14話 一ノ瀬の頼み
生徒会の手伝いを無事に終え、あとは報告だけとなった金曜日の放課後。
その日、仕事を持ってきた一ノ瀬は突然俺たちに頭を下げてお願いを口にした。
「あの! もし良ければ、今、生徒会でやってる予算折衝も手伝ってもらえませんか!」
それは、あまりにも図々しい頼み。
「私たちがそこまでする義務はないわ」
もちろん、即座に断る京ヶ峰。
「お願いします! 私じゃ何もできなくて……このままだと間に合うのかも分かんなくて……」
だが、一ノ瀬は前の時みたく簡単に引き下がったりはしなかった。
「勝手なこと言ってるのは分かってるんです。でも、お互いを信頼して協力しながら仕事をしてる皆さんを見てたら……私も生徒会の一員として役に立たないと! って思って」
お互いを信頼して協力……。果たして、それは真実なのだろうか。
なんだか、美化されすぎている気がする。
「それで私たちに頼っていたら、結局あなたの力ではないでしょう?」
京ヶ峰の鋭い追撃。それは厳しい言葉ではあったものの、指摘自体は正しいのだから扱いに困ってしまう。
それに一ノ瀬は、唇を噛み締めて悔しそうにした。
それでも、
「お願いします!」
彼女はそれだけ言って頭を下げたのだ。
「なんで生徒会のためにそこまでするんだ? お前、あのメンバーの中だと浮いてるだろ」
必死で頼んでくる彼女に、思わずそんな言葉が口を突いて出てしまう。
それは、小金原会長の一ノ瀬に対する態度や、彼女を待たず先に帰ってしまう生徒会メンバーを見ていて思ったこと。
確かに彼女も生徒会の一人ではあるが、その役職は一番下の庶務。しかも、仕事には不慣れだと認識してもらえる唯一の二年生でもある。
たとえ生徒会が何かに失敗したとしても、責任を問われるのは会長である小金原先輩、もしくは三年生だ。
つまり、一ノ瀬が怒られることはほぼない。
「俺だったら、逆に間に合わなくて良いと思ってしまうがな? そうすれば無能な生徒会を露呈させることができるし、「そこに所属してる自分可哀想」を演出できる」
そう言ったら、一ノ瀬はなんか引いていた。
「最円くん……」
「あなたって人は……」
「薫……」
なぜか、信頼して協力しあってきたはずの六組メンバーも引いていた。
「あの、たしかに生徒会の中で私だけ浮いてると思うんですけど、それは仕事できないからなんです。でも、ちゃんと役に立てたら何か変わるような気がして」
「仕事ができないのはお前のせいじゃない。ちゃんと教えてない先輩たちのせいだろ」
「それでも、会長には感謝してて――」
そこで一ノ瀬は言葉を切った。まるで、その先を口にするのを躊躇うように。
そのまま黙っていると、彼女は意を決したのか再び口を開いた。
「実は、去年私が生徒会長に立候補したのは……クラスメイトが言ってきた悪ふざけだったんです」
「うわぁ……」
それは万願寺の悲痛な声。京ヶ峰も呆れたように息を洩らした。
「本当は選挙なんて出たくなかったんです。でも、それを断ったらノリ悪い奴みたいになりそうで」
「なるほど。そしたら生徒会に入ってしまったと」
続きを次いだら、一ノ瀬はコクリと頷いた。
「私は指名制で生徒会に選ばれました。そして、生徒会に入ったことで……その、周りの態度とかが変わって馬鹿にされなくなったんです」
それはそうだろう。一年生で生徒会に入るということはつまり、ほぼ確定で次の年も生徒会に関わることになる。
生徒会役員は、価値残りシステムによって決められるクラス代表よりも上の存在。なぜなら、範囲がクラスじゃなく全校生徒だから。
そして、最も大きいのは、生徒会に選ばれた者は価値残りシステムから除外されること。
