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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
二章 最円桜は一歩を踏みだす
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21話 京ヶ峰の策略

 桜の容態は心配するほどのことでもなかった。身体に異常はなく、抗うつ薬を貰っただけ。


 ただ、胡兆は何度も謝ってきて、俺も桜もそれに困り果てた挙げ句、許す形をとった。


 というか、悪いのは胡兆じゃなく絡んできた奴らだ。彼女は桜を外に連れだしたに過ぎない。


 それが悪かったとは思ってないし桜もそうだったのだろう。


 現に、桜は楽しそうではあったから。


 それでも、


「本当に……ごめんなさい」


 胡兆は怯えるように謝った。まぁ、あの、苦しそうな桜の姿を見てしまったらそう思ってしまうのも無理ないのかもしれない。


 謝るのなら……たぶん、俺のほうなんだろうな。


 意識を失う直前、桜は仕返しに怯えていた。


 懇願するように、俺に「喧嘩はしないで」と訴えた。


 その願いが指し示す真実を俺は知らない。だから、あくまでも憶測に頼るしかない。


 そして、その憶測は口にするのも穢らわしいもの。


 仕返しに桜が何をされたのか、想像すらしたくなかった。


 だから俺は口をつぐんで、


「帰ろう、桜」


「うん」


 何も気づかないフリをする。


「薫。俺は桜ちゃんの事とか何も知らないけどよ、なにかあれば言えよ?」


 最後、益田はそう言った。


 今日のためにオシャレしたであろう服は河川敷の土手に転がったせいで汚れている。どうやら雨のせいでぬかるんでいたらしい。


 それでも、心なしか格好良く見えたのはきっとセリフのせい。


 詳しく聞いてこないのはありがたかった。


「あいつら、今度あったらとっちめてやる」


「無理だろ。めちゃくちゃ体鍛えてたし」


「バスケやってたから俺も鍛えてんだよ」


「一週間だけのくせに」


「体感的にはもっとあるぜ? なにせ、筋トレしてる時の一分一秒は永遠にも感じられたからな?」


「キツかっただけじゃねぇか」


「いいだろ、別に? 次は絶対に胡兆さんを助けるんだ」


「結局それかよ」


 それでも、益田はリベンジに燃えていた。たぶんそれは、単に胡兆の前で格好つけたいだけ。


 だが、全員が益田みたいな奴だったら良かったのにと俺は思ってしまう。


 それならきっと、仕返し(リベンジ)はもっと、平和なもののはずだったからだ。



 * * *



「京ヶ峰……お前、本気か?」


 それは週明けの朝の教室。自信満々の京ヶ峰に対して思わず出てきた言葉。


「ええ。既に生徒会にも了承を取ってあるわ」


「まじかよ」


 俺がしていた最悪の予想は当たった……。


「放課後の予算折衝で、各部長たちとポーカーをやるわ。奪い合うチップはもちろん支給予算よ」


 京ヶ峰は、ポーカーで予算を決めるというメチャクチャな案を生徒会に通してしまったらしい。


 それには万願寺と千代田も驚いた表情。


「それ……大丈夫なのか?」


「なぜかしら?」


「要は、賭け事で金を取り合うってことだろ? しかも、公的な金を」


「話し合いで決まらないのだから仕方ないわ。それに『お金を取り合う』というわけではなく、『予算案を通す部を決める』というのが本来の目的よ」


「言い換えただけだろ」


「いいえ。全く違うわ」


 そう言うと、京ヶ峰は三本の指を立てて見せた。


「たとえば、三つの部からそれぞれ5万円ずつ予算を上げてくれと要求があったとするわ。生徒会から出せる金額は10万円。あなたならどうするかしら?」


 それは、まるで算数の問題。 


 だから、要求を満たすのに5万足りないことは小学生でもわかる。


 まぁ、だからこそ「ポーカーで取り合わせる」と言いたいのだろうが、俺はすこし抵抗を試みることにした。


「そんなの、均等に分けるしかなくないか?」


「それで納得してくれないなら?」


「納得させるしかないな。10万円は前提条件なんだろ? なら、変えられるのは配当金額か配当する部か。より多くの人を納得させるなら、止む終えない事情を押し付けてやればいい。あれだ。よく女子が会計のとき「ごめーん! 今日は千円しか持ってきてなーい!」って男に財布事情を押し付けるのと一緒だ」


