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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
二章 最円桜は一歩を踏みだす
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33話 ラスボス前の会話

 筆跡鑑定というのが、どの程度証拠能力を有しているのかを調べてみると、やはり鑑定人の実力によって左右されるものらしい。


 だが、今回それをしているのはただの高校性に過ぎない。


 専門的な知識もなければ、鑑定を行うための手段も少なく、たとえ犯人を突き止めることができたとしても、周囲を納得させるのは難しいはずだ。


 それでも……それらの不安要素を一切口にはせず、俺たちがアナログなやり方で筆跡鑑定を行い続けたのは、六組への誹謗中傷に思うところがあったからだろう。


 そして、先んじて行動を起こした京ヶ峰を、一人一人が手伝いたいと思ったからでもあった。


 その結果が実らなくても、きっとそこには意味がある。


 その曖昧な答えが分からぬまま、無我夢中で俺たちは全校生徒のノートを調べ終え、犯人と思わしき人物が一人浮かびあがった。


 それは、二年一組に所属する一人の女子生徒。


 元二年一組である俺は、その女子生徒と顔を会わせているはずだが、とんと記憶にない。


 一組にいたの一週間くらいだったしな……。


 なにはともあれ、彼女の筆跡はこれ以上ないほど一致していたし、誰が見ても同一人物であることは納得の域ではある。


「――お疲れ様。あなたたちのお陰で思っていたよりも早く犯人がわかったわ」


 京ヶ峰は、その結論を手に労いの言葉をかける。


「それさ、先生に渡すの?」


 万願寺の疑問に、彼女は「いいえ」と否定。


「教師に渡しても、彼らの言う『大人の対応』にされてしまうだけよ。だから、最後まで私が責任を持って対応するわ」


 とても曖昧に言ってはいるが京ヶ峰のことだ……おそらく皆の前で粛清でもするつもりなのだろう。さすがは覇道を行く女である。


「それ、たぶんお前の印象がとんでもなく悪くなるぞ?」


 だから、一応忠告をしてやったのに、彼女は気にも止めない笑みを浮かべた。


「心配してくれるのね? でも、私は止めるつもりはないの」


 まぁ、止められるとも思ってなかったが。


「明日の昼休み、直接彼女のところに行くわ」


 そして、京ヶ峰はそう言い切ったのだ。


「あ、あの! 私は生徒会で用事があって行けないんですけど、頑張ってください!」


 その時、六組でもないのにここまで手伝ってくれた一ノ瀬が、両手に拳を握ってそう言った。


「時間があったとしても、あなたが来る必要はないわ。これは最初から私の問題だもの」


 そんな一ノ瀬に京ヶ峰は優しく言う。


「……もちろん、あなたたちもね」


 そして、俺と万願寺にも同じ言葉をかけてきたのだ。


「乗りかかった船だし、最後まで付き合うよ」


 それに万願寺がそう答えた。それはまるで、物語の主人公がラスボスと戦う前に仲間たちと交わす会話のよう。


 謂わば、友情や絆を確かめ合う感動的なシーン。


 だから、俺もそれにならってクールなキャラを演じてみる。


「……俺も結末を見届けるとしよう。他の誰でもない、俺自身の意志で、な?」


「「「……」」」


 威風堂々たる腕組のまま、うつむき加減で名台詞。ただ、最後はみんなの反応が気になってしまい「な?」のタイミングで顔色を窺ってみた。


 窺わなきゃ良かった。


「短い間でしたけど、楽しかったです。また何かあったら呼んでください。生徒会で手伝うことはできなくても、個人で手伝うことはできますから」


 一ノ瀬は、どこか名残惜しそうに言葉を紡いだ。その様子からは、本当に楽しかったんだろうな、ということがよく伝わってくる。


 きっと、現生徒会でそういった時間を過ごすことはなかったに違いない。


 だから、今の彼女からは哀愁が漂っているのだろう。


 ただ、彼女が六組に仕事を持ってきた時の印象からは少し変わった気がする。まぁ、仕事超人のような京ヶ峰と一緒に作業をしていたのだから当然なのかもしれない。


 頼りない雰囲気は、今の一ノ瀬からは感じられなかった。


