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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
一章 最円桜は願いを口にする
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6話 交渉

 府国高等学校には棟がいくつかあり、そのうちの一つに六組があるわけだが、ここを「監獄」と呼ぶ生徒がいる。


 正式名称がそうなのではなく、追放者たちが集められる教室があるからこそブラックジョークとしてそう呼んでいるのだが、そこから出てくることを「釈放」、六組在籍中にも関わらず普通教室のほうへ来たりすると「脱獄」なんて言われかたをする。


 もはや扱いは囚人。なんの罪も犯していないのにそう呼ぶのは、くだらない優越感に浸るためだろう。


 神に問う。無価値は罪なりや? 


 もちろん、それはあくまでもブラックジョークであり、たわいない話を面白おかしくするための比喩でしかないのだが、


「――脱獄犯がここに何のようだよ?」


 困ったことに、それを真実として鵜呑みにしている輩もいる。


「ん? あぁ、シャバの空気を吸いに」


 六組の組章を見たのか、知らない男子生徒がすれ違いざまに笑いながら声をかけてきた。こういう奴には話を適当に合わせておくのが吉。

 彼らが蔑んでいるのはあくまでも六組であり、俺のことじゃないしな? まぁ、ちょっと不良ぶって言ってみたかったセリフではある、というのも本音。


「連れ戻されないうちに帰れよ? ここは無価値な奴らが来るところじゃないからな」


 悪意は感じられなかった。だからこそタチが悪い。自分が知らぬ間に誰かを不快にさせていることを知らないから平然とそういう事をのたまう。いつか彼は誰かの逆鱗に触れて痛い目にあうのかもしれない。それが取り返しの効く痛みであることを願ってやまない。


 益田が言った通り、胡兆は普通教室棟側の中庭で数人の女子生徒とお喋りをしていた。

 午後のティータイムを彷彿とさせる穏やかな雰囲気。春の温かな陽射しの中でベンチに座る彼女たちは、まるで貴族のお嬢様。


「胡兆、すこしいいか」


 そんな中に割って入ると、他の女子たちが好奇心を抑えきれていない瞳を俺に向けてきた。

 が、その視線が六組の組章に止まったところで、瞳は黒く濁る。


「……負け組じゃん」


 ボソリと誰かが呟いて、空気が一気に冷めた。おいおい、春の陽射しはどこいった。


「少しだけ外しますね?」


 それでも、胡兆は彼女たちにそう告げて立ち上がってくれた。彼女からは嫌悪や侮蔑の視線はない。

 なんとなく、益田が好意を寄せるのがわかった気がした。


「それで、何の用事ですか? 最円くん。まさか……告白?」


 人気のない場所まで来てから、最初に切り出したのは胡兆から。


「告白なら六組を抜けてからする」

「それもそうですね。そもそも君は、私に投票していなかったですし」


 校内に植えられた広葉樹の下。手入れが大変そうな長い髪を風に揺らして笑う胡兆。成績と見た目だけで言えば京ヶ峰と良い勝負。ただ、纏う雰囲気は対極的だ。


「実は、胡兆に票を入れた男子生徒を知りたい」

「なぜですか?」

「俺が六組からでるには次の投票までに票を獲得しなきゃならない。なら、偏った場所から貰うのが一番堅実的だろ?」

「なるほど」


 予想では、胡兆に票を入れている男子は数人いると踏んでいる。益田がそのうちの一人。

 最低でも二票あればクラスに残る確率は高いため、俺はそこからおこぼれを貰う形になる。


「でもそれなら、『クラス代表』に交渉を持ちかけるのが一番なのでは?」


 クラス代表とは、投票で最も多くの票を入れられた生徒のことだ。

 言い換えれば、クラス内で最も価値があるとされた生徒。彼らは、組章バッジの他に代表を示す『金色のバッジ』も付けている。その発言力はおおきく、教師と交渉して授業の進行速度を速めたり遅めたりすることも可能だ。


