17話 女の子だと意識されていたことに気づいた瞬間、
桜が見たいと言ったのは、アメリカンコミックス原作のスーパーヒーロー映画だった。
主人公が超人的能力で人々を救う迫力満点の物語。
ハッピーエンドはもはや予定調和であり、そこに至るまでの爽快なアクションや、愛する者を守るために立ち上がる主人公の強い志が魅力的な映画。
そこには、俺が心配することなど何一つなかった。
「良い……映画だったね……」
「なんで映画見て疲れてるんだ」
隣で気持ち悪そうにしている万願寺を除けば……。
「人混みとか大きな音とか、うちダメなんだよね」
「じゃあ来なきゃ良かっただろ……」
「一緒に桜ちゃんの服買う約束したじゃん!」
「映画のあとで合流すれば済んだ話だ」
「それってさ、つまんなくない?」
「それで体調崩してたら、なおつまらんだろ」
何を言ってるんだ? 呆れながらそう返すと、
「じゃなくて! 最円くんが!!」
彼女は顔面蒼白のままピッと俺を指差した。
あぁ、そういうことか。どうやら万願寺は、俺に気を遣って映画を一緒に見てくれたらしい。
「俺のことは気にするな。楽しもうとか最初から思ってない」
「でもさ、どうせやるなら楽しんだほうがよくない?」
「それはお前にも言えることだろ。どうせ楽しむなら、疲れる映画なんか見ないほうが良かったはず」
それに、万願寺は「わかってないなぁ」とため息。
「私はさ、最円くんが楽しんでたら楽しいし、最円くんが楽しくなかったら楽しくないんだ」
同じことを繰り返してるせいか、なんとなく頭悪そうな理屈に聞こえる。それでも、彼女が言いたいことは理解できた。
「お前も大変だな」
そう言ってやると、万願寺は小首に指を添えて少しだけ捻ってみせる。
「そうかな? うち的には逆だと思うけどねー」
「逆?」
それに彼女は、当たり前みたく「うん」と首肯。
「だってさ、最円くんが楽しそうなら私は何があっても楽しいんだよ? それって無敵じゃない?」
「俺が楽しめてる間だけな。なに? それ、今日ずっと俺に楽しめって言ってる?」
「うん」
平然と答えた万願寺に、俺はやはり呆れてしまった。
「あまり言いたくなかったんだが、桜の服選びに万願寺の意見を参考にしようと思ってたんだ。だが、今日のお前の格好を見てると服を買うのが今から不安で仕方ない」
「え? 普通じゃない?」
そう言って万願寺は、不思議そうに自分の格好を見回した。
やれやれ。わざわざ指摘してやらないとわからないらしい。
「まず、なんで野球の監督が着てそうなジャンパー来てるんだ」
「これスカジャンなんだけど」
「にも関わらず下はスカートって。そこはユニフォームで統一しろよ」
「そんな奴と一緒に歩きたいの……?」
「あと、全体的にいかついんだよな。桜はもっとかわいい感じのが似合うと思うんだが」
「それでゴスロリだったの? 感性やば」
このまま万願寺に服を選んでもらうとやばい気がする。桜のために、ここは俺がしっかりしなければ。
「とにかく、桜は普通の服をご所望だからな。何があっても普通の服を買うぞ」
「そうだね。私も最円くんの『普通』が本当に普通なのかちゃんとチェックしなきゃ」
そうして俺たちは、決意新たに服を買うためショッピングモールへと向かった。
……のだが。
「あのさ、こっちのほう通っていい?」
「ん? あぁ」
万願寺は、なぜか人があまりいない裏通りを行く。
最初はそれが近道なのかと思ったが、
「そこの横断歩道じゃなくて、向こう渡ろうよ」
「遠ざかってないか?」
予定では既に到着していておかしくないのに、俺たちはいまだショピングモールが見えてもいない場所で迂回していた。
「……お前、ショピングモールに向かう邪魔してないか?」
「言ったじゃん。人混み苦手だって」
万願寺は、行くところ行くところ人混みを避けようとした。
そのせいで、なかなか目的地までの道のりが縮まらない。
「……今日は土曜だぞ? どこもかしこも人だらけだろ」
「でも、無理なものは無理。最円くんも私が人混みに酔って倒れたら迷惑じゃない?」
「それはそうだが……」
なんというか、過敏すぎる気がしなくもない。それに人混みで体調が悪くなるのなら、そもそも目的地のショッピングモールには入れない気がする。
やはり帰ってもらおうか? などと考えていると、万願寺は腰に手をあてて、諦めたようにため息を吐いた。
「あー、もう、わかった。はいっ!」
そして、俺に向かって手を差しだしてきたのだ。なんだ、その手は。
「薬買うからお金くれってか?」
「違う」
「お手? 俺は犬じゃないぞ」
「違う! ……いや、違わないけど」
「どっちだよ」
困ったように返すと、万願寺は頬を赤く染めて怒鳴るように言った。
「手を繋いでってこと! そしたら……あんまり酔わないから!」
あぁ、そういうことか。
「お前、それ先に言えよ」
そう言って俺は彼女の手を取ろうとして、寸前でピタリととまった。
「……な、なに」
恥ずかしそうに俺を見てくる万願寺優。その恥ずかしさの理由を、今になって俺も理解してしまった。
「……まさか、手を繋いだら人混みにいる間ずっとか?」
「別にずっとじゃなくてもいいけど、手を繋いでたらあんまり酔わないんだよね」
「それって、手を繋いで歩くってことだよな?」
「そう言ってるじゃん」
うーむ。それはクソ恥ずかしいな。
桜以外の女子を手を繋ぐなんて中学のフォークダンス以来だぞ?