「じゃあ、今日はもう解散しましょう」


 そして、京ヶ峰の言葉で筆跡鑑定の全てが終わった。


 それはまだ始まりに過ぎなかったのに、既に俺たちは心のどこかで満足してしまっていた。


 きっと一ノ瀬の言うとおり、みんなで一つのことに取り組んだ時間が楽しかったからなのだろう。


 こういうことがあるからこそ、ラスボスと戦いたくなくなる。


 物語が終わってしまうことに悲しくなってしまうからだ。


 だが、始まった事に終わりはくるもの。


 それがどんな結末であろうと、俺たちは受けとめなければならない。


 そして、それがハッピーエンドであることを願ってやまない。



 * * *



 その日の夜、俺は犯人と思わしき女子生徒のことを聞くため、同じクラスメイトであるはずの益田に連絡をとった。


『――その子なら、いつも教室で他の奴と話してるぞ』


「そうか。じゃあな」


 そう言って連絡を断とうとしたら、


『待て待て! ちょっと俺も聞きたいことがあるんだが!』


 慌てたような声で引き止められてしまう。


「……なんだよ」


『あからさま面倒くさそうにすんじゃねーよ! ……お前さ、河川敷で会った奴らの顔覚えてるか?』


「喧嘩売ってきた奴らのことか?」


 それに益田は「それそれ」と同意してきた。


 どうやら、先週の日曜日に会った悪漢四人組のことを言っているらしい。


『そいつらの一人なんだけどよ、なーんかうちのクラスメイトに似てる気がすんだわ』


「……」


『おーい、薫?』


「あぁ、すまん。というか、あの中にクラスメイトがいたなら喧嘩なんて売ってこないだろ。あの時、胡兆もいたんだぞ?」


『んー。だよなぁ。じゃあ、やっぱ俺の勘違いかなぁ?』


 俺や益田はともかく、胡兆はクラス外でも名の知れた有名人だ。


 だから、もしあの四人の一人にクラスメイトがいたとしたら絶対に気づいたはず。そしてそれはこちらも同じで、俺と益田が気づかなくても、胡兆なら気づいたはずだ。


 うむ。改めて思うが、俺と益田はあまりにモブ過ぎるな……。


「ちなみに誰と似てるんだよ」


 そんなネガティブを頭から追い払って聞いてみる。


『それが……』


 すると、益田の声には急に自信がなくなり、言葉が途切れる。


『いや、これはまーじで俺の思い違いかもしれないんだけど!』


 そして、念を押すように前置きをした。


「なんだよ……。別に益田のことなんか信じてないぞ?」


『いや、俺の言葉は信じなくても、俺のことは信じろよ!』


「わかったから。言わないなら切るぞ」


『待て待て! 言うから!』


 そして、益田は渋々その名前を口にしたのだ。


『……クラスリーダーの財前ざいぜんなんだよ』


 それは、前回の価値残りシステムの投票にて、現在二年一組のクラスリーダーに選ばれた男子生徒の名前。


「あり得ないな。それなら、胡兆か財前が気づいたはず」


 その可能性を俺はバッサリ切って捨てる。


『だよなぁ。でも、似てんだよ』


「まぁ、世界には同じ顔の奴が三人はいるらしいから、奇跡的な確率で遭遇したのかもな?」


『だとしたら、胡兆さんも気づくんじゃね?』


「……確かに」


 益田にしては珍しく筋の通った意見。


『それが引っかかって自信ないんだよなぁ』


「まぁ、思い違いが妥当な結論だな」


『そっかぁ。やっぱ、そうだよなぁ』


「じゃあな」


『うぃ』


 そうして、ようやく通話をきる。


 ただ、俺は切ったあとのスマホを手に持ったまま、少し考え事をしていた。


「……財前、か」


 益田には言わなかったものの、俺も彼らの中に見覚えのある顔がある気がしていた。


 ただ、クラスメイトである財前の顔をちゃんと見た記憶がないため、確証には至っていない。


 それは益田と同じように、「そんな気がする」という曖昧な域をでない憶測。


 だから、「自分もそうだ」と彼に言い、確信を強めてしまうのは危険だと思った。


 それに、やはり胡兆の存在がどうしてもその可能性を否定する。


 俺と益田の思い違い。


 それこそが妥当な結論だと思い直し、俺はそのままスマホを机の上に置いた。

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