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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
一章 最円桜は願いを口にする

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7話 放課後の偶然

「ただいま」

「お、おかえりなさい」


 現在住んでいるマンションの部屋に帰ると、いつものように桜が玄関まで走ってきて迎えてくれた。


 彼女のほうから「おかえり」を発することはない。帰ってきた俺の顔をジッと不安そうに見つめ、俺が「ただいま」を言うと、ようやく安心したように表情を弛めて「おかえり」を言う。


「今日はどうだった?」

「あ、うん。ずっと映画を見てて、それでお昼はちゃんと冷蔵庫のお弁当食べて、今は勉強してた」

「そうか。弁当にマヨネーズかけ過ぎなかったか?」

「だ、大丈夫」


 桜は何にでもマヨネーズをかけたがるマヨラーである。


 その量があまりにも多いため、マヨネーズを摂取しすぎないよう何度も注意しなければならない。

 ちなみにだが、今やマヨネーズは市販の物じゃなく手作りをしていた。もちろん、添加物を取らせないためだ。


「あのね? 食器も洗ったよ?」

「偉いな桜は」


 桜からのそんな報告に頭を撫でてやると、くすぐったそうに笑った。

 ただ、本当に偉いのは食器を洗うことなんかじゃない。そんなのは桜がいつもやっていること。


 本当に桜が凄いのは、


「もしかして、その問題集ぜんぶ解いたのか?」

「あ、うん。でも、また最初からやってるから大丈夫だよ??」


 机のうえに置かれた分厚いテキスト。それは、ニ週間ほど前に購入した大学入試の問題集。


 桜は学校に行っていない。


 しかし、学力だけで言えば俺よりもはるかに難しい問題を解いてしまえるほど頭が良かった。


 ……最初は中学の教材からだったんだがな。


 誰とも会わず、部屋に引きこもる桜のために買ってあげたテキスト。それを彼女は飽きるまで何度も何度も解いて、今では難関大学の問題集を解くまでに至っている。


 ただし、桜が誰かに勉強を教えることはない。俺が聞いたときも「どうやって教えたらいいかわからない」と言っていた。彼女はその問題を見て、覚えたとおりの答えを書いてるだけなのだという。


 理屈や論理じゃなく、桜は問題を解いてきた膨大な経験則から解答を取り出しているだけらしい。


「また新しいの買ってくる」

「あ、うん。ありがとう、ありがとう!!」


 コクコクと何度も桜は頷いた。その度に、彼女が纏う布がぴょこぴょこと揺れる。


「お、お兄ちゃん。あとね? あの、映画なんだけどね?」

「見たいのがあるのか?」

「うん。その、これの続き」


 桜が持ってきたのは、俺が渡したアクション映画のDVDだった。続編がでてたのか。


「でね? その続きを見たあとに、もう一回最初から見たいから、これを返さないで続きを見たい」

「なるほど」


 DVDの貸出期間は一週間なのだが、俺が念入りにチェックをしているせいで期日はあと二日しかなかった。それまでに続編を借りてきてチェックしなければならないとなると……。


「わかった。今から借りてくる」

「ありがとう、ありがとう!!」

「桜も行くか?」

「……いいの?」

「桜が選びたいほうでいいぞ」

「い、行きたい」

「ならすぐ行こう」


 鞄を置いてから玄関に向かうと、その後を桜がついてきた。

 そんな彼女の手を握ると、嬉しそうに「いひひ」と笑った。

 胸のうちから愛おしさが溢れでてくる。


 守りたい、この笑顔。そのためなら、俺は犯罪者にすらなれるかもしれない。


 そんな感慨に浸りながら、マンションを出てDVDを借りれる店に桜と向かっていると。


「あれ? ……最円くん?」


 ばったり、制服をきた万願寺と出くわした。


 そんな彼女の隣には、同じく府国高等学校の制服をきた知らない女子生徒がひとり。同じ信者だろうか?


 万願寺は驚いたように俺を見てから、手を繋いでいる桜のほうへと視線をおろす。

 そして、ハッとしたように顔をあげて恐怖に満ちた瞳で俺を見たのだ。


「まさか……犯罪……?」


 まだ犯してねぇよ。いや、犯すつもりもないけど……。



――妹だ。



 そう説明しても、万願寺は信じてくれなかった。


「うそ! 全然似てないじゃん!」


「世の中の兄妹が全員似てると思ったら大間違いだ」


「それにしたって似てなさすぎ! そんな趣味の服まで着せて! ほら、もう大丈夫だよ? こっちおいでー?」


「おい、桜に触るな」


 伸びてくる万願寺の魔の手から桜を離すと、彼女はムッとした視線を俺に向けてきた。


「いまさ、この子を救おうとしてるんだけど?」

「逆だ。俺がお前から桜を救おうとしている」

「うわっ、悪い人ってみんなそう言うよね」

「そうやって認めたくない事実を悪としてしまう気持ちはわかるが、素直になりなさい。かわいい桜に触りたいだけだと」

「……何言ってんの?」

 


