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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
二章 最円桜は一歩を踏みだす

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7話 万願寺の覚醒

雰囲気重視でゲーム性はできる限りカットしています(保険)

 ポーカーというのは、心理戦を必要とするゲームである。


 運はもちろん必要なのだが、試合が長引けば長引くほど確率というものは収束していく。


 大切なのはその運の波であって、いかにして、高波に乗れるかというのが勝利するための鍵。

 逆に言えば、いかにして、波が低いときに損失を少なくできるかも重要なこと。


 強い手札の時は、弱く見せて相手からチップを放出させ、弱い手札の時は、強く見せて相手を降ろさせる。


 それを判断するものが、場にかけるチップの枚数。


「万願寺さんは初心者みたいだからルールを簡略化するわ」


 京ヶ峰はそう言って、俺たちの前に30枚のチップの積みを置いた。 


「一つのラウンドに参加するためのチップは1枚。これは必ず払ってもらうわ」


 そして、自分のチップから1枚取って真ん中に置く。


上乗せ(レイズ)は倍のチップ。つまり、私がレイズするならこの場合2枚ね?」


 彼女はチップの積みからさらに2枚をだした。


「その勝負を降りるなら出さなくていいし、勝負を進めたいなら前の人が出したチップと同じ枚数を出さなければいけない」


 その説明に俺を含めた三人が了承の意を示す。


「カードをチェンジできるのは一度だけにしましょう? その枚数は何枚でも構わない。もし、ブタ同士の対決になった場合は手札にある一番強いカードで勝敗を決めることにする。どうかしら?」


 なるほど。それなら初心者の万願寺でも分かりやすいかもしれない。隣りにいる彼女を見れば、コクリと頷いた。


「それじゃあ、改めて始めましょうか」


 それに京ヶ峰はにっこりと微笑むと、例えのために出したチップを回収してから俺たちにカードを配り始める。


 こうして、『一度だけ相手を従わせる権利』を賭けとした闇のゲームが幕を開けた。


「――ツーペア」

「――ストレート」


 序盤、運の波は京ヶ峰に来ていた。


 それは心理戦でもなんでもなく、ただ単に彼女の手札が強いだけ。


 だからだろう。


「……降り」

「私も微妙だから降りるね?」


 京ヶ峰がレイズした時点で、千代田と万願寺は参加料のチップだけ払うと早々に撤退。


 俺は、


「……同じチップ払うよ」


 手札には9のワンペアが揃っていたため、ラウンドを進めた。


 とはいえ、そのワンペアは強さ的に言えばかなり弱い。スリーカードになることを願ってチェンジしてみたものの、ワンペアが進化することはなかった。


 まぁ、普通ならここで降りるべきなのだろうが、俺は強気にチップを支払う。


「へぇ。なら、私も勝負しようかしら」


 京ヶ峰もチェンジしたのだが、その表情からは何も読み取れず。そして、彼女は降りることなくチップを支払ってきた。


 これであとは、両者が手札をめくるだけ。ぶっちゃけ、勝てるかどうかはかなり際どい。


 だが、俺は序盤で決めているムーブがあった。


 それは、どこかでハッタリをかますこと。


 ゲームが始まる前、俺は万願寺に簡単なルール説明をしている最中、とあることをお願いしていた。


『――万願寺。序盤は降りるかレイズの二択でゲームをしてくれ』


 それは、「万願寺は強い手札じゃないと勝負をしてこない」と印象づけるためのムーブ。


 それに従って、彼女は弱い手札ならチェンジすることなく降り、強ければレイズで勝負をしていた。


 そうすることにより、後半はハッタリが効く現状を作り出せるはず。


 謂わば、弱い手札を強く見せるための布石だ。


 そして、俺は万願寺とは逆の布石を打つ。


「9のワンペア」

「あら、惜しいわね。私は7のワンペアよ」


 その勝負は俺の勝利だった。というか、


「弱っ!?」

「そう? あなたも勝負してくるような手札ではないけれど」

「降りてくれると思ったんだ」

「そんなことだろうと思ったわ」


 負けたにも関わらず、京ヶ峰は平然としている。


 勝負はかろうじて勝ったものの、これで「最円は弱い手札でもハッタリをしてくる可能性がある」と印象づけられたはず。


 それは、強い手札を弱く見せるための布石だ。


 これにより、俺に波が来たときにレイズしても「もしかしたら弱い手札なんじゃないか?」という疑惑を持たせられるし、それで勝負してきたらチップを奪い取ることができる。


 それはすべて最後に勝利をするための手段でしかない。


 のだが、


「レイズ……からのストレート!」

「ロイヤルでもストレートでもないフラッシュ!」

「それただのフラッシュじゃねぇか!」

「勝ったから文句ないはず」

「くッッ……」


 来た! と思い勝負をしかければ千代田に負け、


「フルハウス!!」

「あー……、ごめん最円くん。うちフォーカードだ」

「お前が勝つのかよぉおお」


 今度こそ! と勝負をしかければ味方であるはずの万願寺に背中から切られた。


 というか、俺の波よっわ。全然強い手札が来ねぇ……。


 結果、


「最円くん。早くチップ出しなさい」

「ふっふっふっ、オールインだッッ……!」

「残り1枚しかチップないのだから当たり前よ。レイズする価値すらないわね」

「それはどうかな? ……エースのワンペアだ!」

「ツーペアよ。さよなら」

「ぐぁあああああ!!」

「はぁ。勝ってもお小遣い程度にしかならないなんて」

「や、やめろよ……」


 最後、京ヶ峰によって息の根を止められた。


 マズイ。これは、かなりマズイ。

 

 俺が早々に負けたことにより二体一の構図。しかも、万願寺は初心者だ。


 京ヶ峰は千代田が勝ちそうなら降りて様子見ができるし、その逆も然り。


 ポーカーにおいて、ターゲットにされたプレイヤーほどキツイ状況はない。


 それを覆すには圧倒的な手札で突破しなければならないのだが、そんなことはまずない。


「最初の威勢はどこにいったのかしら?」


 不敵に笑う京ヶ峰の前には、まだゲームを続けるだけのチップが積まれている。


 万願寺の前にも同じくらいのチップがあるが、経験の差を考えれば、あまりアドバンテージにはならないだろう。


 終わった。本当に京ヶ峯はパンイチで校内一周させる気だろうか……?


