2話 一筋縄ではいかない六組の面々
生徒総会とは、毎年この時期に行われる集会であり、生徒会の活動方針や前年度の活動実績を報告する場だ。
……まぁ、そんな格式張った説明なんてなくとも、生徒総会は中学生の頃からあったわけだし、退屈な説明会というのが生徒たちが持つ共通認識だろう。
ただ、そのために準備しなければならないことは膨大で、どうせロクに見もせずに捨てられる運命を知りながら、全校生徒全員に配布するための資料を作成しなければならない。
そんな資料作成を、俺たち六組は生徒会の指示で先週から始めていた。
もちろん二年生だけじゃなく、一年生と三年生の六組も加わって。
だから、生徒総会において俺たちがやるべきことなど殆どないと思っていたのだが――、
「実はですね。各クラスと相談箱に入れられていた意見や質問にすべて目を通して、生徒会執行部にあげるべきものとそうでないものを分けてほしいんです」
一ノ瀬は抱きかかえていた書類を机に置いた。
その書類は、文化祭で文芸部がだすような作品集なみに厚さがあって、京ヶ峰のわざとらしく大きなため息の風圧でもびくともしない。
「はぅ……!」
ビクリとしたのは一ノ瀬のほうだった。
「見たところ、私たちだけでやる仕事量じゃなさそうだけれど?」
京ヶ峰は攻めるような視線を一ノ瀬におくった。その言い方には「なぜ私たちがこんな事をしなければならないのか?」という不満がただ漏れである。
「あー、実は皆さんの仕事のペースがかなり早いので、生徒会長から適当に仕事を見繕ってやれって言われたんです……」
一ノ瀬はそう言って照れたように頭を掻いた。
いや、たぶんそれ言っちゃだめなやつだろ……。
「私たちは次の仕事をもらうために早く仕事を片付けてるわけじゃないの。正当な理由も、報酬すらもないのなら私はやらないわ」
そう言うとサッと席を立った京ヶ峰。
「それじゃ、お疲れ様」
その姿はまるで、恐れることなく堂々と定時退社する社会人のごとく。
それに、一緒に話を聞いていた万願寺も「わ、私も」と席をたち、千代田もそれに続いた。
俺も乗るしかねぇな……! このビッグウェーブに!
そう思い、そうっと席をたったところで、それまで呆気に取られていた一ノ瀬が突然声をあげる。
「ほ、報酬があればいいんですか!?」
実に安易な質問だと思った。なぜなら、俺たちにとって最も欲しい報酬は「早く帰ること」に他ならないから。
だから、そのままの流れで帰ろうと思っていたのだが、
「なにかあるのかしら?」
なんと、先陣をきっていた京ヶ峰が足を止めてしまったのである。
おいおい、それ報酬に目が眩んだら、もうやるしかない流れじゃねぇか。
振り返った京ヶ峰にそんな視線をおくるが、彼女は気にもしない。
もはや、彼女が満足するような報酬が一ノ瀬の口から出てこないことを祈って俺も足をとめるしかなく、
「学食を奢るとかじゃ……だめですか?」
「話にならないわね。さようなら」
そして、どうやら俺の祈りは通じたらしい。
京ヶ峰は踵を返して教室を出ていってしまい、一度止まった俺たちもその後を追う。
教室をでるとき、ひとり残された一ノ瀬をチラリと見ると、彼女は書類の前でただ呆然としていた。
「本当に良かったのかな……?」
万願寺の不安そうな声に、前を歩く京ヶ峰はやはり振り返りもしない。
「最初に課せられた仕事は最低限やっているわ。そうでなくとも、私たちには人員が一人足りないのに……。誰かさんがその人を犯人扱いして追い出したせいでね?」
万願寺には振り返りもしなかったくせに、皮肉を言うときだけ俺のほうを見る意地の悪い京ヶ峰。
