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ハッピーエンドじゃないと出られない教室  作者: ナヤカ
一章 最円桜は願いを口にする
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2話 価値残りシステム

 青春にハッピーエンドというものが存在するのなら、やはりハピエン厨である俺もまた、そこにたどり着かなければならない。


 幸せとは分け与えるもの。


 つまり、俺が幸せでなければ桜を幸せにできるはずがないからだ。


 しかし、高校二年生になって一週間が経ったある日。俺は最悪の状況下に陥っていた。



 在籍していた一組から追放されたのである。



 まぁ、追放といっても、そこまで酷いものじゃない。


 クラスメイトが『クラスにとって誰が必要であるか』を一票ずつ投票し、誰にも投票されなかったのが俺だったというだけの話。


 これは『価値残りシステム』と言い、驚くなかれ学校側が正式に採用しているシステム。



――生徒の価値とは、生徒こそが推し量るべきものである。



 それは、俺が通う府国高等学校を創設した者のありがたーい言葉らしく、そんな理念のもと、この学校には様々なシステムが組み込まれていた。


 そして、これもそのうちの一つ。


 目的は『他者から見た自分の価値を理解させる』というものらしく、オプションとして投票されなかった者には絶望が、投票された者にはもれなく優越感が与えられた。


 希望に満ちあふれた青春真っ只中の高校生活において、絶望を与える鬼畜の諸行には呆れてものも言えないが、進学実績が全国でも有数であるところを見ると、案外馬鹿にはできないのかもしれない。


 馬鹿だったのは、そんな評判だけを見て進学を決めた俺のほう。


 良い大学に進学できれば良い会社に就職できる。

 良い会社に就職できれば桜を養っていける。


 安易な連想ゲームによって受験し、合格に喜んでいた俺には、共に喜びを分かち合う桜しか見えてなかった。


 価値残りシステムなんて単語を知ったのは入学式の日。


 このシステムのズルい点は、『クラスにとって必要な者』を投票しているところ。


 これが『クラスにとって不要な者』を決めるための投票であったなら、いろいろと問題もあっただろう。


 しかし、そうじゃない。


 これは票を多く集めた者が排除される人狼ゲームではなく、票を与えられた者こそがクラスに残るシステム。


 たとえるなら、小学生の頃ドッジボールのチーム分けでやっていた指名制と同じだ。

 名前を呼ばれた者はチームに引き入れられ、名前を呼ばれなかった者は取り残されていく。


 もちろん、名前が上がる理由は運動神経が良いだけでなく、指名する者と仲が良ければ名前を上げてもらえる確率も高くなる。


 だから、殆どの生徒たちが投票をする前に仲の良いクラスメイトに自身を投票してもらうよう頼んでいた。その代わり、自身もその者に投票するのだ。いわゆる、相互投票というやつ。


 今回は二年生になって一週間目で行われた投票。


 これは、去年仲良くなっていた人脈が鍵となり、その交友が使えるかどうかは完全に進級時のクラスガチャ。


 一年生の時にどれだけクラスメイトたちと仲良くなろうとも、二年生になった時点でその者がクラスに誰一人いなければ、投票はされにくい。


 だから、自分のクラスだけでなく積極的に他のクラスの人とも仲良くなっておかなければならない。


 一年生のとき、昼休みになると他のクラスの奴らが教室にやってきていたのはそういうことなのだろう。あいつら、俺の席に陣取って話していたから俺は泣く泣く中庭で昼食を取る羽目になった。


