30話 喫茶店にて
店へと入り、まるで待ちあわせでもしてたみたく京ヶ峰の向かいに座ると、彼女は少し意外そうな顔をした。
「……早かったのね」
「お前、ずっとここにいるつもりか?」
「そのつもりだけれど」
「近くに図書館あるだろ」
「あそこ休日は大学生で埋まっているのよ」
「自宅は?」
「……息が詰まるから嫌よ」
そう答えられてから、しまったと後悔。
「飲食目的じゃないのに長居するの気まずくないのか?」
だから、空気が陰鬱にならないうちに質問をする。
「お金は払っているじゃない。それに、今の時間帯は混んでないもの。空いてる時に長居するのと、混んでるときに長居するのは全然違うのよ? 周りが見えている人にとっては当たり前のことだけれど、最円くんは違ったようね」
「遠回しに俺のこと非常識って言ってるよな……」
「それに喫茶店やファミレスというのは、飲食も兼ねた居心地の良い空間を提供しているの。そこでどう過ごそうが私の勝手。狭いコミュニティ内で生きてきたあなたにとっては、それが常識なのよね? ごめんなさい。迂闊に馬鹿にするべきではなかったわ」
「謝ってないんだよなぁ」
時には、謝られることが人を傷つけることもある。
彼女はそれをよく理解しているから尚さらたちが悪い。
「……」
いや、彼女の言っていることは正しい。たぶん俺は……なんとなく嫌なんだろう。
彼女がたった一人で作業していることが。
その目的と動機を理解してしまえるからこそ、俺はこんな事に付き合ってしまっている。
たとえ犯人探しが悪手だったとしても、やはり、向けられた悪意に対して寛容ではいられない。
「……俺の家に行こう。そこなら気兼ねなく作業できるから」
だから、手を貸したいと思ってしまう。
「なぜ、あなたの家に行かなければならないの?」
「言っただろ。気兼ねなく作業できるって。今、家にいるのは妹だけだからな」
そう答えた途端、京ヶ峰は腕を抱えて嫌悪と侮蔑が入り混じった視線で俺を見てきた。
「あなた、そうやって女の子を連れ込んでるの……?」
「お前なぁ……」
吐きそうになったため息を寸でのところで堪えた。
「万願寺も呼ぶから。それなら良いだろ?」
しかし、彼女の鋭い視線が緩むことはない。
「……なぜ、最円くんが万願寺さんの連絡先を知っているの?」
「いや、クラスメイトなんだから知ってておかしくないだろ。……というか、こんなに一緒に作業してる俺とお前が連絡先交換してないほうがおかしい」
「クラスメイトは心外ね? 私たちは六組なのよ? 六組は馴れ合いをする為のクラスじゃないわ」
「もはや、お前の言葉が心外だ」
「どうやら……都合の良いあなたにばかりを利用したせいで、勘違いをさせてしまったようね。ごめんなさい」
「最初からずっと謝ってないんだよなぁ」
もはや、堪えることなく吐いたため息。
そこに含まれる感情は諦めに近い。
「俺がお前に手をだすことは絶対にないし、これは家に連れこむための口実でもない」
そう断言する。京ヶ峰は長いこと訝しげにこちらを見ていたが、やがて腕をおろした。
「……わかったわ。あなたを信じましょう」
そして、ようやく了承してくれた。
「荷物は持ってやるよ……って、重っ!?」
テーブル脇に置かれていたバッグを持つとかなりの重量。意図せず見えたバッグの中には大量のノートが詰め込まれていた。
「これ持ってここまで来たのか……」
「そうよ」
平然と答える彼女には呆れるしかない。
「取り敢えず出るか」
そう言って店を出ようと立ち上がったら、
「待ちなさい」
京ヶ峰に止められてしまった。
振り返ると、彼女はスマホを持ったまま俺を見上げている。
「どうした?」
「さっきあなた……連絡先を交換していないのはおかしいと言ったでしょ?」
そう言われて、数秒経ってようやく理解。
どうやら連絡先を交換してほしいらしい。まぁ、連絡先交換をしていれば、俺がこうして喫茶店まで来る手間もなかったしな?
「ほら」
そうして、京ヶ峰と連絡先を交換。
その後、彼女はしばらく画面を見ていたが、やがて小さく微笑んだ。
その笑みを俺に見られていたことに気づいて恥ずかしくなったのだろう。彼女は頬を赤らめると俺からプイッと視線を逸らす。
わかるぞ、その気持ち。
たぶん、京ヶ峰は入学して初めての連絡先交換だったんだろうな……。
「何を考えているのか知らないけれど、その気持ちの悪い笑みをやめなさい。不快だわ」
その後、ここぞとばかりに彼女は俺を罵倒したが、その微笑みを見てしまった俺には全く効かなかった。
なんだ。可愛い一面もあるじゃないか。
2章完結後、29話と統合予定