「きもっ……」


 分かりやすいように状況を再現してあげたら、万願寺のほうからなんか聞こえた。


 ちなみだが、その財布に入ってる千円は電車賃らしいので、その女子は最初から出す気なんてない。


 そして、そんなことを堂々と言ってくるあたり脈はないから言われた男は諦めたほうがいい。


「つまり、限度額10万円の予算事情を、各部に押し付ければいいんだ」


「……一歩間違えれば、暴動でも起きそうね」


「まぁ、千円しか持ってきてない女子が可愛くなかったら、そういうことになりかねないな」


「……男って最低」


「正直、反論はできない」


 そう答えたら、京ヶ峰は負けたとばかりにため息を吐いた。


「私はね、その10万円をポーカーで奪い合わせると言っているの。そもそも、各部への予算は既に組んであって、生徒会と部長たちが揉めてるのはプラスされる金額よ。一つの要求を通せば、別の要求が通らなくなるから揉めているの」


 なるほど。各部に支給される金額自体は決まってるのか。


「生徒会と部長で揉めてるわけじゃなく、実質的には部長同士で揉めてたわけなんだな」


 予算折衝を見たことがないからわからなかったのだが、どうやら給料アップを議論する春闘みたいなものらしい。


 たとえ要求が受け入れられなくても、予算自体がなくなるわけじゃないしな。ただ、予算を取り合ってるのが部長同士というだけ。


「そういうことよ。だから、それを解決するための場を生徒会が用意してあげるだけ。生徒会は「金は出す」と言ってるのだから、その内訳をポーカーで決めさせるのが目的なの」


 それは、俺が言ったみたく「納得させる」ための手段とも言えた。


 そこまで聞いて、俺は感心していたのだが……、


「でもね? 実を言えば、生徒会は部長たちの要求なんて通したくないのよ。10万円を例にするのなら、その金額すらも出したくない。なぜなら、その額を支給するほどの実績を部が残していないからよ」


 京ヶ峰はそう言ってニヤリと笑ったのだ。


「……金は出すんだろ?」


「ええ、もちろん。餌を撒かないと魚は釣れないから」


 俺は、彼女が何を言っているのか理解できなかった。


「……餌?」


「そう。そのポーカーには、生徒会側の人間も参加するの。そして、全員を負かして、お金を回収することが真の目的よ」


 うん。聞いても理解できなかった……。


「生徒会は部活じゃないから参加できないだろ。もしそれで本当に勝ったりでもしたら、八百長を疑われる」


「生徒会側の人間が参加するのであって、生徒会が参加するわけじゃないわ」


「お前……まじで何言ってんの?」


 それに、やはり彼女はふふっと笑い、俺の前に一枚の紙を見せつけた。



 それは、新しく部活をつくるときの部活申請書。



「新しく部活をつくるのよ。そして、ポーカーでお金を回収する。部活として認められるための決議は生徒総会でとればいいわ」


「新しくつくるって……そんな突発的に部活を作っても承認されるわけないだろ」


「承認されなくていいのよ?」


 冷静な物言いに、俺は首を捻ってしまう。


「承認されなければ、そのお金は自動的に生徒会へと戻されるのだから」


「……そういうことか」


 つまり、ポーカーに参加するためだけの臨時的な部活をつくるという事らしい。


「顧問は与那国先生にお願いするつもりよ。それと、部員は最低四人必要だから名前借りるわね」


 借りるわねって。淡々と言う京ヶ峰にはもはや呆れるしかない。


「それで? 部長は誰にするんだ?」


 予算折衝に参加するのは部長だ。つまり、ポーカーに参加するのも部長ということになる。


「決まってるじゃない。それとも、本気でわからなかったりする?」


 京ヶ峰の挑発的な質問に、俺は諦めて首を振り、万願寺のほうを見た。


「……へ? もしかして……私?」


「この案を通せたのは、万願寺さんがポーカーで無双できるという確証を得られたからよ」


 なるほど。だから、先週の放課後に生徒会とポーカーさせたのか。


 にしても、確実にポーカーで勝利する確証ってえげつないな……。


「万願寺さんの力をもう一度借りたいのだけれど、いいかしら?」


 そんな京ヶ峰のお願いに万願寺は、


「わかった。がんばるね!」


 軽く了承。


 こいつ本当に分かっているのだろうか? マジの金を賭けて、ポーカーに絶対勝てと言われてるんだぞ?


 とはいえ、俺も万願寺の実力は知っているため、何も言うことはない。


「まぁ、一時的な部活なんだろうが、何ていう部活なんだ?」


 だから、その事には触れずにそんな質問をしたら、


「問題解決部よ!」


「……」


 ダッサイ部活名が返ってきた。

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