女が完全に桜の味方になるキッカケ作りに過ぎない。
やり方としては、「今度休日空いてる?」と先に聞くのと似ている。相手に「空いてる」と答えさせたあとで、断りにくい用事をぶち込むのだ。ポイントとしては、適度に相手が喜ぶような用事にも誘うこと。断りたい用事ばかりに誘っていると、そのうち「あー、ごめん。空いてない」と最初で断られてしまうから。
卑怯だったかもしれないが、それでも桜に味方は必要だと思う。
そのために、胡兆には桜の味方であることを先に明言してもらわなければならなかった。
「ありがとう。それだけだ」
要件を終えた俺は、頭を上げて退散することにした。
それを胡兆はどこか複雑な面持ちで見ていた。
正直、これが良い選択だったのかはわからない。
本当であれば、胡兆と財前との関係をもっと疑って言及し、次の投票に向けてそれを利用すべきだったのかもしれない。
だが、それは俺のためにはなったとしても、桜のためにはなりえない。
だから、そんなことをする必要はなかったのだ。
人は誰しも、自分を救ってくれたものに固執するもの。
そしていつしか、その存在を神のように崇める。
だが、仮に神が人を救ったとしても、神は幸せまでを与えてはくれない。
なぜなら、幸せとは、神がつくった世界ではなく、人がつくった社会に存在する概念だったから。
必要なのは神じゃなく、共に歩む人でしかない。
だからこそ、俺のハッピーエンド至上主義に神なんていらない。
桜だけいればいい。いや、むしろ桜こそが神だ。
ん? だとするのなら、やっぱ神はいるのか……?
考えすぎて混乱しかけたが、俺はすぐに頭を切り替える。
まぁ、なんにせよ問題はない。
もし、他に神を名乗る奴が出て来たら、俺が抹殺すればいいだけの話なのだから。
これにて二章は完結となります。ここまでお読みいただきありがとうございました!!
これより数日は、二章の加筆修正や三章の展開を考える時間に充てます。修正箇所は三章はじめに報告致します。では。




