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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
一章 最円桜は願いを口にする
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5話 六組の存在価値

 昼休み。職員室へ向かう俺の足取りはとてつもなく重い。


 朝の遅刻について、与那国先生から説教されることがわかりきっているからだ。しかし、行かなければもっと悲惨なことになるのもわかっているために向かわないわけにも行かず、職員室の扉すらもまるで俺を拒むかのように固かった。


「きたか」


 何かしらの事情で与那国先生よ居ないであれ! なんていう願いも虚しく先生は職員室にいて、俺が目の前まで来たにも関わらず卓上の書類作業にずっと没頭している。これ、俺から話しかけるパターンだろうか? まさかの先手謝罪待ち? いるよね。生徒から謝罪するまで無視する先生って。


「あの、遅刻してすいませんでした」

「ん? あぁ、ちょっと待ってくれ」


 しかし、返ってきたのは意外そうな反応。どうやら作業を一区切りまで終わらせたかっただけらしい。

 それを待っていると、先生は広げていた書類たちを束ねてからトンッと整えてから息を吐いた。


「まぁ、遅刻したところで君が六組に所属している以上、査定は最低評価で固定だからね? 上がりはしないが下がることもない。下がるのは授業を聞き逃したぶんの成績だけだろう」


 おぉ。話の導入から察するに、どうやら説教するために俺を呼んだわけじゃないらしい。


 通常、生徒の査定は先生がするものだが、この学校では生徒が生徒の価値を決める。

 だから、どんなに遅刻しても生徒が価値ありとするなら評価されるし、どんなに頭がよくて成績優秀でも価値なしとされれば評価はされない。京ヶ峰が良い例。


 つまり、俺はこれからも遅刻して問題ないということだ。


「表情が弛んだのを見るに君は察しがいいほうらしいね? それと、ニヤけたところを見るに健全な思考を持ち合わせてもいないようだ」


「健全なる精神は健全なる身体に宿る。見てください。俺の健康的な身体を」


「身体が健全だから魂も健全ですと言いたいのか? 私は思考の話をしたのであって魂の話をしたわけじゃないんだがね?」

 

 うーむ。そこは「ば、ばか! 先生に体を見せるやつがあるか!」なんて頬を赤らめる反応をして欲しかったのだが、そう現実は甘くないらしい。


 そんなことを考えていると、与那国先生が卓上にあるメモに『最円 露出狂の気質あり 110』とペンを走らせたのが目に入った。


「すいませんでした!!」


「危機回避能力もちゃんとあるようだね。ただ、その謝罪が反省からじゃなく、保身に走った結果であることも覚えおこう」


 なにこの人。心理学者かなにか? 俺の健全な思考が丸裸にされそうなんですが。


「六組が他のクラスよりもはやく登校している理由は知ってるかね?」


「はやく一日の授業を終わらせて、空いた時間を雑用として使うためですよね」


「そうだ。価値のない人間でもやれることはある。君たちはあまり余った放課後で教師や生徒会の手伝いをしなければならない」


 これも、誰もが追放されたがらない理由の一つ。


 六組の生徒は、学校で行われるあらゆる行事の裏方として働かなければならない。 


 その内容は、校内の草取りからパソコンにデータを入力する作業まで多岐にわたる。


 六組に所属する以上は青春の舞台にあがることは許されなかった。体育祭では選手ではなく審判や役員として。学祭では客として楽しむことはできず常に仕事に終われて走り回る始末。修学旅行ですら観光できないらしい。

 

 もはや奴隷。だからこそ、みんな追放されないよう必死になるのだ。


「分かっているならそれでいい。貴重な時間を奪ってすまなかった。行っていいぞ」


 ……え? 


 説教を覚悟していた俺は拍子抜けした。まさか、それだけで返してもらえるとは思ってなかったからだ。


「どうやら、私が君を怒るとでも思っていたような顔だな。そんなことはしない。ここは知識を教えるところであって、指導する場所じゃないからね」


「……はぁ」


「ただ一つ言っておくと、素行が悪い生徒は何かあった時に守ることができない。勘違いされるような悲劇が起こったとき弁護ができない。教師が生徒を守るのは当たり前だが、ルールを守らない生徒を守るほど教師は聖人君子でもないからね。それだけ覚えておきなさい」 


「……わかりました」


 最後の言葉に頷くと、先生はニッコリと微笑んだ。


「ちなみにうちのクラスはどうだね? やっていけそうか?」


「無理そうです」


 即答すると、先生はハハハと声に出して笑った。それはもう、近くいた男性教師が顔をあげてギョッとしたほど。


「仲良くなったみたいだね」


 今の返答をどう捉えたらそうなるのだろうか。しかし、先生は俺の頭の中を見透かすような視線をなおも送っており、それに居心地が悪くなった俺は大人しく退散することにした。


「君や千代田のように、新しく六組に入ってきた生徒には期待しているよ」


 最後、先生は俺にそう言った。


 期待という言葉を言いながら、具体的には何を期待しているのかまでは言わず。


 おそらく「自分で考えろ」ということなのだろう。俺はそういうのがあまりすきじゃない。考えさせるよりも、正しい答えを何度も教えるほうがずっと良いはずだ。考えさせる過程には「間違えても良い」という意図があっていいはずなのに、いざ間違えると彼らは態度を一変させるからだ。