 そんな俺だったが、なにもクラスガチャに失敗したわけじゃない。


 幸運にも、一年生の時から相互投票で生き残ってきた友達も同じクラスだった。


 そいつがこれまで通り、俺に投票してくれればこんなことにはならなかった。


 まさか……そいつが好意を寄せている女子と同じクラスになっていたなんて知る由もなかった。


 そいつは友情ではなく恋愛を取った。


 その女子は人気が高く、他の人も彼女に投票するであろうことをわかっておきながら、敢えて彼女に投票をしたのだ。


 何故なら、誰が自分に投票してくれたのかは本人に分かるから。


 それは間接的な告白でもあった。


 言うなれば、「好き」とは伝えていないがバレンタインチョコを渡すのと似ている。そして、それだけのために、そいつは俺を切り捨てたのである。


 いや、それなら投票前に言ってくれよ……。そしたら何かしらの対策を取れただろうに。


 そいつが俺を裏切った事実を知ったのは、投票が終わったあとのこと。


 人は恥ずかしいことを隠したがる。いずれバレてしまうような事でも、言わなければならない時間一杯一杯まで保留にしたがる。そうやっていつも取り返しが効かなくなるのだ。


 今回俺はそいつと絶交してやろうかと思った。


 だが、卒業まであと複数回行われる投票のことを考えれば、絶交は思慮に欠けるかもしれないと考えて広い心で許すことにした。……まったく、そいつは運が良い。俺に親友と呼べる人間が少なかったことに感謝してほしいくらいだ。


 そして現在。


 俺は、追放された一組から在籍クラスを変えなければならず、現在新しい教室の扉の前にいる。


――二年六組。これこそが投票されなかった者に与えられる絶望。


 六組は、一組から五組までの追放者たちが集まる教室だ。


 「価値残り」をモジって「勝ち残り」と称し、そこから外れた者たちが集められた通称「負け組」の教室。


 こんな場所で高校二年生という青春を再スタートさせねばならない事に再びため息しかない。

 ため息を吐くと幸運が逃げるというが、既に逃げたあとなのだからいくら吐いたって構わないだろう。


 時刻は朝の七時五十分。


 八時から始まるホームルームのことを考えた完璧な登校。こうすることにより、登校してくる者たちとの不要な会話を避ける作戦なのだが……俺はこのとき、大事なことを失念していた。


「最円薫。初日から遅刻とはな。何か言い訳はあるかね?」


「……遅刻?」


 ガラッと開けた教室の扉。その教壇には既に六組の担任である与那国よなぐにともえ先生がいて、俺を睨んでいる。


 教室内には五つの席だけが並べられており、空席は一つだけ。あとの四つには、既に俺以外の追放者たちが座ってノートと教科書を広げていた。


 待て。ノートと……教科書だと?


「まさか……知りませんでしたなんて言わないだろう? ちゃんと説明はあったはずだが」


 与那国先生の鋭い声音で俺は思いだした。


 六組では、他のクラスとは違うタイムテーブルで授業が進められているという事実を。


「始業開始は何時からか答えなさい」


 俺は観念したように肩を竦めた。


「七時半です……」


「そのとおりだ。まったく、どうしようもない価値無き人間にも居場所を与える、それが社会というもの。君は価値無しとされたにも関わらず、まだそれを自覚していないらしい」


 どうやら、俺はもう一時間はやく登校しなければならなかったということらしい。


「そんな……」


 最初に頭に過ぎったのは、遅刻したことに対する懺悔ではなく桜のことだった。


 七時といえば、俺が彼女と朝食を食べている時間である。


 それを無くさなければならないということに、俺は愕然とする。


 眠たげな瞳で食べ物を小さな口へと運ぶ桜。

 お腹いっぱいになって油断している桜。

 いってらっしゃいを言うためだけに玄関まで見送りにきてくれる桜。


 そんな妹の姿が見れなくなるだと……?


 それは……ダメだ。


「最円、遅刻については昼休み職員室にきなさい。今は授業中だから席につくように」


 ぼうっとする意識の片隅でその声を聞きながら俺は決意する。


 この六組からは一刻もはやく脱出しなければならないと。


 そして、それまでの期間は何が何でも八時に登校してやると。


 妹と授業、その二つは天秤にかけるまでもない。

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