「――あのさ、どっちでも良いけど、その子怖がってない?」


 

 不意に、万願寺がつれていた女子に言われて桜を見れば、俺の背中に隠れて今にも泣きそうになっていた。


「ご、ごめんなさい」


 そんな俺の視線に気づいて謝罪してくる桜。


「いや、俺こそごめんな」


 慌てて抱きしめてやると、彼女は取り繕うように「にひひ」とぎこちなく笑う。


 その後も、まるで不安や恐怖を押し隠すように桜は笑っていたのだが、背中を何度も撫でているとようやく落ち着いてきた。


「どうする? 戻るか?」

「でも、映画……」

「はやく続き見たいんだな?」

「う、うん。他のも見てみたい」

「わかった」


 そんな会話を交わして立ち上がると、万願寺はどこか気まずそうにしていた。


「……あー、ごめん。その、そんなに怖がらせるなんて思ってなくて」

「あぁ、まぁ、俺も言い過ぎた」


 あたりは暗くなっていたが、彼女の顔は青白く血の気が引いているのがハッキリとわかる。

 鞄を持つ手は微かに震えていた。


 正直、俺は万願寺のことがよくわからん。


 急に距離を詰めて怪しい勧誘をしてきたかと思えば、こうしてひどく繊細な一面も持っている。


 ただのヤバい奴かと思ったが、自分が誰かと仲良くなれない理由をちゃんと分かっていたりもする。


 というか、それは万願寺による故意かもしれない……。


「急いでるから行くな?」

「あ、うん」


 浮かない顔をしている万願寺に別れを告げると、彼女はハッと我に返ったように笑って首肯。


 そんな作り笑いに後ろ髪を引かれてしまう。


 ……仕方ないな。


「桜。このお姉ちゃんは俺と同じクラスメイトなんだ。会う機会はないと思うがバイバイ言ってやってくれ」

「そ、そうなんだね?? お、お姉ちゃんばいばい」

「……うん。ばいばい」

「いひひっ」


 桜が笑ってくれたからか、万願寺は少しだけ安心したようだった。笑顔一つで人を救ってしまう桜はやはり天使だと思う。


 万願寺も怪しい神様なんて信じてないで、桜教に入信すればいいのに。


「あなたも……六組なのね?」


 別れ際、万願寺と一緒にいた女子がそんなことを言った。彼女の組章を見れば、万願寺が元いた二組。


 そして、その横には金のバッジ。


 嘘だろ……。クラス代表かよ。


「あぁ」


 鋭い視線を送ってくる彼女にそう返す。


 さて、どんな勧誘文句がでてくるのだろうか? と少し身構えていたら、


「優をよろしくね」


 素っ気ない態度で、それだけ言われた。


「……あぁ」


 予想外の言葉に面食らったものの、なんとか返事だけはしておく。


 まさか、「よろしく」なんて言われると思ってなかった。どうやら、万願寺とは普通の友達らしい。


 クラス代表と負け組。


 その組み合わせは、俺みたく票を獲得するための交渉時じゃないと一緒にいることは滅多にない。

 だから、今回もそうなのかと思ったが、違ったようだ。


 ただ……それはそれで違和感が残る。


 クラス代表に選ばれるような奴が友達ならば、そもそも万願寺が六組にくることなんてないはずだからだ。


 いわばコネ。権力者と親しければ、昇進が早いのと同じ理屈。


 しかし、万願寺は六組に追放され、それを彼女は指を咥えて見ていたことになる。


 果たして、彼女は本当に友達なのだろうか?


 そこまで考えたとき、ふと良からぬ邪推が頭に浮かんだ。


 もしかしたら……彼女はクラス代表になるために万願寺と仲良いフリして利用してるだけなんじゃないか、と。


 もちろん、いくらクラス代表とはいえ、宗教勧誘者なんかをクラスに残すことができなかったという考え方もできる。


 ……だが、もしそうじゃないとしたら?


 誰もが追放なんかされたくない。だから、予め追放者を決めておいてクラスを煽動せんどうして票を操作する……よくある話だ。


 そして、もしそうだとするのなら、宗教勧誘を装っているのは万願寺の意志じゃない可能性だってあった。


「お兄ちゃん……? ど、どうしたの?」

「ん? あぁ、なんでもない」


 そんな考えに耽っていたからかいつの間にか足が止まっていて、桜の呼びかけで我に返った。


 確認する必要があるな……。


 浮かんだ結論を一旦頭の隅に追いやると、俺は桜を連れてDVDを借りるため店へと急いだ。

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