表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
二章 最円桜は一歩を踏みだす
49/145

11話 与那国先生は一枚上手

 京ヶ峰に追いついたとき、彼女はちょうど職員室に入ろうとするところだった。


「あなたたち……」


 息も絶え絶えに崩れ落ちる俺たちに、すこし驚いた表情の京ヶ峰。


「俺が……きた!」


 そんな彼女に息切れを隠した笑みを見せつけてやれば、


「なら、最初からそうしなさい。時間の無駄だよ」


 なんか普通に怒られました。


「――君たちは……学生生活を大人しく送ることができない呪いにでもかかっているのかね?」


 そして、職員室にまだ残っていた与那国先生に事情を話したら、呆れられました。


「匿名の意見箱なんだから、そういう意見が入っていてもおかしくはないだろう。それよりは、ちゃんとした意見のために労力を費やしたほうがいいんじゃないか?」


 あー、先生。それ俺が言いました。


「そのことでしたら問題ありません。むしろ、この意見には問題があるからこそ労力を費やしたほうが良いかと」


 そんな京ヶ峰の返しに、先生は「お手上げだ」とばかりに肩を竦めた。


「生徒間の関係性を重要視するこの学校において、それでも君は覇道を行くようだね?」


「そんな大それたものじゃありません。ただ単に粛清するだけです」


 彼女はそれにもさらりと答えた。


 覇道を行ってる奴しか「粛清」なんて言葉使わねぇよ……。


「私は犯人探しが好きではない。なぜなら、根本的な問題解決にならないからだ」


「見せしめにすれば、周囲は自ずと理解すると思いますが? 歴史を遡れば、凄惨なやり方も今の体制を築き上げた立派なやり方として称賛されるべきかと」


 もう京ヶ峰から出てくる単語が怖い。たぶん悪ふざけで書いた意見なのだろうが、特定されたら一体どうなってしまうのだろうか。


 俺は、若干先生に期待していた。京ヶ峰を宥め、戒める姿勢を望んでいた。


「わかった。やりたいようにやりなさい。他の先生に頼んで、筆跡が分かるようなものを借りてこよう」


 だが、先生はあっさりと承諾してしまった。


「ただ、一つだけ条件がある。たとえ犯人が分かったとしても生徒総会の場でそれを公にするのは禁止だ」


 そして、一つの条件を付け加えてきた。


「なぜですか?」


 それに京ヶ峰は眉を寄せる。おいおい、もうやめとけって。


「生徒会が指示してやったことではないからだ。それはあくまでも、君たちが自発的にやったことにしなければならない」


 それでも毅然として答える先生。彼女は不満そうではあったものの、


「……わかりました」


 諦めたように返事をした。


「いい子だ」


 先生は満足げな笑みを浮かべた。


「それと……これは私の希望に過ぎないが、人を呪わば穴二つというだろう? 誰かを貶めるときは、その反響をよく考えなければいけない」


「それは意見を書いた人に言うべき事でしたね?」


「まぁ、そうだ。理解できたかね? 最円」


「……俺ですか?」


 京ヶ峰とやり取りをしていたはずの先生は、突然俺へと矛先を変えてきた。


「そうだ。君は人を呪って六組に居残った、謂わば先駆者パイオニアだ。その経験を活かしてくれることを期待しているよ」


 そう言って先生は微笑んだ。


 あぁ、この人俺に投げやがったな……。要は「京ヶ峰が問題を起こさないようにしろ」ということだろう。


 他力本願も良いところだ。まったく、俺は先生にこそ期待していたというのに。


「それは、私が最円くんみたいなヘマをする可能性があるということですか?」


 そんな先生の言葉にすら京ヶ峰は噛み付いた。ヘマって……。なぜ彼女は、口を開くたび誰かを傷つけるのだろう。


「可能性の話だ。それに私は、最円に「君を止めろ」と言ってるわけじゃない。最円みたいな悲惨なことにならないようにと願ってるだけだ」


 なぜ、先生まで俺を傷つけるのだろう。


「心配しなくても大丈夫です。それに……彼のやり方はひどくアホでしたが、答えは間違ってはいませんでしたから」


 と思っていたら急に褒められた。……いや、褒められたのか?


