知っていたのに
「突然呼び出して悪かったね。元気だったかな?アマリア嬢」
「はい、陛下」
私は王宮の中庭に面するサロンのソファに座っていた。正面にはクロード陛下と王妃殿下であるシンシア妃殿下が座り、私の隣にはリステンおじさまが座っていた。
カインを怒らせてから一日経っていた。
昨日は明け方近くまで泣いていた為、頭は痛いし目は腫れてパンパンだった。まともに眠れていなかった事もあり、学園はお休みした。
そして今日は学園がお休みだった。私はカインに会えない寂しさと、穏やかなカインを怒らせてしまったショックと、どうすれば良かったのか、これからカインにどう接すればいいのかなど、色々な感情に押しつぶされそうになっていた。
カインが帰った後から降り出した雨は全然止まず、まるで私の気持ちのようだと思っていたところ、王宮に来るよう連絡がきたのだ。
『許さない!!!』
カインの言葉がよみがえった。
カインは王族で、私はその王族に不敬を働き怒らせたのだ。もしかしたら私に何か処罰を与えるのでは、と緊張しつつ全て受け入れるつもりでやってきたのだが。
「愚息がメロディ家で暴れたと聞いてね。すまなかった。怪我はしていないね?」
「そ、そんな、謝らないでください陛下!ケガなんてしていませんし、そもそもカインは、カイン殿下は悪くないんです。悪いのは私の方で…!」
私のせいでカインの評価が落ちている。ごめん、カイン。
私が部屋に閉じこもったあの時、なんとカインは扉に体当たりして壊そうとしたそうなのだ。あの大きな音はその音だった。
「カインとケンカしたのでしょう?ずいぶん荒れていたのよ、あの子」
「も、申し訳ありません」
「咎めたいのではないわ。カインから貴方との仲は良好だと聞いていたから、今回の事はビックリしたの。何があったのか聞いてもいいかしら?」
私は呼吸を整えた。
「…私はこれまでずっとカイン殿下に側にいて欲しいと懇願してきました。優しい殿下はその願いをずっと叶えてくれていたんです。それなのにあの日私は…拒みました。殿下は身勝手な私に怒ったんです」
「その拒んだ理由って聞いても良いかしら?」
「気付いたんです。私の存在がカイン殿下の人生の邪魔をしていると」
「邪魔?人生の?どういうこと?」
王妃殿下が首をかしげる。
「殿下は私の事をいつも優先してくださいます。私もそれを当たり前のように享受してきました。でも、学園で色々な方からご指摘をいただいて……このままではいけないと思いました」
三人の大人たちは静かに私の言葉を聞いていた。
私はいつもより饒舌になっていた。色々あって悩んで疲れているのに、いつも甘やかしてくれるカインには頼れず困り果てていたから。
私は誰かに話を聞いてほしかったのだ。
「あの日も私を心配して、家族との晩餐よりも私と夕食をとろうとしてくれました。でも私は殿下の婚約者でもなんでもありません。殿下を私に縛り付けるのは良くないと思い、帰るように伝えました。そうしたら」
私はどんな顔をして話したら良いのかわからずうつむいてしまった。
「そうしたら…け、けけ、結婚しようと、い、言われました……」
うう、説明のためとはいえ、恥ずかしい……
「まぁ」
王妃殿下が口を押えたのが見えた。陛下とリステンおじさまをチラ見する。おじさまは特に驚くようなそぶりもなく静かに聞いていた。陛下は私を見据えて尋ねる。
「その求婚をアマリア嬢は断ったのだね?」
陛下、求婚って、求婚って言わないで。いや、あってるんだけど。恥ずかしいから。でも、その…求婚も私をほっとけないからっていう理由で言っているだけなの。
そんな理由じゃなければ私はきっと…
「だ、だって私じゃカインの、殿下の婚約者になれないのに、それなのに私の事が心配だからって結婚しようだなんて言わせてしまって…!」
すると三人はぽかんと私を見た。何言ってんだこいつ、という言葉が聞こえてきそうな表情で見つめられる。
え?私何か変なこと言った?
