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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
一章 最円桜は願いを口にする

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28話 それから

 結論を言えば、彼の罪が認められることはなかった。


 もちろん、証拠がなかったからだ。


 俺は教師に事の顛末のすべてを話したが、それは所詮、「最円薫が彼を犯人扱いしたために起こった喧嘩」という見方しかされなかった。


 俺とは別で事情聴取を受けていた彼は、最後まで口を割らなかったらしい。


 スマホを壊したから言い逃れできると思っていたのか、はたまた単に言いたくなかっただけなのか……。


 だが、別に悔しくはない。


 この事件に興味を抱いた者は少なからずでてくるだろうし、その詳細を追っていくなかで違和感を覚える部分がでてくるはずだ。


――なぜ、彼はスマホを壊したのだろうか? と。


 そのしこりは、今は小さくとも必ず彼の周囲に影響を及ぼす。


 そして、それこそが俺の思惑どおり(・・・・・)ですらある。


 さらに、今回の件は盗難事件が関わっているため、俺は警察の取り調べも数日かけて受けることになった。取り調べといっても厳しいものじゃなく、警察官と対面して質疑応答するだけ。


 撮ってもいない証拠をでっち上げた部分を話したとき、彼らは淡々と聞いていたものの、その視線はかなり冷えていた。


 イキった高校生が余計な真似を……、なんて思っていたのだろう。


 ただ、やはりスマホを壊されたことを話したときだけは、その視線が弛んだように思う。


 おそらく、そこだけ彼にもかなり質問したに違いない。


 なぜなら、俺も何度もその部分についての詳細に聞かれたからだ。


 まぁ、彼は「怒ってスマホを壊した」という主張を貫いたらしいが。


 俺たちに刑事的な罰はなく、処遇は学校側に委ねられ、両者ともに『三日間の謹慎』を言い渡された。


 職員室で彼とすれ違ったとき、彼は勝ち誇ったような視線をおくってきたが、馬鹿だなぁ、と思う。


 絶望はこれから始まるというのに。


 まぁ、前科がつく最悪を逃れた彼からしたら、それは些細なことなのかもしれない。


 これを期に心を入れ替えるも、同じようなことを繰り返すのも彼の自由だ。


 ただ、俺のなかで誤算だったのは、


「――最円くん、一応こちらで壊れたスマホのデータを復元したんだけど……君の画像フォルダ、女の子をコスプレさせた画像とかが容量一杯まで入ってて……詳しく聞かせてくれるかな?」


「いや、それは妹の写真で」


「妹さんでも普通あんなに撮るかな? 二万枚ちかくあったけど。……なかには、盗撮したらしき動画とかもあったよ?」


「それはッッ、ほら、兄の前で見せる姿と自然体の姿とは違うじゃないですか。俺はありのままの妹の成長記録をですね」


「家まで確認しに行ってもいいかな?」


「家ですか? 妹は人見知りで……」


「念の為ね、念の為」


「……はい」


 なぜか、勝手に復元されたスマホのデータから別の容疑者扱いされたことである。


 どうやら、容量一杯まで撮ったのがいけなかったようだな……。


 次にスマホを買うときは、もっとたくさん画像を保存できる物にしなければ。容量がなくて撮っても保存できないこともあったしね!


