4話 六組の追放者たち
「元二組の万願寺優だよ」
怯えた瞳で俺を見ていた女子生徒は万願寺というらしい。
抱腹絶倒必須の自虐的自己紹介の甲斐あってか、彼女は休み時間になると気さくに話しかけてくれた。
その気さくさは俗に言われる陽キャの雰囲気を帯びていて、向けられた笑みとシャンプーの香りがする明るいショートヘアは、明らかにモテる女子が持つもの。女子に耐性のない男子なら呆気なく落ちていることだろう。
にも関わらず、彼女もまた俺と同じく追放された六組所属。
実は、その理由を俺は知っている。
というか……万願寺優は学内でも知られる有名人。
彼女は――、
「ところで最円くんって悩みとかない? 実はさ、うちとか悩んでること結構あったんだけど、ある事がキッカケで人生変わったんだよねー」
怪しい宗教勧誘をしてくるヤバい奴なのである。
「……へぇ、そうなのか」
真偽は定かではないものの、万願寺優には「壺を買わされた生徒がいる」という悪い噂があった。
無論、それは噂だけであり、『何組の生徒が被害に遭った』とか『金額はいくらだった』などの具体的情報はない。
「そのキッカケっていうのが、とある人との出会いなんだけど……今度その人と会うから最円も行かない?」
聞いてもいないのに、話を進めようとする万願寺。
その展開の早さには恐怖しかない。噂がすべてだとは思っていないが、目の前でこんな話をされたら、さすがに信じざるを得ない。
「あー……、やめておきます」
「会ってみるだけでいいからさ……どう?」
そう言って、彼女は上目遣いで無防備に顔を近づけてきた。
彼女の長いまつげの下から覗くキラキラとした瞳はまるで銀河系。油断すれば、そんなスピリチュアルに思わず呑み込まれそうになる。
「……悩んでることなんてない」
「……そっかぁ」
残念とばかりに姿勢を元に戻す万願寺。
もし本当に壺を買わされた奴がいたのなら、おそらくこの瞳に呑み込まれたのだろう。それか、下心で近づいたか。
「悩んでることがあったら、気軽に相談してね! なにか力になれるかもしれないし」
親身の顔して近づいて、善意のフリをして取り込もうとする。
噂でしか聞いたことがなかったが、やはり彼女とは距離を置いたほうがいいらしい。
「じゃあ、これからよろしく」
それから握手を求められた。
さきほどの雰囲気とは打って変わって、かなり開放的な印象の万願寺。
怪しすぎる裏さえなければ、きっと追放されることなどなかっただろう悲しき少女。
「あぁ」
とはいえ、彼女はこれからの日々を共にするクラスメイトである。明らかな拒絶もどうかと思い、その手を握り返すと彼女の手は驚くほどに冷たかった。
冷え性……?
その冷たさに思わずしかめた顔をあげると、向けられた笑顔は変わらずに温かい。
その不気味な温度差に言葉を失っていると、
「万願寺さん、僕もいいかな?」
不意に横から声をかけられた。
僕、と言ったから、俺はてっきり男なのかと思ってしまったのだが、相手を見て即座にその可能性を消す。
「えっと……億本歩です。元のクラスは五組。このクラス女子ばかりだったから最円くんがきてくれて嬉しい。気軽に歩って呼んでね」
奥ゆかしい控えめな笑み。短くも細い髪は透明感があって光を帯びているようにも見える。シャツの上に着ているカーディガンは、有象無象の女子が好むような可愛いものじゃなく、質素な色合いをしていた。
「……どうしたの?」
見惚れていた。
そんな本音を口にすれば、歩は信じてくれるだろうか? いや、いきなり告白されたことに戸惑ってしまうかもしれない。
歩が悲しむ姿は見たくない。
本能がそう告げていた。
「いや、なんでもない。こちらこそよろしくな」
だから、それを隠して俺も笑う。
伝えたいことは山ほどあったが、それらをすべて頭の隅へと追いやった。たとえば……なぜ歩は男子生徒の格好をしているのか? とか。
きっと、やむにやまれぬ事情というやつがあるのだろう。安心してほしい。この世界で俺だけが歩のことを理解してやれそう。
「あゆむんはさ、私と一緒で一年のときから六組にいるんだよね」
「通りで気づかなかったわけだ」
こんな美少女がいたなら廊下ですれ違っても記憶に焼き付いていただろう。もし、同じクラスにいたら間違いなく投票していたに違いない。
「みんな優しくしてくれるんだけど、誰も僕に投票してくれないんだ」
はははと、力なく眉を落とした歩を見た瞬間、投票しなかった五組の奴らに怒りが湧いてきた。
「一応、言っておくけど逆だからね? みんなあゆむんには誰も近寄らせたくないから投票しなかっただけ」
そんな歩を万願寺が擁護した。……なるほど。やるじゃないか、五組の奴ら。
ここ六組は、追放者たちが集められる監獄のような場所だ。しかし、見方を変えれば外にある様々な危険から守ってくれる城と呼べなくもない。
可愛い子には旅をさせよと云うが、その可愛さが天元突破していると箱に入れて大切にしたくなるもの。
きっと五組の者たちには苦渋の決断だったに違いない。俺にはわかる。それは英断だと。
「僕は……たくさんの人と仲良くなりたいんだけどな」
「私は見知った人が居て安心したけどね?」
「そう言ってもらえると嬉しいけど……」
歩はそう言って微笑んだものの、その表情にはどこか悲しさが残っていた。
そんな憂いを帯びた瞳を見ていると、今すぐにでも外の世界に連れさらってしまいたくなる。いや、お持ち帰りしたくなる。
「あと、京ヶ峰さんとかも去年からずっと一緒かな」
万願寺はそう言って、俺から一番遠い席の方へ顔を向けた。
それを追いかけるように見れば、そこには黙々と文庫本を読む長い黒髪ロングの少女がぽつり。
彼女は名前を呼ばれて一瞬反応を示したが、こちらを睨みつけてから視線を本へと戻してしまう。
まるで「話しかけるな」とでも言うかのように。
京ヶ峰冬華。
彼女もまた、万願寺と同じくして学内の有名人である。
二つ名は、高嶺の花。
……といえば聞こえはいいが、その高嶺は登った者を凍死させる死の山。
学内でもトップクラスの成績とそのルックスから、入学当初は男子生徒の間で騒がれていたのだが、告白した男たちをことごとく辛辣な言葉の刃で切り捨てた所業から、皮肉を混じえてそう呼ばれるようになったらしい。というか、この学校の噂はロクなものじゃないな……。
彼女もまた、一年生の時から六組にいる古参らしく、その態度から察するに俺は嫌われてしまったらしい。
自己紹介のときに睨んでいたのも彼女だった。正直に言うと与那国先生よりも怖かった。
「気にしなくて大丈夫だよ。京ヶ峰さんみんなにATフィールド展開してるから」
なるほど。俺だけが嫌われてるわけじゃなかったのか。あと、ATフィールドはギャグのつもりで言ったのだろうか?
