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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
一章 最円桜は願いを口にする
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26話 ババ抜き


「財布を盗んだのは、さっき騒いでたあの人だよ」


 万願寺は静かにそう言いきった。


「あいつが……?」


 証拠は? そう言いかけてやめる。


 そんなものがあったなら、彼女は既に、俺じゃない誰かに告げているはずだし、なによりさっきの質問もしなかっただろうから。


「確信はあるのか?」


 だから、万願寺の主観に対する問いを行う。


「さっき京ヶ峰さんが「犯人じゃないの?」って聞いたとき、あの人「証拠があるのか?」って返したでしょ?」


「そうだったか……?」


 そこまで注意深く聞いてなかったな。 


「うん。普通ならさ、犯人扱いされたことにもっと怒っていいと思うんだよね? でも、先に証拠があるのか聞いた」


「別に……おかしくはないだろ」


「そうかな? 体育館の入口をわざわざ塞いで騒ぐような人が、犯人扱いされて急に冷静な返しする? なんか矛盾してない?」


「そう言われてみれば確かに」


「あの人、わざと目立つところで怒ったふりしてたんだよ」


「演技ってことか?」


「うん。だって、全然怖くなかったもん」


 そう言って、万願寺は空を見ながら鼻で嘲笑った。まるで、その演技を馬鹿にするみたく。


「それに、前回も財布盗んだのあの人だったから」


 前回とは、おそらく百江が言っていた事件のことだろう。そのとき万願寺が疑われたものの証拠はなく、彼女自身も目撃者ですらなかった。


「もしかして、そのとき犯人見たのか?」


 たしか、百江は言っていた。


――優は犯人を見たのかもね、と。


 万願寺は俺を横目にしばらく無言だったが、やがて口を開く。



「最円くんはさ、ババ抜きってやったことある?」



「……ババ抜き?」


 突然なにを言いだしたのかと思った。

 話の脈略がなさすぎて戸惑ったが、彼女の表情を見る限り頭がおかしくなったわけではなさそう。


「もちろんあるぞ」


 ババ抜きとは、同じ数字の二枚ペアを手札から捨てていき、ペアのないジョーカーを最後に持っていた者が負けのトランプを用いたゲームのこと。


「私ね、小さい頃ババ抜きが得意だったんだ。誰がジョーカーを持ってるのかすぐにわかるの。もちろん、手札のどこにあるかまではわからないよ?」


「それは……凄いな」


 ジョーカーを誰が持っているかが分かるのは、ババ抜きにおけるアドバンテージになる。なぜなら、警戒ができるからだ。

 ただ、いくら警戒をしたところで引いてしまうときは引くもの。


「ジョーカーが回ってこなさそうな人にあるのなら普通にやるし、回ってきそうなら、わざと引いて次に引かせる。……簡単だよね? 相手はジョーカー引かせたいんだから、手札のどこに置くのか予想できるし、引かせる相手がどこを引くのかも何度もやればわかってくる」


「……いや、わかるか?」


 万願寺が言ってるのはすこし次元が違う気がした。


 そもそも、ババ抜きはジョーカーを持たないようにするゲームだ。それをわざと引いて次に回すって……そんなことできるのだろうか?


 そう思って首を捻っていると、万願寺は笑った。


「序盤だよ、序盤。まだ皆が手札をたくさん持っていて、警戒心がない時の話。ババ抜きは終盤になると運要素が強くなるけど、序盤なら操作できるんだよ?」


 まるで当たり前のようにそう言ってみせる万願寺は、すこし怖い。


「でもさ、それってフェアじゃなくない? どうせなら、みんな平等でゲームできたほうがいいよね? 」


 そして、その笑顔は途端に冷めた。


「だからね? みんなに『誰がジョーカーを持っているのか』を教えてあげたの。「この人が持ってるよ」、「今、この人に渡ったよ」って全部教えてあげたの」


「それは……」


 そんなことをすれば、ゲーム性が壊れてしまう。


 だから、彼女が次に何を言おうとしているのかを俺はなんとなく察してしまった。


「そしたらね? もう誰もババ抜きに誘ってくれなくなっちゃった。ババ抜きだけじゃないよ? 私には誰が嘘をついてて、何を隠そうとしているのかがわかっちゃうから、そういう遊びに誘われることがなくなっちゃった」


 声音は軽かったが、俺は笑えずにいた。


「その時わかっちゃったんだ。誰かが嘘をついていても、隠し事をしていても、暴いちゃいけないことがあるんだって」


 そこでようやく、本題の話と繋がってきた。


「だから……前回は言わなかったのか?」


「私は犯行現場を見たわけでもないし、付近で犯人らしき人を見たわけでもなかったから。ただ、その後のクラスメイトたちを見てたら、「あぁ、この人が盗んだんだなぁ」って思っただけ」


「見たわけじゃなかったのか……」


「見てたら流石に言うよ。というか、その時止めてた」


「そう、だよな」


「でもさ、私が「犯人だ」って言っても、たぶん誰も信じない。証拠がないから。もしかしたら信じてくれるかもしれないけど、罰するまでには至らない」


 そう言った表情には諦めの色。


「私は、誰かが嘘をついてたり隠し事してたりするとわかっちゃうの。でも、その嘘や隠し事が何なのかまではわからない。もしかしたら悪意のあるものかもしれないし、善意でやってることかもしれない。それでも……私の目に彼らは『後ろめたいことをしている人』にしか映らない」