 そして、胡兆の言うとおり、票が最も偏った場所。


「クラス代表の奴らにとって一番怖いのは転落だろ。だから、自分の票が減るような提案を受け入れるとは思えない」

 

 一度頂点に君臨した者は転落を恐れるものだ。誰かに追い抜かれ、周囲から蔑まれることをひどく嫌がる。


 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。


 栄えたものが滅びていく事は、自然の理なのだと古くから云われていても、それを素直に享受できる者はいない。


「確かにそうかもしれません。最円くん頭良いんですね」

「それほどでもあるが」

「ですが、すこしだけ考えが足りていませんね」

「……へ?」


 褒められて調子に乗ったら突然突き放された。その、あまりの緩急に思わずマヌケな声を出してしまう。


「今回の投票、一回目で最円くんが落ちたましたよね? つまり、他のみんなは確実に一票を獲得していたということ」


「……あぁ、そうなるな?」


「つまり、票は一箇所に固まってなかったんです。みんなにまんべんなく票がバラけた。だから、票を獲得できなかった人だけが最初に(こぼ)れたんです」


「……あ」


 俺はようやく、胡兆が言いたいことを理解した。


 つまり、


「胡兆にも……一票しか入ってない……?」


 その結論に、彼女は「よくできました」とばかりに微笑む。


「二年生になって最初の投票だったから、みんな慎重だったのかもしれませんね? クラス代表は、たぶん誰かが『特票』を使ったんじゃないでしょうか」


 胡兆には益田の一票しか入っていない。


 それはもしかしたら嘘かもしれない。俺に票を横取りされないために吐いたデタラメかもしれない。


 しかし、彼女の言うとおり最初の投票だけで追放者が決まった経緯を考えれば、それを否定することができない。


 胡兆に票が偏っていたなら、俺だけじゃなく他にも投票されなかった者が出てくるはずだ。しかし、そうはならず投票されなかった俺だけが一発で追放された。


「期待に応えられそうになくてごめんなさい。それを最初に言わなかったのは、嘘だと思われたくなかったからです」


 穏やかな口調でそう言い、話は終わったとばかりに俺の横を抜ける胡兆。


「ですが……、それ以外で最円くんが一組に戻る方法はありますよ?」


「……どんな方法が?」


 思い出したようにかけられた希望に振り返ると、そこには頬を赤らめて口元に人差し指を添える胡兆の姿があった。



「秘密です。頑張ってくださいね? 最円くん」



 それは「自分で考えて」ということなのだろう。俺はそういうのが好きじゃない。

 だから、その時に何が何でもその方法とやらを聞き出せば良かったのだが……あまりにも彼女が見せた仕草に見惚れてしまい、その機会を見失ってしまったのだ。


 そういえば、今回のクラス代表には誰かが特票を使ったと胡兆は言っていた。


 特票とは、『追加で入れられる票』のこと。


 ただし、複数人に票を入れることはできず、一人に多く票を入れるのが条件。


 これは誰もが持つものじゃない。学内で成績順三位以内に入った者や、部活動で優秀な功績を上げた者だけに学校側が与えている報酬。

 特票をどの投票の時に使うかは自由で、使わずに卒業することもできる。


 胡兆の言うとおり、まんべんなく票がバラけたのなら、誰かが特票を使って票を多く入れたと考えるのは妥当だろう。


 ……あれ? そういえば、成績三位内なら京ヶ峰も特票所有者じゃないのだろうか?


 その特票を持っていると、周りから必ずと言っていいほど相互投票を持ちかけられる。特票所有者に投票してもらい、且つ、特票を使用してもらえばクラスに残るのはもちろんのこと、クラス代表になることも夢じゃないからだ。


 にも関わらず、京ヶ峰は六組にいる。


 ……なぜだろうか?