すると陛下が額を押さえた。
「……待ってくれ、アマリア嬢。婚約者になれないとはどういう意味だい?」
「え?」
私は困惑した。その困惑した私を見て、さらに三人が困惑する。
私は言っても良いのか迷ったが、意を決して口を開いた。
「カ、カイン殿下は王位を狙っていると……聞きました。だから、有力な貴族のご令嬢と結婚する、と」
目の前の三人は目を見開いた。
「カインが?!あのカインが??!」
とんでもなく陛下が驚いている。いつも冷静なのに。
「どういうこと?だってあの子は……」
王妃殿下は口元に手を当て何か考えはじめた。
すると、リステンおじさまが冷静に私に尋ねた。
「アマリア様。それは誰からお聞きになりましたか?カイン殿下ご本人からですか?」
「え?」
私は瞳をまたたいた。え、待って。
「……別の方です……カインからは何も―――」
自分でそう言った瞬間、私は青ざめた。
そうだ、私、カインに確認してない!一度も!
王位を狙っているって言っていたのはあのゴージャス美女なご令嬢だわ!
「陛下。第二王子派の貴族の誰かが嘘を吹聴しているのではないでしょうか」
「ああ、それは確かにありそうな話だな。だが、カインは昔から王位に興味がない。いや、そもそもアマリア嬢以外に興味を示したことがないぞ?どこからそんな」
は?今なんて?
私が陛下とおじさまの話にぽかんとしていたところ、王妃殿下が口を開いた。
「陛下、あの時じゃありません?ほら、アマリア嬢をセシルの婚約者にと考えていた時期がございましたでしょう?」
は?セシル?セシルって……カインのお兄様?!
私がセシル殿下の婚約者ってどういうこと?!
陛下がハッとする。
「…そうだ。そのことをカインに知られてしまったんだ。それで、他の貴族もいる場所で告げられた」
『アマリアを王妃に据えるなら、僕が国王になります』
えええええ~~~??!
「セシルを殺してでも国王になるなんて言い出すから肝が冷えたのよ」
「そうだった、そうだった。あの子はアマリア嬢が絡むと、どうもおかしくなるんだよな」
ちょ、え、まっ……。色々聞きたい。えっと、まずは。
「あ、あの、どうして私がセシル殿下の婚約者に、候補に挙がったのでしょうか?」
私が問いかけると三人は黙ってしまった。
え?何?どうしたの?
私は三人の顔を順番に見ていく。すると、おじさまと目が合った。おじさまはそれから陛下を見据えて口を開く。
「陛下、どうでしょう。もうこの際ですから今ここでお伝えしては?」
「そうだな。アマリア嬢ももう成人するのだし」
「これは成人の儀式の時にお伝えしようと決めていたことなのですが」
そう言うとおじさまは私に向き直った。私もつられて聞く体制を整える。
「アマリア様。貴方は神霊歌の加護をお持ちです」
ん?
……んんんんん???
うんんんんんん???!
「え、なっ、え」
何を言われた?私は今何を?!
理解が追いつかない私をしりめに、陛下が話を進める。
「アマリア嬢は覚えているかな?君がライナス達と王宮に来て歌ってくれたのだが」
「は、はい。覚えています」
カインと初めて出会って文通相手になった大切な日だもの。
「実はな、ライナスから相談を受けていたんだ」
『娘が加護を持っているんだが、私ではランクが分からない』
「え?」
「加護持ちは相手が加護持っているのか、持っていないのか、なんとなくわかるらしいわ」
王妃殿下が付け加えて説明してくれる。
「だがな。能力に付随する加護持ちにはランクまでは分からないのだと、ライナスが言っていた。だから、身に宿る加護を持つカインにアマリア嬢を見てもらえないかと相談された。特にカインの加護は見ることに特化しているからな」
「え?だから私は歌を披露することになったのですか?」
カインが同席したのもその為に?
「そうだ」
陛下が頷く。王妃殿下はうっとりと語った。
「あの時の光景は今でも思い出せるわ。室内なのに色とりどりの花びらが舞ってとても美しかった。歌も素晴らしくて幸福な気持ちになったのよ」
「あれは父様の加護の力では?」
「ライナスは途中から歌ってなかったぞ?」
なんだって?!
私は思い出そうとして、気づいた。
「私、瞳を閉じて歌う癖があるからそれで気付かなかったのかな」
すると、またもびっくり発言が飛び出した。
「貴方は瞳を開けて歌っていたわよ?」
ええ?