「ふむ。それなりに最円を認めてはいるようだね?」


 やっぱ褒められてたぁぁぁ。


「彼は良い反面教師ですから」


 やっぱ貶されてたぁぁぁ。


「他の先生はもうほとんど帰ってしまったから、筆跡が分かるようなものは明日から用意しておこう。暇があるときに取りにきなさい」


「わかりました」


 そうして、俺たちの心配を他所に、京ヶ峰はあっさりと話を終えて職員室をあとにした。


「先生に一本取られたわね」


 京ヶ峰は扉を閉めてから、不満げにそう言う。


「何がそんなに不満なんだ? お前の要求通り犯人探しできるだろ」


「私はこの件を『生徒会の問題』として扱うつもりだったの。だから、犯人探しも生徒総会までにやるつもりだったわ」


 そこまで聞いてようやく理解した。


「あー、なるほど。犯人探しは生徒総会の後でもできるのか」


「ええ。というか、「犯人探しは生徒総会のあとにしろ」と先生に言われたも同然ね」


 そう言った京ヶ峰は至極残念そう。犯人にとっては命拾いしたも同然なのだろうが、正直俺ですら安心してしまう。


 このままいけば、生徒総会が地獄になることは火を見るよりも明らかだったから。


「でもさ、先生なんでそう言わなかったんだろ? なんか、分かりづらくない?」


 万願寺の疑問は最もだ。わざわざ「条件」などという言葉を使って、そんなことを伝える意味はない。


 だから、京ヶ峰の考えすぎではないかとも思えてくる。


「あの人言ったじゃない。「犯人探しは嫌いだ」って。でも、「犯人探しは後にしろ」っていうのは、犯人探しを肯定していることになるのよ」


「……ん? そっかー、なるほどなー」


 たぶん万願寺は分かってないな……。


「肯定したくないなら、最後まで貫けばいいのにな?」


「私が絶対に譲らないことを先生は知ってるのよ。去年、それでさんざん困らせたから」


「な、なるほどな」


 確かに、京ヶ峰なら何としてでも犯人探しを実行したのではないだろうか。そもそも、それが不安で俺たちは走って追いかけてきたのだから。


 そう考えれば、京ヶ峰を納得させたうえで、生徒総会の仕事を優先させた先生は凄いのかもしれない。


「それに教師なんてみんなそんなものよ。考えれば簡単に分かる事を、わざわざ難しく言い換えた問題にする。先生はその典型ね」


「あー、たしかに……先生の作ったテストって他の先生のより難しいかも」


「俺は好きだけどな? 他の奴が解けない問題を解けた瞬間が一番生を実感する」


「最低な喜びね」


「まぁ、その喜びに執着するあまり、他の簡単な問題を見直す時間がなくなるのが玉にきずだが」


「玉に瑕というのは、問題にならないくらいの欠点に使うべき言葉よ? あなたのそれは致命的な欠陥じゃない」


「生徒総会で犯人引きずり出そうとしてたお前にだけは言われたくないな」


 その時、職員室の扉がガラッと開いた。


「声が中まで聞こえているぞ? はやく戻りなさい」


 そこにいたのは怒った表情の与那国先生。


 俺たちはすごすごと教室に退散することにした。


「でもさ、一ノ瀬さん良かったね。犯人探しの作業増えなくてさ?」


 教室まで戻る最中、万願寺は前にいる一ノ瀬と積極的に会話していた。


「あっ、はい……」


 人見知りなのか知らないが、そんな一ノ瀬の反応はすこし鈍い。


 彼女は仕事の進捗を気にしていたから、万願寺の言うとおり犯人探しをしなくてよくなり嬉しいはず。


 にも関わらず、どこか元気がなかった。もしかしたら、そんな彼女を察して、万願寺は話しかけているのかもしれない。


 その後、教室に戻った俺たちは再び同じ作業を再開させた。


 その最中、先の意見よりは酷くないものの、やはり荒唐無稽の、誰かを傷つけるためだけの匿名意見はチラホラあって、その度に何故か京ヶ峰がそれを別で回収している。


 もはや嫌な予感など通り過ぎて、絶望の確信しかなかったものの、見なかったことにして目の前の作業に没頭。


 そうして、一ノ瀬が持ってきた仕事の殆どが終わったところで下校時刻になった。


「……今日もお疲れさまでした」


 一ノ瀬は俺たちにペコリと頭を下げ、持ってきた書類とノートパソコンなどを両手いっぱいに抱える。


 小さな身長のせいなのか、それとも元気がないせいなのかわからなかったが、何故か、それらはとても重そうに見えてしまった。


「手伝うぞ」


 だから、ノートパソコンだけ取り上げる。


「そんな……生徒会室に運ぶだけなので」


「それだけだろ? 俺もすぐ帰るし負担にはならない」


「あ、ありがとございます」


 彼女はペコリと頭を下げた。


 生徒会室まで特に会話はなかった。ただ、前をとぼとぼと歩く一ノ瀬に付いていくだけ。


 彼女の背中はとても小さかった。


 そうして生徒会室までたどり着くと、手をかけた扉は開かなかった。鍵がかかっているらしい。


「先に帰ったみたいですね」


「まだお前が戻ってきてないのにそんなわけないだろ」


「よくあることなので」


 そう言うと、一ノ瀬はポケットから鍵を取り出して扉を開ける。


 彼女の言うとおり、中には誰もいなかった。


「ノートパソコンは机の上で」


 言われた通りに置くと、彼女も書類を整理し終えたところ。


「じゃあ、帰ろうぜ」


「はい」


 一ノ瀬と一緒にいたのは校門までだったが、やはり会話はなかった。


「明日もお願いします」


「あぁ。なんだかんだ、明日で終わりそうだな」


「皆さんのおかげです」


 形式ばったような別れの流れ。


 ただ、そんな中で、


「私、皆さんのこと勘違いしてたかもしれません」


 ふと、一ノ瀬がそんな言葉を紛れ込ませた。


「良いクラスですよね。羨ましくなりました」


 それに反応しようと俺は口を開いたのだが、それよりも先に「では!」と言って背中を向け走り出した一ノ瀬。


 元気よく駆けていくその姿が寂しげに見えたのは、最後の言葉のせいだろう。


 いや、もしかしたら一ノ瀬を待たずして帰った……誰もいない生徒会室を見たせいなのかもしれない。


 どちらにせよ、一ノ瀬はどこか息苦しそうに見えた。


 生徒会で一人だけ二年生であり、唯一の女子。


 その情報だけでも大変なのは想像に容易い。


 だが、それがなんだというのか?


 俺だって六組でただ一人の男子であり、唯一の常識人だ。


 彼女を特別視して同情するのは違う気がして、俺はそれを考えないようにする。


 そして、ポケットからスマホを取り出した俺は、胡兆へと仕事が終わった旨の連絡を入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