 その諦めはやがて、絶望へと変わっていく。


「私が自ら追放されることを選んだのは『他のクラスメイトたちの為』っていう自己犠牲もあったんだけどさ、それは半分の理由でしかないんだ。本当はあの人たちと一緒にいたくなかっただけ。だって、みーんな息をするように嘘つくんだもん」


 夕日が地平線の消えていくように、彼女の目にも光が消えた。


「それでまたわかったんだぁ。あぁ、これが普通の(・・・)人間なんだって」


 そんな顔で万願寺は俺へと笑いかける。


「でも、六組の人は違った。京ヶ峰さんもあゆむんも、寝たふりしてる千代田ちゃんも……そして、最円くんも。追放されてくる人たちには嘘つきがいないの」


 それは褒め言葉だったのに、あまりにも悲しい理由すぎて嬉しくはなかった。てか、やっぱ千代田の寝たふりはバレてたんだな……。


「とくに最円くんはさ、まるで嘘みたいなことを本気で言うからビックリした」


 万願寺はそう言って、何をを思いだしたのかクスリと吹きだす。


「そうだったのか」


 俺はようやく納得した。


 どうやら、百江から聞いた万願寺すら、彼女の本質ではなかったらしい。


 万願寺は『誰かのために自らを犠牲にしなければならない可哀想な奴』ではなかった。

 万願寺が可哀想に見えていたのは、彼女を心から信じる人間がいなかったからだ。


「私の話はこれで終わり。さっきも言ったように犯人は絶対あの人だよ。確証はないけど確信がある。でも、とっくに証拠は隠滅されてるだろうから誰かに言っても意味ないかな」


「犯人のくせにあんな騒ぎ方してたのか。……ヤバいな、あいつ」


「別に普通じゃないかな? そうやって正義ぶれば、少なくとも犯人像からは外れられるしね。みんな普通にやってることだよ」


「普通って……」


 万願寺は、一体どれほどの嘘をこれまで見抜いてきたのだろうか。


 それは全く想像がつかなかったが、それを「普通」と言えてしまう彼女は明らかに異常だと思った。


「一番可哀想なのは被害にあった人だよね。それと、「どうせ罰せられないから」って諦めてる私も悪」


「別に、お前は悪くないだろ」


「そうかな? 私は悪いと思うけど」


「お前が悪いなら、いま話を聞いた俺も共犯だな」


 それは、ある意味では慰めの言葉だったのだが、万願寺は不敵な笑みを浮かべて「大丈夫だよ」と言った。


「最円くんは私を信じないから。だって、私の話には根拠がないんだもん。でもそれでいいんだよね。みんなそうだからさ。説得できるものがなければ、証明するものがなければ、それはただの妄言でしかない」


 それはまるで俺を試しているかのよう。

 

「それでも……最円くんは私を信じる?」


「当たり前だろ」


 即答したら、彼女の表情が固まった。


 それから、すこし誤解があるような気がして補足することにする。 


「俺は一旦ぜんぶ信じてみることにしてるんだ。それが本当かどうかなんて、信じたあとでも審議できるからな」


 昨今では「人を簡単に信じるな」、「正直者は馬鹿をみる」と言われ、最初から人を否定してかかるよう言われたりする。


 それを聞いた人たちは言われたとおり頭から誰かを否定し、どうせ悪だろうと何の確証もなく突っぱねる。


 だが、ハピエン厨である俺から言わせてみれば、信じないことは、ハッピーエンドへと繋がるかもしれない可能性を消していることに他ならない。


 最初にやるべきは疑うことではなく、信じてみること。


 疑って調べて否定するなんてのは、そのあとでもできる。


 それができない人間が頭から否定してかかればいい。


 そうやって拒絶してしまえば無関係ではいられるしな。


 まぁ、俺はそんなのごめんだ。


「俺はお前を信じるよ。だが、それは万願寺を信じてるからじゃない。そうすることが正しいと俺が信じているからだ」


「……最円くん」


「だから、もしあいつが犯人じゃなかったら俺はお前を信じない」


「でも、あの人が犯人かどうかなんて、もう……」  


 不安げに言った彼女に、俺は笑ってやった。


「そんなの本人に聞けばいいんだろ。……いや、鼻から決めつけてしまえばいい」


「決めつける?」


「あぁ。さっきの話だが、そもそもなんで万願寺はババ抜きに誘われなくなったと思う?」


 彼女はすこし考えてから、


「ゲームをつまらなくしたから?」


 言いながら小首を傾げた。

 

 それに俺は自信満々に「違う」と答える。


「お前が決めつけたジョーカーの居場所が、すべて合っていたからだ」


 それに彼女はほんの少しだけ目を見開いた。


「まぁ、あまりに突飛なことを言い続けるから、普通に誘わなくなった説も勿論ある」


 一応、念の為予防線を張っておく。それは、このさき俺が彼女を否定するための準備でもあった。


「俺が信じるか信じないかを審議するのは万願寺じゃない」


 きっと、彼女はいろんなことが誰よりもはやく視えていたから、誰よりもはやく諦めただけ。


 だが、それはあまりに早計すぎる。


 俺は万願寺に悪い笑みを向けた。


「確かめてみようぜ? 本当にあいつがジョーカーを持ってるのかどうかをな。持ってなければ、俺も仲間外れにされるだけのことだ」

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