 そんな、負けたあとの心配で頭が一杯になっていたときだった。


「あのさ、もしかしてこれって、最初の手札でほぼ勝負って決まってない?」


 そんな質問を万願寺が俺にしてきたのだ。


「ん? ……あぁ、チェンジで手札を揃えるのは運要素が強いからな。五枚すべてをチェンジするくらいなら、降りるのが妥当だろ」


「……なるほどね」


 そんな反応をした万願寺の手札をみれば、最初で既にツーペア揃っていた。一度しかチェンジができない今のゲームにおいて、それはかなり強い。


 だが、


「降りるね」


 万願寺は呆気なくその勝負を放棄したのである。


「……え?」


 思わず声を漏らした俺。それに彼女はチラリと視線を向けてから、


「なんか千代田さん強そうだったから」


 そう答えた。


「……私、レイズしてない」


 それに千代田が答えたものの、

 

「カード見たあとの間がなんか、ね? それに今食いついてきたのも強かったからでしょ」


「……さぁ」


 降りたあとではカードを確かめることはできない。すべてのカードを見るためには、最後まで勝負に残らなければならない。


 だが、万願寺は確信を持って発言しているようだった。


「最円くんが二人のカードをめくってくれたおかげで、なんとなくわかったから」


「わかった……? いや、カードは分からないだろ」


「うん。カードはわかんないよ? でも、二人が勝てると思ってるかどうかまでは分かる」


「……まじ?」


「マジ」


 直後、万願寺は自分にあるチップの全部を場に出した。


「「「……!?」」」


「チェンジなしでオールインね? たぶんうちが勝ってると思うけど、チェンジで負けたらごめん」


 お前……嘘だろ。


 万願寺の手札を見れば、ジャックのワンペア。正直、オールインするほど強いかと言われれば首を傾げるレベル。


 だが、


「……降りるわ」

「……私も」


 万願寺は、二人を降ろさせることに成功。


「あー、こういう時ってさ、相手にレイズさせたらもっと奪えるんだね?」


 彼女は淡々と言いながらチップを回収。


 その後も万願寺は最低限の損失だけでゲームを進めた。

 それは、大勝することはないものの、負けることすらもない堅実なゲーム。


「ま、負けた……」


 そして、ハッタリをかました千代田を万願寺が下すと、チップの枚数は形勢逆転していた。


「お前……一体、何が見えてるんだ」


「言ったじゃん。私にわかるのは最初にカードを配られた時の反応。「勝てる」って雰囲気が出てたら降りてるだけ」


 いやいや、そんな雰囲気でてるか?


 京ヶ峰をじっくり見てみるが、カードが配られた時点では何もわからない。


「……気持ちの悪い視線送ってこないでくれる?」


 わかったのは、京ヶ峰が俺に対して嫌悪感を抱いたということだけ。


「なんか勝てそうだし、オールインするね」


 そして、平然と繰りだされた万願寺のオールイン。彼女の手札はチェンジなしでツーペア。もはや、チェンジなしならコイツは最強なのではないか? とさえ思えてくる。


 京ヶ峰はチップ的に降りることはできるだろう。


 だが、そろそろジリ貧の戦いになってくるはずだ。


 長い沈黙が続いた。


 やがて、


「クックッ……クッッハハハハ!」


 教室に響いた京ヶ峰の笑い。とうとう狂ったのだろうか……。いや、こんな勝負を仕掛けてくる時点で彼女は狂っていた。


「万願寺さん、あなた凄いのね? 驚いたわ」


 目を見開いて狂気の笑みでそう言った彼女は、自分のチップをすべて場にだす。


「オールインで5枚チェンジするわ」


 その狂気に違わぬ判断。そして、京ヶ峰は嬉しそうでもあった。


 万願寺がツーペアを場に見せた。もし、京ヶ峰が引いた5枚がそれを上回らなければ俺たちの勝利。


 普通に考えれば勝ちは近い。まさか、こんな展開になるなんて思いもしていなかった。


 にも関わらず、


「私は必ず勝つわ」


 京ヶ峰は確信を持ってそう言った。少なくとも、俺にはそう見えた。


「実力がある者は、どんな状況下に置かれても勝たなければならないの。たとえ、運によって左右されることでもね」


 それは確信というよりも、信念に近いものなのかもしれない。


 それほどに強い執念を彼女からは感じた。


 勝ちは近いはず。何度も見ても、そう思う。


 だが、なぜこんなにも心臓が強く跳ねるのだろうか。


 ……悪い予感がした。


 なにか、ありえないことが起こる気がした。


 そして京ヶ峰は、チェンジした5枚をそのまま場にみせる。


 万願寺のツーペアに対し、京ヶ峰のカードは、


「これは……」



――何も揃っていないブタだった。 

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