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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
二章 最円桜は一歩を踏みだす

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26話 戻る平穏

「いやぁ、流石に最後の勝負は痺れたぞ! できれば動画にしたいくらいだった! あの豪胆さと勝負強さは是非ともうちにきてマネージャーになってほしい!」


 予算折衝というなのポーカーゲームが終わったあと、軟式野球部の部長はそう言って俺に握手を求めてきた。


 もっと罵詈雑言を浴びせられるかと思ったのだが拍子抜けである。というか、選手じゃなくてマネージャーのほうかよ。


「動画なんて、学校の許可無しにネットに晒して大丈夫なんですか?」


「あぁ。これも部員を増やすための活動だからな? 硬式野球部なみに部員が増えれば、合宿費用なんかに苦しまずに済むんだが」


 ネットに動画投稿しているのは、お遊びというわけじゃなかったらしい。合宿費用がどれくらいかかるものなのか知らないが、最後までゲームに残ったところを考えるに、それなりの事情があるのだろう。


 それを手にできなかったにも関わらず、彼は清々しい態度で、連れてきていた部員たちと共に会議室をでていった。


 その器の大きさが、彼を部長にしている所以でもあるのだろうか?


「助かったよ。君たちにはお礼を言う。ただ、少しばかり綱渡りだったけどね」


 その後、小金原会長がお礼を言ってきた。俺はほぼ何もしていないので若干の気まずさがある。


「勝てて良かったです。まぁ、あそこまで勝ちにこだわる必要あったのかは疑問ですね」


「何を言ってるんだい? 今回、万願寺さんが勝つ前提で進めたから、部長たちに提示した予算額は他の予算案を圧迫するほどの額だったんだ。負けたら、他の金額を削らなければならなかった」


「マジですか……。それ、賭けすぎませんか」


 どんだけ万願寺ゲーで作戦練ったんだ。


「賭けじゃなく、挑戦と言って欲しいな。確かに危険な事ではあったけれど京ヶ峰さんの提案は面白くはあったから」


「なるほど」


 そう納得はしてみたものの、やはり危険な賭けだったことに変わりはない。


 だが、そういう思考の違いこそが、彼が生徒会長足りうるところなのかもしれない……なんて、また無理やり納得してみる。


「予定通りとはいかなかったが、無事に君たちが勝ってくれて良かったよ。あとは、問題解決部が廃部するだけだね?」


 先輩は笑顔で言った。


 それも確かにその通りなのだが、廃部を楽しそうに口にする先輩には、どこか背筋が凍りつくような感覚を覚えてしまう。


 リスクを恐れず挑戦し、始めた計画にはとことん冷淡。


 それが小金原先輩の本質なのかもしれない。


「それと、京ヶ峰さんと万願寺さんにもお礼を伝えておいてくれ」


 しかも、助けてもらっておきながら、自分からじゃなく俺にお礼を伝言するところも、どこか冷淡さを感じざるを得ない。


 だが、まぁ、すでに終わったこと。


 その言葉に軽く頭をさげてから、千代田と歩と共に会議室をでる。


「最円さん!」


 そんな俺たちを追いかけてきたのは一ノ瀬だった。


「どうした? お礼は会長から言われたから別にいいが」


「さっきのゲーム……。負けたらどうするつもりだったんですか!?」


 それは、予想していなかった質問。


「なんで……あんな簡単に投票権を賭けられるんですか?」


 彼女は、未だに信じられないという表情を貼りつかせたまま。


 気持ちは分からないでもないが、あの場面に戻れたとしても俺は同じ選択をしただろう。


「別に、投票なんかしなくても六組から出る方法はあるしな」


「へ?」


 その答えに呆然とした一ノ瀬。俺から言わせてみれば、なぜ生徒会である彼女がその考えに気づかないのか理解できない。


「二学期にある生徒会選挙だよ」


 そう答えた直後、一ノ瀬は小さく「あっ」と声を漏らした。


「そこで生徒会長になれば強制的に六組から出られる。たとえ、ここで投票権を失ったとしても、まだ希望があったから京ヶ峰に託したんだ」


 生徒会は価値残りシステムの投票からは除外される存在だ。だから、その生徒会に入れれば、投票権もクソもない。


「そうだったんですね」


 とはいえ、生徒会長になるのは並大抵のことじゃない。しかも、生徒会長になったら普通の生徒よりも忙しい毎日を送らなければならない。


 桜と過ごす時間を確保するため六組脱出を図っているのに、生徒会長なんかになって桜と過ごせなければ本末転倒だ。


 だから、できればその手段は取りたくなかっただけ。というか、生徒会会長なんぞ難易度が高すぎる。


「それと……京ヶ峰さんですけど、今日はそっとしてあげたほうが良いと思うんです」


「なんでだ」


 彼女の意図が分からず首を捻ってしまう。勝利したというのに、今回の作戦の発案者である京ヶ峰にそれを伝えないわけにはいかない。


「その……もしかしたら、見間違いかもしれないけど、あのとき京ヶ峰さん……泣いてた気がして」


 一ノ瀬は言おうか迷っていた様子だったが、躊躇いながらもそう言った。


 泣いてた……? 京ヶ峰が……?