 ともあれ、俺が今回の件から開放されたのは、テスト一週間前。


 そして、謹慎が解けてから初の登校日、最初に話しかけてきたのはなんと百江由利だった。


 彼女は、俺と万願寺がやったように校門前で待っていた。


「六組で問題も起こしたくせに、普通生徒と同じ時間に登校してくるのね?」


 彼女は、なぜか怒っていた。


「六組であることと問題は別だがな?」


 そう答えてやったら、いきなりビンタされた。


「……は?」


 わけが分からず彼女を見れば、百江はそんな俺を鼻で笑う。


「左頬はまだ治ってないようだから、右の頬にしてあげたの」


 たしかに、右頬は殴られた傷のため絆創膏ばんそうこうを貼ってはいるが、そういう問題じゃない。


「なんで優を巻き込んだの?」


 それからキッと睨みつけてきた百江を見て、俺は納得。


 登校してくる生徒たちが遠巻きに見ているが、そんなことは彼女にとって関係ないらしい。


 そんな百江の堂々たる姿に、俺は思わず笑ってしまう。


「なにがおかしいわけ……?」


「いや、すまん。たしか、お前は俺に言ったよな? 「万願寺が俺を気に入った理由がわかる気がする」って。俺もお前が万願寺の友達でいられる理由がわかった気がする」


「……もしかして、馬鹿にしてる?」


「褒めてるんだよ。それに、俺はあいつを巻き込んでないぞ」


 教師や警察から「そもそもなぜ彼を犯人と断定したのか?」、そんな質問をされたが、万願寺の名前はだしていなかった。


 庇ったわけじゃなく、言う必要がなかっただけ。


 どうせ彼らが彼女にも話を聞いたところで、確たる証拠は出てこないのだから。


 しかし、それでも百江の怒りはおさまらなかった。


「そういうことを言ってるんじゃない。今回のことで、あの子がどれほど落ち込んでると思ってるの?」


 あのとき以来、俺は万願寺と会っていない。


 彼女が家にくることもなかった。


「あの子を傷つけるなら関わらないで」


 百江はハッキリとそう言った。


 それから、


「事件を解決するつもりがあったのなら、ちゃんとやって。事前に言ってくれたなら協力だってしたのに」


 そう、付け足した。


 それを聞いて、ようやく百江が何に怒っているのかを真に理解。


 彼女は、何の相談もなく自分たちだけで突っ走ったことに怒っているようだ。


「優から話は聞いた。あんたがしようとしたことも全部。でも、結局あの子を傷つけたなら妙案だったとは思えない。なにより……今回の件であんた、一組に戻れないんじゃないの?」


「だろうな」


 そう答えたら、百江は眉間のしわをさらに深くする。


「言ったでしょ? そういうのが優を傷つけるって。これであの子を二組に戻す計画も無駄になったわ。優は……あんただけが六組に残ることを無視できるような子じゃないの」


 それに、俺はため息。


「俺は、もともと今回の事件を解決するつもりなんてなかった」


「解決するつもりがなかった? なのに、あんな危険なことしたの? 相手が逆上して殴りかかってくることぐらい予想がつかなかったって? それとも、他の生徒がいるところなら安全だとでも思ったの?」


 まくし立てるような口調に、俺は首を振った。


「そもそも、奴を犯人にする証拠がないんだ。事件を解決できるわけないだろ? 俺がしたかったのは奴に罰を与えることだ」


「……罰?」


「あぁ。お前が言うとおり、俺は一組には戻れないかもしれない。だが、それは奴も同じだ。証拠がなかったとはいえ、盗みの嫌疑をかれられたような奴がクラスに残るとは思えない。仮に盗みを働いてなくとも、奴は皆の前で逆上してスマホを壊し俺を殴った。追放するには十分すぎるほどの理由だと思わないか?」


「追放されることが罰なの?」


「奴は俺を憎んでいる。そんな俺と一緒に分類されて、これから短くない時間、何度も顔を突き合わせることになるだろう。罰はこれから与えるんだよ。長い時間をかけてゆっくりとな」


「……陰湿ね」


「去年の夏休みに飲食店でバイトをしたんだが、仕事ができない俺に嫌がらせをしてくるパートのおばちゃんがいたんだ。俺はやられたらやり返す主義でな? そのおばちゃんの勤務日に全部シフトを被せてやった」


「あんた馬鹿なの?」


店長マネージャーと同じこと言うなよ。本当に俺が馬鹿みたいになるだろ……」


「馬鹿でしょ」


 相手は俺と仕事なんてしたくないからそういうことをやってくるわけだ。なら、無理やり一緒に仕事をしてしまえばいい。そうすれば相手にもダメージを与えることができる。


 俺はこれを「メンタルダメージレース」と呼んでいる。


 ただ一つ欠点なのは、執拗に絡み続けることで強制的に仕事がやりやすい仲になってしまい、最終的には仲良くなってしまうこと。


 まぁ、今回に限ってはそんな結末にはならないだろう。


 相手は六組を「囚人」と呼んでいて、そんな場所に自分が入ることになり、犯人扱いした俺と共に日々を過ごすのだから。


 そもそものダメージ量が違うし、相手が俺を認めるわけがない。


 俺も彼を認めるつもりはないから徹底的にやるが。


 百江はしばらく考えていたが、諦めたように息を吐いた。


「正直、あんたのことなんてどうでもいいの。言っておきたかったのは優のことよ。あんたが行った計画どおり、優は二組に戻すわ」


「そうしてくれ。お前がいるならやっていけるだろ」


「それと、このことは優にも話す」


「話したら断られそうだな?」


 そう返すと、百江は小さく笑った。


「今回でわかったから。何も話されず勝手に色んなことされるほうが嫌だってね?」


「なるほど」


「それだけよ……」


 彼女はそう締めくくると背を向けた。


「百江」


 俺は、そんな彼女の名前を呼ぶ。


「万願寺は、前の盗難事件のとき、犯人を見たわけじゃなかったらしい」


 それにピタリと足を止める百江。


「それと、あいつは「自分が悪い」とも言ってた。犯人が分かってるのに何もできない自分も悪だって。金をお前にやったのは、犯人を思ってのことじゃなく、純粋にお前のことを思ってやったことだろう」


 前回の盗難事件のとき、万願寺は犯人を庇ったのだと百江は思っている。


 だが、そうじゃなく、万願寺には犯人を罰する材料を持ってなかっただけ。


 百江が苦しんでいたことは、彼女が勝手に想像した勘違いに過ぎない。


 万願寺は……悪人にも感情移入して自己犠牲してしまうほど愚かじゃなかった。


「そっか。ありがと」


 百江は最後、そう言って行ってしまった。


 その声は柔らかかったように思う。


 どこか、胸のつかえが取れたようだった。

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