「――そんなの決まってるじゃない。私がすべて断ったからよ」


 六組の教室に戻ってからその疑問を京ヶ峰に聞くと、彼女はあっさりとそう答えた。


「断ったって……もったいないな」


 そんな感想を漏らすと、京ヶ峰にギロリと睨まれた。こっわ。


「自分の価値は自分で決めるものよ。誰かの評価をあてにするなんて、それこそ価値のない人間のすることだわ。そんな人に投票なんてするわけないじゃない」


「あー、お前が六組にいる理由よくわかった」


 おそらく、特票欲しさに近づいてきた人間を、彼女はバッサリ切ってきたのだろう。

 実際に見たわけじゃないが、その光景はありありと目に浮かぶ。


「私、なにか間違ったこと言ってるかしら?」

「……言ってません」


 間違いじゃないが正しくもないな、なんて口が裂けても言えません。


「その特票は使ったのか?」


 話題そらしでそんなことを聞くと、彼女はため息混じりに首をふる。


「使ってないわ。五票あるけれど、使うに相応しい人なんていなかったから」

「五票!? おま、それたった一人でクラス代表を仕立てあげられる票数じゃねぇか!」

「そんなことしないわ。というか、なんで特票は自分に入れられないのかしら。自分に使えない以上、私にとってはゴミ同然よ」

「お前な……」


 もし、京ヶ峰が特票を使ってクラス代表を仕立てあげたなら、その者にとって彼女はパトロンにも近い存在となる。

 クラスのことについての発言力はないが、その者に頼んで自分の良いように発言してもらうことはできる。


 これが価値残りシステムの真価でもあった。


 学校側が与えるのはあくまでも権利。そして、それを使ってクラスや学校を動かすのは生徒たちだ。


 価値残りシステムは追放者を出すためのシステムじゃない。最も価値ある人間を選びだすシステムなのだから。


 そして、その権利を持っていながら、難儀な信念によって六組に落とされてしまった京ヶ峰。


 まぁ、俺はそういうの嫌いじゃないが。


「最円くんさ、京ヶ峰さんと仲良いの凄いじゃん」


 席に戻ると、万願寺が顔を近づけてきてそんなことを囁いてきた。女の子が顔を近づけてくるとなんでドキドキするのだろうか。

 たぶん『嫌いな人には近づかない』という行動心理が『近づいてきたらしゅき!』という逆説を下すからなのだろう。この逆説は危ないから注意が必要だ。なにせ、俺まで相手を好きになってしまいそうになるからな。


「仲良くって、どう見たらそうなるんだ……」


 京ヶ峰から思いっきり睨まれていたことを思いだすと、仲が良いとは到底言えない。


「京ヶ峰さんがあんなに誰かと話してるの初めて見たし」

「お前とも話してるだろ」

「あれは話じゃないじゃん。口喧嘩……?」

「なんで疑問形なんだ。それならそれで、喧嘩するほど仲が良いって言うだろ」

「そうかなぁ? まぁ、仲良くはしたいんだけどねー」

「悩んでるなら、例の人に相談してみればいいだろ」


 そんな軽口を叩いてみた。


 我ながら意地悪な発言だと思ったものの、それは万願寺から言いだしたことなので悪いとは思わない。


「あはは……その人はさ、対人関係とかの相談は受けつけてないから」


 俺はてっきり、万願寺が「相談してみる」とでも言うかと思っていたのだが、その答えは予想と違った。


「てか、私は誰とも仲良くならないほうが良いから」


 そして最後、彼女はポツリとそう呟いたのだ。


 それはあまりにも小声で呟かれたものだから、一瞬聴き違いかと思ったほど。


「なにか言ったか?」


「ん? 何も言ってないけど?」


 それは無意識の独り言だったのか、万願寺は小首を傾げた。


 だが、俺にはハッキリと聞こえていた。


 誰とも仲良くならないほうがいい……?


 それは、宗教勧誘するような奴にとってはあるまじき言葉だ。


 もしかして、こいつ……わざと宗教勧誘を装っているのだろうか?

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