先週、生徒会から告げられたのは『生徒総会で配る資料の数ページの作成』。それを俺たちは、ひとり少ない状態で資料制作を行っていた。
まぁ、京ヶ峰の言うとおり一人少ないのは俺が原因であるのかもしれない。
だが、
「いや、お前も奴を散々いじめてただろ」
それを京ヶ峰にだけは言われたくなかった。
「いじめ? 私は例の事件とは関係なく彼も嫌っていたわ。いちいち授業を止める妨害行為にもうんざりしていたし」
彼女のいう妨害行為は、別に意図してやっていたわけじゃないだろう。ただ、奴が授業についていけず、教師が奴のために何度も授業を中断して教えていただけ。たった五人しかいないクラスなのだから、それまでの授業速度が速かったのもたぶん原因ではあった。
というか、
「彼も、ってなんだ。お前、まだ嫌ってる奴が他にもいたのか?」
「自覚がないって幸せね? 彼にもそのくらいの愚鈍さがあれば退学することなんてなかったでしょうに」
「お前、まさか俺のこと言ってるのか?」
「最円くんって愚鈍さに加えて自意識過剰でもあるのかしら? 私はあなたに限らず六組全員嫌いよ」
「お、おう……」
否定はしてもらえた。だが、嬉しくないのは何故だろうか?
そんな彼女に慣れきってしまったのか、万願寺と千代田は何も言わない。
というより、二人は考え事をしていたらしい。
「帰ってゲーム……」
とりあえず、千代田の考え事は無視するとして、万願寺が考えていたのはやはり一ノ瀬のことだろう。そう顔に書いてある。
つくづく難儀な性格だ。
誰かの痛みを意図せず共感してしまえるのに、それが原因で自ら追放されることを選んだ万願寺優。
長所と短所は表裏一体ということを、彼女を見ていると思い知らされる。
彼女は優しいわけじゃなかった。ただ、相手の気持ちがわかってしまうだけ。
悲しい気持ちに感化されてしまうからこそ、彼女は自分を守るため手を差し伸べなければならなかっただけ。
そんな彼女の行き着く結論なんて、容易に想像できる。
だから、校門で彼女と別れるとき、俺は釘を刺しておくことにした。
「万願寺、もし余計なお節介をするつもりなら、まず京ヶ峰を説得しないといけないからな?」
その言葉に万願寺は一瞬キョトンとして、ようやく理解したあとに「わかってる」と微笑む。
ハッキリ言って、京ヶ峰は仕事ができた。
一ノ瀬が言ったとおり、俺たちに課せられた仕事のペースが早かったのは、京ヶ峰が足りない一人分を完璧に埋めてなお、それ以上の働きをしていたからだ。
京ヶ峰がいないとダメなわけじゃないが、彼女なしで仕事をこなすのはあまりに効率が悪い気がする。
そう思って忠告をしたのだが、
「私たちだけで手伝っちゃうと、何もしない京ヶ峰さんがよく思われないもんね?」
返ってきたのは考えもしなかった京ヶ峰への配慮。
本当に難儀な性格だな……。
俺は改めて万願寺への認識を確認しなおす。
彼女は優しいわけじゃなく、ただ、人の気持ちに共感してしまえるだけ。
その証拠に、万願寺は「私たち」と言った。
どうやら、万願寺の中で俺は既に『手伝う側』として振り分けられているらしい。
そんな事身勝手さにため息を吐いていると、
「薫。十時から一緒にゲーム。忘れないで」
制服の袖をくいっと引っ張られ、見れば親指を掲げる千代田の姿。
もちろん、そんな約束をした覚えはない。
勝手に俺の夜の予定が決められている事に二回目のため息。
「そうだった。こいつら全員六組だったな……」
価値なしとして追放されるには、それなりの理由がある。
ついぞ忘れていたが、そのことを再確認してしまう。
こんなところは早くでなければならない。
去っていく彼女たちの背中を見ながら、俺はそう決意しなおした。
 




