37話 万願寺が与える罰
「はい、あーん」
「……」
腕なんか傷めなければ良かった……。
本気でそう思ったのは、いつものように万願寺が食事の準備を終えたあと、俺の真横に座って食事の介助をしようとしてきたからだ。
昼は益田にそれをやらせていたから何とも思わなかったが、女子にそれをやられるのは情けなさ過ぎて死にたくなる。
「いや、やっぱ反対の手で食うから」
「うちがやってあげてるんだからいいじゃん」
「恥ずかしいんだよ! 桜も見てるし!」
現在、万願寺は料理を乗せたスプーンを俺の口元で停止させている。そして、そんな様子を向かいに座る桜が食事をもぐもぐと食べながらジーッと見ていた。
なんだこの状況……。
「これが嫌ならさ、次から腕を怪我するようなことしないで。はい、あーん」
献身的な行動とは裏腹に、彼女はどこか怒っていた。
「桜ちゃん、これは窓なんか割った最円くんへの罰でもあるから気にしないで。それと二度とそんなことをしないように辱めてあげて」
「わ、わかった!」
うむ、どうやら相当怒っているらしい……。
俺は最後まで抵抗したのだが万願寺が許すことはなく、結局……クラスの女子に食事を介助してもらい、それを妹に見られるという、なにかプレイにも似た時間を過ごすハメになった。
さらに万願寺は、その後食器の後片付けや風呂の準備までしてくれた。
ただ、洗濯機まで回そうとしたのだけは止めておく。
「なんで? もしかしてうちにパンツ見られるの恥ずかしいとか?」
ムッと頬を膨らませる彼女に俺はため息。
「なわけないだろ。まず、俺と桜のを一緒に洗濯するな。桜のは桜のだけで別に洗濯して、俺の時は布巾とか雑巾を一緒に洗うんだよ」
そう説明してやると、膨らんだ頬から空気が抜けるように口がポカンと開いた。
「……そんなことしてんの?」
「そんなことってなんだ。当たり前だろ」
「ちなみに……うちのエプロンはどっちで洗濯したの?」
「あぁ、俺のと一緒に回した」
「うわぁ……」
「うわぁってなんだよ。さてはお前、父親と一緒に洗濯したくないタイプの女子高生だな?」
「別に全然一緒で良いんだけど。むしろ、そういうことしてるの最円くんなんだけど」
「俺は桜以外なら誰の下着でも一緒に洗えるぞ?」
「……もういいや」
洗濯機のまえで揉めたあと、ようやく彼女は諦めてくれた。
まぁ、たしかに今の腕で洗濯物を干したり畳んだりするのは大変だが、万願寺がそこまでやる必要はない。
「他にさ、うちにやってもらいたい事とかある?」
そして、そんな事を聞いてきた。気持ちはありがたいが、すこし献身的が過ぎるのではないだろうか?
「今も十分やってもらってる」
「でも、なにかあったら言って? なんでもやるから」
それは、かなり危ない発言だ。
「じゃあ、風呂の介助でもしてもらうか?」
そのことを気づかせるために笑いながらそんなことを言ったら、万願寺は恥ずかしそうに目を逸らしたあと、
「背中を洗う……くらいなら……」
もはや、救いようのない発言をした。
「……お前なぁ、自分がなに言ってるのか分かってるのか?」
「わかってる。でもさ、うまく洗えないのはホントでしょ?」
「お前がそこまでやる必要なんてない。俺はお前のために何かしたわけじゃなく教室の窓を割っただけだ。しかも、自分から。それは責められるべきことであっても、日常を助けてもらうほど褒められた行動じゃない」
すこしきつめの口調で言ったら、彼女は目を細めたあとに悲しそう表情をした。
「あのとき……最円くんが窓を割らなきゃ、私たちは探偵ごっこで済まされてたのに?」
「窓を割ったことに正しさなんて求めるなよ。あれは俺だけじゃなく、お前や京ヶ峰まで怪我をするかもしれない危険な行為だっただろ」
「でもさ……」
万願寺はそこまで言ってから言葉を飲み込んだ。或いは、続ける言葉がなかったのかもしれない。
言いたいことはわかる。俺もそれに関して後悔をしていない。
だが、与那国先生が言ったようにルールは守るべきもので、俺がしたのはそれを破るものだった。
それは変わらない事実。
万願寺はしばらく無言だったが、やがてゆっくりと顔をあげた。
「前に最円くんさ、ルールを破った奴に心を割いてやる必要はない、って言ったよね?」
それは、自身を「社会不適合者」だと言った万願寺に唱えた言葉のひとつ。
「ああ」
「でもさ、そんなの無理」
それを彼女はキッパリと否定。
「だって、心はもう……割いたあとだから」
そして、無理やり笑おうとして失敗した表情を俺に向けた。
「今さら冷たくするなんて無理だから……」
あのとき、怪我をしたのは幸いにも俺だけだった。
だが、万願寺はまるで、痛みを堪えるかのように同じ方の腕をギュッと掴む。
きっと、病院から貰った痛み止めなんて効かないんだろう。
そもそも、それは痛みなのかどうかすら正直わからない。
「……悪かった」
そんな彼女に、俺はそう言ってやることしかできず。
「許さない。だからさ……怪我が治るまで、うちと京ヶ峰さんで一杯お仕置きするから」
やはり、この情けない現状を『罰』として受け入れるしかなかった。