「だ、だから! 今日はそっとしてあげたほうが――」


「待ってくれ」


 俺は手をあげて彼女の言葉を止める。


 彼女がなぜそんなことを言うのか理解できなかった。


「もし本当に京ヶ峰が泣いてたとして、放っておく理由は?」


 だからそんな質問をすると、今度は一ノ瀬は不可解な表情で俺を見てくる。それはまるで「何言ってるんだろう?」と言わんばかり。いや、それはこっちのセリフなんだが。


「……その、泣いてるところって普通は見られたくないと思うんです。京ヶ峰さんはプライドとかも高そうだし」

 

「俺の経験から言わせてもらえば、泣き顔を見られたくないのは相手に弱いと思われたくないからだ。だが、俺はあいつが弱いなんて一ミリも思っていないし、むしろ強すぎて呆れてるくらいだ」


「それは、そうかもしれませんけど……」


 それでも不服そうな一ノ瀬。


 とはいえ、彼女が京ヶ峰のことを心配しているのはよく分かった。


 そっとしておくというのは、彼女なりの優しさでもあるのだろう。


 それは否定されるべきものではない。


「大丈夫だ。あいつはゲームを途中放棄したが、一時の感情で今回の件をまるまる放棄するような奴じゃない。むしろ、そんな理由で報告を怠ったら、逆ギレするようなヤバい奴だからな」


 だから、一ノ瀬を安心させるように言ってやると、


「……誰がヤバい奴なのかしら?」


 後ろから京ヶ峰の声。


 振り返ると、そこには不機嫌そうにこちらを見る京ヶ峰。そして、彼女の横には万願寺の姿があった。


 まさか、気配もなく背後から忍び寄るとはな? こいつは驚いたぜ……。


 聞かれた失言に冷汗をかいていると、京ヶ峰は諦めたように息を吐く。


「ゲーム途中で退室したのは、既に気持ちで負けていたからよ。そんなメンタルで勝負に挑んでも勝てるわけないから。それと、正確に言うのなら放棄じゃなくあなた達に任せたのだけれど?」


「あのとき負けたと思っていたのか?」


「負けたというより、満足してしまった……というほうが正しいかしら」


「満足?」


 聞き返したら、京ヶ峰は咳払いをしてからプイッと顔を逸らした。


「そんなことより、勝負はどうだったの?」


 そうして見え透いた話題逸らし。……いや、本題はこちらなのだから閑話休題というのが正しいだろうか?


 まぁ、京ヶ峰はゲームに勝つことよりも、部長たちをゲームに参加させることのほうに労力を注いでいたから、あの時点で泣くほど満足してしまったとしてもおかしな話じゃない。


 人は満足すると油断が生まれる。マラソンや短距離走において、最後の最後に走りを弛めたら追い抜かれたなんてのはよく聞く話。


 その観点から言えば、勝ちへの執念が薄れた自分に気づいて退室したのは、あながち間違いじゃないのかもな。


「勝ったぞ」


「……そう。良かったわ」


 勝利報告に対し、流し目が瞑られると共に安堵の声。


「それじゃあ、今日はもう帰りましょう」


 そう言って背を向けた京ヶ峰。万願寺のほうを見るが、彼女は気まずそうに笑っただけだった。


 ふむ。会議室を出ていったあとの事は聞けそうにないな。


 ともあれ、京ヶ峰が本当に泣いていたのかどうかなんて俺にな関係なく、今回の作戦は成功したのだから別にどうでも良かった。


 そうして、その日を境に滞っていた生徒総会の準備はようやく進み始めることになる。


 きっと、最近いろんなことが立て続けに起こったからだろう。


 急に訪れた平穏な日々に、俺は燃え尽き症候群にありがちな空虚に陥ってしまった。


 ただ、それはネガティブなものじゃなく、平和を噛みしめる至福の一時でもあるため悪い気はしない。


 戻ってきた変わらぬ日常。


 ただ、一つだけ変わったこと。


 それは、


「おはよう。最円くん」


「あぁ」


 これまで挨拶などしてこなかった京ヶ峰が、自ら挨拶をしてくるようになってきたことだ。


「なんで挨拶するようになった?」


 心を入れ替えたのかと思い、疑問をぶつければ、


「これまでのあなたは挨拶する価値なかったもの」


 辛辣で返されてしまった。……聞かなきゃよかった。


「挨拶はしない人が悪いんじゃなく、されない人が悪いのよ」


 そして付け加えられる傲慢な理論。それにはもはや反論する気すら起こらない。


 ある意味、京ヶ峰は六組で良かったのかもしれない。


 普通の生徒たちの中に彼女を放り込んだら、絶対に傷つく奴がいるだろうから。


「最円くんは六組で良かったわね」


 そんな事を考えていたら、不意に同じことを京ヶ峰から言われてしまう。


「なんでだ」


 それに京ヶ峰は、やはり傲慢な表情でくすりと笑った。


「女の子に話しかけてもらえるからよ」


「さいですか……」


 どうやら、変わったと思ったのは俺の気のせいであり、やはり京ヶ峰は京ヶ峰ということらしい。

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