「ATフィールドって京ヶ峰は使徒かよ。ははは――」
「チッ」
「……」
はい。万願寺のギャグを拾ってあげたら京ヶ峰から舌打ちされました、と。違いますからね? あなたを笑ったんじゃなく、あくまでもギャグに笑ったんですよ……。正確にいうなら、笑ってあげた。
しかし、そんなことを弁明すれば本気で暴走モードに突入しかねない京ヶ峰の雰囲気を察し、ほとぼりが冷めるのを待つ。
万願寺もさすがにまずいと思ったのだろう。
「あー……、でも、人間も使徒らしいから、うちらも同類だよねー?」
なんて、フォローをしてくれたのだが、
「あなたたちと一緒にしないでくれるかしら?」
ぱたんと本を閉じた音はやけに響いて、向けられた視線には憎悪の色。万願寺の軽率なフォローは逆効果だったらしい。
「私は六組なんかにいるあなたたちと仲良くするつもりはないから」
そして、続けざまにピシャリと言い放たれた言葉。……いや、あなたも六組ですけど。ブーメランって言うんですけど、それ。笑うところ……じゃないよなぁ、さすがに。
「でもさ、それなら京ヶ峰さんだって一緒じゃない? 6組だし」
あっ……こいつ、やったわ。
万願寺がそう反論した直後、京ヶ峰はわざとらしく大きなため息を吐いた。
そして、なぜだかその口元は少しだけ微笑んでいる気がした。
「……同じ場所にいるからといって、自分と相手が同じだと考えるのはあまりに安直よ。私とあなたは違うわ。そんなことだから、同じ場所にいた人たちから票を入れてもらえなかったんじゃない?」
「はぁッッ……!?」
京ヶ峰のブーメランパンチに、すっときょんな声をあげた万願寺。
ちなみにではあるが、男が着用する水着のブーメランパンツのことではない。
自分にも当て嵌まる事象で先制攻撃しておいて、相手からの反撃を利用して再び反撃し返すという……なんかもう、レベル高すぎて逆に頭の悪い論法のことである。もちろん命名は俺。
まぁ、ブーメランパンツは自分の肉体に自信のある奴しか履かない代物だから、自信過剰という点でみればブーメランパンチも同じかもしれない。
言葉による応酬で勝つ自信があるからこそ繰りだせる傲慢の一撃というわけだ。
きっと、京ヶ峰は反論されると分かっててわざとそう言ったのだろう。
簡単に言えば、万願寺はまんまと釣られたのだ。じゃないとあの瞬間に微笑むはずがない。まじで性格悪いな……。
収集のつかなくなった現状にどうしたものかと考えていると、歩が近づいてきてそっと耳打ちをしてきた。
「……二人が喧嘩するのはいつものことだから」
鼻孔をくすぐる甘い香りがしました。
「同じクラスなんだし二人とも仲良くすればいいのにね?」
そして、困ったように笑う。これがいつも光景なら、敢えて止める必要もなさそうだな。
二人の関係を理解し、仲裁のために用意した言葉を飲み込んだ。自然と収まるのであれば、下手に口出しする必要はない。
「ちなみに、あいつは?」
そんな二人は放っておくことにして、もうひとり机に突っ伏して寝ている女子生徒のことを歩に聞いてみる。俺が見ている限り、彼女は休み時間になるとずっとそうしていた。
「あぁ、千代田光ちゃん?」
歩がその名前を言った瞬間、机に突っ伏している彼女の指先がピクリと動いた気がした。
「僕も今期がはじめましてだからよく知らないんだ」
「ふーん、そうなのか」
彼女は、京ヶ峰と万願寺が言い争ってる間で平然と寝ている。もちろん、本当に寝ているかどうかは知らない。
「あんなに寝るってことは相当疲れてるんだろうね」
「……だろうな」
本当に寝てるなら、な。
六組にきてまだ数時間だが、クラスメイトのことは少しだけわかった気がした。
与那国先生が俺に言ったように、彼女たちもまた、来るべくしてこのクラスに来たように思う。
「異端な奴らばかりだな、ここは」
そんな前途多難を思わせる目の前の光景に、俺はため息を吐かずにはいられなかった。
「常識人は俺と歩だけか」
「……最円くんもなかなかだね」