 まぁ、話の前後から察するにその期待はクラスメイトに関することではあるのだろう。


 だが、期待されたとて俺に何ができるというのか。


 そもそも京ヶ峰なんかは、俺と仲良くしようとすらしないのに。


 好意を抱いていない者に積極的に関わろうとする者はいない。それは、先生が『教師と生徒』を例えにした話のとおり。


 俺も聖人君子ではない。


 だから、勝手に押し付けられた期待に応えようとも思わなかった。



 * * *



「ほんっっとスマン!」


 学食でパチンと手を合わせたなら、それは「いただきます」の合図。


 しかし、目の前にいる益田ますだ大助だいすけは、俺に向かって謝罪を口にした。彼の前には購買部で買ってきたパンが三個置かれている。


「過ぎたことだからもういいぞ」


 そんな彼を無視して弁当を広げる。中身は朝食の残りである。


「第二投票でお前に投票しようと思ってたんだ。まさか、一発目で追放者が決まるなんて思ってなかったから」


「たとえ追放されてなかったとしても、俺に投票しなかった時点で罪は消えないだろ」


「いや、まぁ、そうなんだけどさ」


 益田は一年生の時から俺と相互投票をしていたクラスメイトだ。そして、友情を捨てて恋に走った裏切り者でもある。


 にも関わらず、こうして俺の前にひょうひょうと現れる奴の図々しさには呆れるしかない。


「みんな投票には慣れてるんだから、事前に相互票を獲得してるのは当たり前だ。中には第二、第三投票の事まで考えて根回ししてる奴もいたはず」


 価値残りシステムは、追放者が出るまで何回でも投票が行われる謂わばデスゲームと同じ。


 最初の投票で最低一票しか獲得してない者が複数人いた場合、その者たちを対象とした第二回目の投票が行われる。


 もちろん、多くの投票を得て除外された者たちも再度その中から投票をしなければならず、中には「二回目以降で投票してほしい」とする交渉まであるくらいだ。


「まぁ、次の投票で俺にしてくれればいい」


 次回の投票があるのは中間テストが終わったあとの五月おわり。ちなみにその次は期末テスト後の七月おわり。サイクルが早いため戻れる機会は多いのだが、チャンスを逃すと投票相手が固定化されてしまい戻りづらくなる。


 だから、なんとしても次で戻らなければならない。そうでなければ、二年生をすべて六組で過ごしかねない。


「あー、それなんだけどさ」


 しかし、益田は頬をポリポリとかいて気まずそうにした。それに嫌な予感を覚える。


「お前……まさか、また胡兆こちょうに投票するとか言うんじゃないだろうな」

「わ、悪いかよ」


 恥ずかしそうに視線を逸らし、買ってきたパンを頬張る益田の態度に俺は顔を覆うしかない。


 胡兆こちょう来美くるみ


 彼女こそが、益田が投票した意中の人物。


「そんなに好きなら告白しろ。そして、振られたら諦めて俺に投票してくれ」


「なんだよ! まだ振られると決まったわけじゃないだろ!?」


「どちらにせよ告白しなきゃならないだろ。あいつに投票してるのはお前だけじゃないだろうし」


「今はまだ二年生の一学期だぜ? 告白するには早いって。振られたら最悪の一年を一組で過ごさなきゃいけなくなる」

「六組があるだろ。ちゃんと可愛い女子もいる」


「あー……、京ヶ峰と万願寺か」


 その反応は彼女たちに失礼だったが、正直擁護はしてやれない。


「俺さ、一目惚れしたの初めてなんだ。この恋はどんな卑劣な手段を使っても諦められない」


 純粋無垢な瞳で危ない発言をする益田。なぜ、俺はこんな奴と仲良くなってしまったのだろうか。


 もはや、話を聞く限り益田に期待はできそうになかった。


――なら。


 俺は素早く昼食を食べ終えると、空の弁当を片付けた。


「胡兆ってどこにいる?」


「今なら図書館か中庭にいるはず。教室で見かけたことはほとんどない」


 さすがは好意を寄せている相手。益田は胡兆の行動を完全に把握していた。やはり、こいつちょっと危ない。


「まさか……告白するのか?」


「好きでもない奴に告白するわけないだろ」


「じゃあ、なんのために?」


 ポカンとする益田に俺はため息。


「お前が玉砕してくれないから、他に玉砕しそうな奴をさがすんだよ」


「なら、なんで胡兆さんに?」


 なおも小首をかしげる益田に、俺は端的に説明した。


「胡兆に投票した奴らを知ってるのは胡兆だけだからな」

「……あぁ、なるほど」

「そいつらを焚き付けて告白させる」

「お前……えげつないな」

「えげつないのは黙って俺を裏切ったお前だ」

「反論なし! ……ただ、気をつけろよ? 六組のバッジ付けてるとイキった奴らに絡まれやすいから」


 益田はそう言って、自身が付けている『一組』の組章をとんとんと指で叩いた。


 無論、今の俺が付けているのは『六組』の組章。いわば、価値なしの証明証だ。


「あぁ、気をつけるよ」


 もはや友人と呼ぶべきかどうか迷う益田の忠告に頷くと、俺は学食をあとにした。

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