表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/145

30.5話 六組に残る理由【万願寺視点】

 由利から、私を二組に戻す計画を聞いた時、なんとなくそんな気はしてた。


「もしかしてさ、最円くんの下駄箱になにかしたことあった?」

「あー……、呼び出しの手紙入れたことはある」


 やっぱり。


 前に一緒に登校したとき、彼が下駄箱で私に隠し事をしたことがあった。その内容まではわからなかったけど、あれが由利からの手紙だったんだ。


「とにかく、今度の投票で優を二組に戻すから」


 由利はそう告げた。


 でも、私だって二組に戻るわけにはいかない。


「待って。二組には戻らない」


 そう答えたら、由利はため息。


「そう言うだろうと思った。でも、これは私が決めたことだから」


 そこには、私の意見になんて聞く耳を持たない毅然とした態度があって、彼女の覚悟が見て取れる。


 もしかしたら、私がまだ『同じ理由』で六組に居たいと思っているのかもしれない。


 でも、そうじゃない。


「私さ、まだ六組に居たいんだ」


 ゆっくりとそう告げる。


 それはやっぱり、最円薫という男の子が原因。


 この学校に入学して、負け組と呼ばれる六組に追放されて、「自分は社会に居るべき人間じゃないんだ」と思っていた日々のなかで出会った男の子。


 彼は……ちょっと変わっていた。


 それはもう、普通の人たちから溢れて、六組に追放されてしまうほどに。


 でも、その人間性は非難されるようなものじゃなくて、むしろ評価されるべきものだと思った。


 評価を得ることを諦めてしまった私なんかより、ずっと。


 それが合っているのかどうかを、私はこの目で確かめたい。


「……」


 由利は厳しい表情をしていたけど、理由まで聞いてこない。


 もしかしたら、もう理由なんて気づいているのかもしれない。それか、聞いても無駄だと思っているか。


 ただ、何を言われようと二組に戻るつもりはなかった。


 少なくとも、最円くんが六組を出るまでは。


 やがて、由利は笑ったように二度目のため息。


「なんか……優、ちょっと変わったよね? 最初六組に追放される提案をしてきたとき、すごく弱々しかったのに」

「そうだっけ?」

「うん、そうじゃん?」


 そうかもしれない……。由利に自分を六組に追放する提案をしたとき、私は自分に絶望していた。


 生きづらいのは社会じゃなくて、自分の性格が社会に不適合なのだと気づいて呆然としていた。


 ずっとこのまま死んだように生きていくんだと思った。


 そしたら何もかもがどうでもよくなって、世界は途端に色味を失った。


 頑張ることが馬鹿らしく思えて、何かに夢中になることすら無意味に思えた。


 でも、そんな世界で私は、アホみたいな主義を掲げる彼を見つける。


 そして、彼はその主義に従って、私のせいで罰を受けた。


 それだけじゃなくて、由利と一緒に私を二組に戻す計画まで立てていた。


 それを知らずに私は不機嫌になっていたというのに。


「……わかった。優のやりたいようにやりなよ」


 やがて、由利は何も言わずにそう言ってくれた。


「いいの?」

「良くはないけど……あんたにとっては良いことなんでしょ?」

「うん」

「なら、あんたが戻りたくなる時まで私はクラスリーダーでいるだけだから」


 きっと由利が承諾してくれることを私は確信してたんだと思う。


 彼女は何だかんだ言いながらも、これまで私がやりたいようにやらせてくれたから。


 そういう人を親友に選んだから。


 それを卑怯だとわかっていながら、私はさらなるお願いを口にする。


「それとさ……協力してほしいことがあるんだけど」


 それが彼にとって余計なお節介になることもわかっていながら、とある作戦を由利に話した。


「最円くんをさ――足止めして欲しいんだ」


 これから先、ただボウっと六組にいるつもりなんてない。


 遠くから眺めて、何もできない情けない自分のまま過ごすつもりもない。


 彼がそうしてくれたように、私は彼のためだと思うことをやりたい。


 そのせいで傷つくことなんて、私には慣れっこだったから。



 * * *



「優お姉ちゃん……?」


 急いでマンションに到着してからインターホンを押すと、桜ちゃんが不思議そうな顔で迎えてくれた。


「お、お兄ちゃんは?」


「最円くんはあとから帰ってくるよ」


「そうなんだ?」


 何の疑問もなく納得した桜ちゃんは、どこか落ち着かない様子で手遊びを始める。そのさまよう視線は、未だ帰ってこない兄を探していた。


 そんな桜ちゃんに近づくと、彼女は一瞬ビクリとしたあとで作り笑い。


 彼が桜ちゃんを大事にしているのはよくわかる。

 

 桜ちゃんも、そんな彼を信頼しているのが手にとるようにわかる。


 でも、その関係はあまりに絡みあい過ぎて、彼だけに負担がかかっているように思えた。


「桜ちゃん」

「な、なに? いひひ!」


 私にとっては桜ちゃんも大切にしたい人のひとり。


 ただ、それは“最円くんが大切にしてる妹だから”というだけの理由。


「実はさ、私と最円くんが在席してるクラスは少し特殊で、他の人とは別々で授業をしてるの」

「……そう、なの?」


 優先順位を付けるのなら、私は彼を取る。


「そう。それでさ、朝の登校時間も普通と違って、他の人たちよりも一時間早く登校しないといけないの」

「……」


 そのために、私は桜ちゃんに告げなければいけない。


「でも、最円くんは桜ちゃんのためにそれを拒否してて、今日まで……ずっと遅刻してるんだ」


 その瞬間、桜ちゃんの目が大きく見開かれた。


「それが原因で、最円くんは先生たちから良く思われてないの」


 丸い瞳の円周から、じわりと涙が滲んだ。それが辛くて、私まで泣きそうになってしまう。


 でも、それよりも辛いことがあった。


 変えなきゃと思うことがあった。


「だからさ、これからは最円くんが遅刻しないようにしてあげたい」


 それに桜ちゃんは、目を見開いたまま立ち尽くす。


「あ、あ……その」


 そして、私から一歩遠ざかろうとした。


 そんな彼女に再び詰め寄ろうとして――。


 ガチャリ。


「最円くん……」


 全速力で走ってきたのか、呼吸を荒くした最円くんが帰ってきてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