「いや、そんなはずは」
「もしかして閉じている感覚だったのか?確かにこの世のものとは思えない瞳の色をしていたが」
「ええ、宝石のような虹色の瞳だったわね。神秘的だったからよく覚えているわ」
いやいやいや、本当に私ですか、それ。
でも、それじゃあ、カインがあの時私を凝視してきたのって、つまり……
「カインには見えていたんですか?私の加護が」
「逆だ。カインは何も見えないと言った。カインの加護は上級の中でもさらに強い。なのに何も見えなかったと言っていた。だから君は上級のさらに上、神霊の加護持ちだとあの子はきっぱり言い切ったよ」
そうだ。図書館で読んだ本にそう書いてあったじゃない。
「他にも色々と君の加護について調べた。そして君の加護は神霊歌だと判断し、ライナスに報告したんだよ。それから君の将来についてどうするか話し合ったんだ」
陛下は組んだ手を口元に当てながらため息をついた。
「神霊の加護持ちについては気を付けないといけない部分もあってな。アマリア嬢については検証が不十分なので何とも言えないが、加護の効果が強力で影響範囲も広い。その為に争いの火種になった例や、加護持ちの気分ひとつで国が滅んだなど、まことしやかな話も多いのだ」
おじさまが話を引き継ぐ。
「大々的に発表してはアマリア様を危険にさらすのではとライナス様は危惧していらっしゃいました。ですから慎重に事を運ぼうとしたのです。貴方に伝えなかったのも、幼い貴方が誰かに教えて広まることを恐れたからです」
リステンおじさまは続ける。
「アマリア様のご結婚についても、王家に嫁がせられれば王妃として表立っての護衛が可能です。ですからセシル殿下の婚約者にどうかという話になりました」
王妃殿下が頬に手を添えた。
「でも、その時にはもうカインが貴方に夢中でねぇ」
王妃殿下の言葉に心臓が跳ねた。
「カインは、君と婚約したいと何度もライナスに懇願していたよ。だから私は、君がカインを選んだのなら婚約を許すと約束した。そんなときにライナスと夫人が亡くなってね。カインは毎日、君の元へ通うようになった」
陛下たちの話を聞いて私は呆然としていた。
何それ?カインは両親を亡くした私を、ただ憐れんで優しくしてくれてただけじゃないの?
父様、母様がいたころから、私との婚約を懇願していた?
カインは私の事を……
そんな私に気づいた王妃殿下はそっと尋ねてきた。
「アマリア嬢はカインの事、どう思ってくれているの?」
「私、私は……」
そんなの決まっている。私は彼しか求めていない。
「私はカインが好きです。大好きです!」
私は泣いた。
カインに会いたい。会って謝りたい。
好きだと伝えたい。
許さないと言われてしまったから許してはくれないかもしれない。でもこの気持ちだけは伝えなければ。だって、私は知っている。気持ちを言わなければ後悔する事を。
そして、カインに尋ねたい。
カインは私の事、どう思ってくれてるの?
泣いて嗚咽を漏らす私の隣に王妃殿下が座って、背中をなでてくださった。
私は王妃殿下に泣きながら尋ねた。
「カインは、カインは今どこにいますか?会いたい。う、ひっく…会ってちゃんと謝りたいんです」
すると王妃殿下は申し訳なさそうな、困った顔をした。
「ごめんなさいね。実はあの子、昨日の朝から城を留守にしているのよ。貴方の屋敷から帰ってきた当初は自室でブツブツ独り言を言いながら閉じこもっていたのだけど。朝になって突然、少数の護衛だけを連れて出掛けてしまって。こんな雨の中、学園を休んでまで何をしに行ったのやら」
「一応、その護衛から定期報告は入っているんだが―――」
陛下が言いかけたその時だった。サロンの扉を誰かが叩いた。陛下の侍従が応対し陛下に伝える。心なしか慌てているように見える。
耳打ちされた陛下が驚きの声をあげた。
「……カインが土砂崩れに巻き込まれた、だと?!」
私は知っている。
気持ちを言わなければ後悔する事を。
気持ちとは裏腹なことを言ってしまい、謝ろうと決めていたのに
謝りたかった相手が生きて帰って来てくれなかったことを。
私は、知っていた、のに。
ようやくカインが病んできてるのにそんな話じゃなくて、誠に申し訳ございません。いかがお過ごしですか?
次回はカインさん視点で王子の闇っぽいものをお届けしたい気がします。え?!続き気になります?!そうですか?!きっとなんとかなると思います。
続きが気になる、または面白かったという方はブックマーク、評価をお願いします。
ブックマークや評価をいただけてとても嬉しいです。ありがとうございます!