そもそも六組の存在意義とは、『価値の無い者でも、教師や生徒会の仕事をさせることによって居場所を与える』というものだ。
そんな所に生徒会役員を所属させるのは本末転倒。だから生徒会役員は価値残りシステムから除外される。と同時に、クラス代表に選ばれる道も断たれてしまうわけだが。
「こんな私を選んでくれた会長には感謝してて……、それで役に立ちたいと思ったんです」
一ノ瀬はそう言って京ヶ峰を見据えた。
それはまるで、忠義を尽くす家臣のごとく。
「お願いします! 会長を助けてください!」
六組の俺たちに頭を下げるその誠意は、誰が見ても本物だった。
「……なら、与那国先生にそれを言いなさい。私が最初に生徒会の仕事を断ったのは、今週の仕事に無理やりそれをねじ込もうとしてきたからよ」
京ヶ峰は諦めたように告げる。
「それじゃあ……!」
顔を上げた期待の目に、今度は京ヶ峰が頷く番だった。
「来週の指示表に最初からそれが含まれているのなら、私たちは従うだけのこと」
結局、京ヶ峰は一ノ瀬の誠意に折れた。……というより、至極当たり前の事を言っただけかもしれない。
それでも、一ノ瀬が腹を割って話をしなければ、それすらもしなかっただろう。
人に価値付けをするのはひどく難しい。
たとえ仕事がまったく出来なくても、人脈を通して仕事をこなしてしまう人がいる。
それはたった一人で仕事をこなすよりもずっと早く完璧だったりする。
だから、目に見える成績だけでは人を測れない。
そしてだからこそ、誰の目にも見える成績は常に良くしておかなければならない。
そうでなければ……目に見える成績だけで、無能な者が上に立ってしまうことがあるからだ。
「ありがとうございます!」
一ノ瀬は嬉しそうに何度も頭を下げた。
もしかしたら、彼女は無能な会長によって選ばれた無能な庶務なのかもしれない。
それでも、彼女が有能な者を協力者として連れてきたなら、果たして無能のままだろうか?
もし、彼女が有能に変わったのだとしたら、彼女を選んだ会長も無能のままだろうか?
正直俺にはわからなかった。
「まぁ、手伝うのは良いとして、予算折衝なんて俺は参加したことないが、解決策とかあるのか?」
ふと疑問に思って聞けば、京ヶ峰はムカつくほど得意げに笑う。
「要は、「予算を上げてほしい」と主張している部長たちを黙らせれば良いのよ」
「黙らせるって物騒だな」
「話し合いで解決できないのなら実力行使をするだけのことよ? 生徒会には、それをするだけの権力があるわ」
平然とそんなことを言ってのける京ヶ峰。こいつやっぱ覇道を行ってるわ。
「そのために万願寺さん、一緒に来てくれないかしら?」
「……私?」
急に万願寺を呼んだ京ヶ峰は、「ええ」と首肯。
「実力行使に、あなたの力が必要なの」
「お、オッケー!」
それに万願寺は緊張の面持ちで了承。
「最円くんと千代田さんは帰っていいわ。あと報告だけだから」
「……お前、何するつもりだ」
「それは生徒会を説得できたら話すわ。上手くいくかどうかも分からないから」
「薫。帰ろ」
もはや千代田はどうでも良いのか、くいくいっと制服を引っ張ってきた。
それと、万願寺が『あとで行くから』と口だけで伝えてくる。
今日は万願寺が飯を作りにきてくれる日だった。
まぁ、あとで聞けばいいか。
俺はそう納得して帰る支度をする。
「……楽しくなりそうね?」
ただ、そんなことをポツリと呟いた京ヶ峰の笑みを見てしまうと、悪い予感しかしない。
「私たちは生徒会室に行きましょう」
それに気づくことなく、一ノ瀬は嬉しそうに教室を出ていく。
もしかしたら……、彼女が協力者として引き込んだのは有能な者ではなく、危険な者だったのかもしれない。
そう思ったのだが、やはり、正直俺にはわからなかった。
 