などと、躊躇ったのだが、よくよく考えてみればお祭りの夜、万願寺を悪漢から助けたとき既に手を繋いでいたことを思いだす。なんなら、六組にきた初日に握手をしていた。
まぁ、背に腹は代えられないか。
俺は意を決した。
これはそういうのではなく、解決策の一つなのだと自分に言い聞かせて。
「ふぁっ……!?」
万願寺の手を握った瞬間、彼女が声を漏らした。
「……変な声だすなよ」
「ご、ごめん。ホントに握るとは思ってなくて」
「いや、お前から言ってきたんだろ」
それまでは何も考えていなかったが、こうして握ると万願寺の手は驚くほど柔らかい。力を込めれば、壊れてしまいそうなほどに。
だから、なるべく痛くないように軽く握りしめてから歩きだした。
「……」
「……」
その後、恥ずかしさのあまり会話がなかったのは言うまでもない。
手を繋いだ程度で恥ずかしがるのは子供っぽくて平気なフリをしていたが、想像以上に恥ずかしい。
ただ、万願寺から文句が出てくることはなかった。
それだけが、唯一の救い。
そうしてショッピングモールに着いた俺たちは手を放して桜の服を選び始めたのだが、
「これとか……よくない?」
「そうだな。意外とセンスは普通だったんだな?」
「当たり前じゃん……桜ちゃんのサイズとかわかる?」
「あぁ……身長と体重とスリーサイズまで測ってきた」
「あははー……気持ちわるーい」
「ばっか、お前、桜のサイズわからないと服買えないだろ」
交わす会話は普通でも、どことなくぎこちない。
原因はおそらく、視線を合わせてないからだろう。
俺はそれを隠すように服を吟味し、幸い、万願寺にはバレていないようだった。
そうして、何着かの服を買い終えた俺は「そろそろ帰るか」と切り出す。
「……そうだね」
両手には服の入った紙袋。それを片手ですべて持つと、空いた手を万願寺に差し出した。
なんとなく緊張していたのは、帰りもそうかもしれないと考えていたせい。
それでも、手を差し出さないわけにはいかない。
「あー……、ありがと」
いっそ断ってくれれば気持ち的に楽だったのだが、万願寺はそう言って手を取った。
それになぜだか安堵してしまう。
拒絶されたら、ここまで緊張していた自分が馬鹿みたいに思えたからだ。
まぁ、それでも別に良かったのだが、万願寺はそうしなかった。
そして、
「あのさ……私と手を繋ぐの嫌だったりしない?」
不意に彼女は、視線を逸らしながらそんなことを聞いてきたのだ。
「……なんでだ」
それに「嫌じゃない」と答えたら、それはつまり「好きだ」と答えているような気がして、思わずはぐらかしてしまう。
「なんかさ、行きで手を繋いだ時から様子おかしいから」
……バレてたのか。
「女子と手を繋いで歩くとか普通に恥ずかしいだろ」
だから、観念して正直な気持ちを告げる。
笑われるかと思ったが、そんなことはなかった。
「そ、そっか。恥ずかしかったんだ?」
「当たり前だろ」
もはや別の意味で恥ずかしくなっていると、目の前の万願寺がニヤついていることに気づいてしまう。
「……なんだよ」
「いや、女の子と手を繋ぐの恥ずかしかったんだなーって」
「お前は恥ずかしくないのか?」
「だってさ、仕方なくない? 私、人混み苦手だし」
それはつまり、「恥ずかしくはある」ということなのだろう。
なんだよ、一緒じゃねぇか。
「そっかぁ。最円くんは女の子と手を繋ぐの恥ずかしかったんだ」
なのに、万願寺はまるで新しいオモチャでも見つけたみたいに同じことを繰り返してきた。
だからバレるのは嫌だったんだ。
だが、ポーカーの時のように何でも看過してしまう万願寺に、それを隠し通すことなど初めから無理だったのかもしれない。
そう考えれば、恥ずかしくなった時点で俺の負けだったのだろう。
その後も、態度を一変させた万願寺はことあるごとにからかってきた。
それがウザすぎて手を放してやろうかと思ったのだが、繋いだ手は彼女からも力が加わっていて離れそうにない。
結局、人通りが少ない場所まで手は繋がれたまま。
その手を放したのは万願寺からだった。
「ここまででいいや。あとは一人で帰れるし」
「あぁ」
唐突に放された手に戸惑いながらも何とか返事をする。
「明日は……デートなんだっけ?」
「デートじゃない。桜が心配で付いていくだけだ」
「そうだったね」
そして意味もなく笑う万願寺。
「お前、楽しそうだな。ちょっと気持ち悪いぞ?」
「最円くんも楽しかったでしょ? 女の子と手を繋げたんだし」
「まだ言うのかよ」
もはや呆れながら言えば、「ごめんごめん」と軽い謝罪。
「いや、なんかさ、私も女の子だったんだなぁって思って」
「なんだよ、それ。少なくとも男ではないだろ」
「だよね? へへへ」
万願寺の表情は完全に緩んでいた。どこかで酒でも飲んだんじゃないかと疑ってしまうほど。
「じゃあ、頑張ってね?」
それから万願寺は小さく手を振ると、俺の前から去っていく。
その姿を俺は見送るだけ。
そうして、もしかしたら明日もこれくらい疲れるのかもしれないと考えてると、ため息がでてくる。
ちょうどその時、ポケットのスマホが軽く振動した。
見れば、それは益田からの連絡。
――おい、胡兆さんの件どうなったんだ。
あー、こいつの存在、完全に忘れてたわ。




