表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

叫び

「こんなところにいたんだね、リア」


ぶっふぉう。


私はシェフの愛情がたくさん詰まった、たいへん美味なサンドイッチを自身でも驚くほど吹いた。


「カ、カイン……?」


カインは、貴族令嬢らしからぬ行いをした私に少しも動じることなく見下ろしていた。私の背後からベンチを支えにしてのぞきこんでくる。


私は今日も中庭で食べていた。もちろん一人で。


「少し食堂で待っていたんだけど、来ないから」

「…食堂へは行かないって言ったよ…?」

「昨日だけのことかと思ってた」

そう言いつつカインが隣に座った。


あれ、伝え間違えたのかな。私、言いましたよね?


少し離れたところに立っている側近さんを見てみる。……全然目が合わないな。


「リア」

すると、カインが私の頬に手を添えてきた。びっくりした私は視線をカインに移す。


「他の男なんて見ないで。今は僕と話しているんだから」

「ご、ごめん」


カインはたまに変な拗ね方をする。そもそも目が合わなかったんだから、大目に見てほしい。


「もう食堂へ来る気はないの?」

「…うん」

「どうして?食堂は飽きちゃった?」


そうじゃないけど……と、いうか、そういう理由もアリなのか。私は考えていた言い訳を言ってみた。


「……食堂のご飯も美味しいんだけど、お弁当にも憧れがあって…」

「そうだったんだ。でもそれなら食堂でも食べられるよ。持ち込みは許されているからね」


えっ!何それ、知らなかった!


私は慌てた。

「そ、そうなのね。知らなかったな。あの、でも、ここで食べてみたらすごく気持ちよくて、風も日差しも―――」


するとカインは、私の顔を包んだまま親指で頬をなでた。やがてその両手は後ろにずれて、私の耳たぶをふよふよと触ってくる。そして幸せそうに微笑んだ。


「そうだね。とても気持ちいいね」

いや、それ絶対、風の感想じゃないよね。


「でも明日は雨の予報だし、これから暑くなるから、なるべく屋根のある涼しい所で食べたほうが良いと思うな。そうだ!王族専用のサロンはどうだろう?テラスもあるし、風も日差しも感じられるよ」

「な、なに言ってるの?入れるわけないじゃない!」


それこそお呼び出し案件(あーんけーん)!!!


「大丈夫。リアが使えるように申請してあるから」


うああ、そうだ、申請しないと入れな……申請してあるの?!


「リアが食堂で食べていたから、食堂で過ごしたいんだと合わせていたけど、リアがもう食堂に来ないなら僕も行かないよ。明日からサロンにおいで。あっ、場所分からないよね?迎えに行くから教室で待っていて」


あわわわわ~~~!!!


「だ、だめ!」

私は勢いよく立ち上がった。カインはきょとんとして私を見上げる。


「だめ?なぜ?」

「わ、私、王宮の煌びやかな装飾品とか家具とか、に、苦手なの、カイン知ってるよね?!」


メロディ家は貴族だが裕福な方ではなく、つつましやかに暮らしていた。なので私は高そうなものに囲まれると、慣れていないのですごく緊張してしまう。


「もちろんだよ。だからリアが入学する前に、メロディ家をイメージして模様替えをしたんだ。きっと気に入るよ。今から見に行こうか?」


なんて気が利く男なの?!って違う!


模様替え?!なんで??!それって人もお金もめちゃくちゃ掛かってるんじゃないの?!

え、ええ……カインなんで…どうしてそこまでしてくれるの?私のことそんなに心配?


何、私 存在しているだけで人に迷惑かけてるの?心配させてるの?


私は複雑な気分になった。その次に襲ってきた感情は……



なんて情けないんだろう



ああ、なんだか泣きそう。


「リア?どうしたの?……泣いてる?……嬉しくなかった……?」


泣いてないよ。目が潤んでるだけで。ああもう、そんな落ち込まないで。

私は言葉が出せなかった。何か話せば涙があふれてしまいそうで耐えるのが精いっぱいだった。嬉しくないわけじゃない。カインが私のことを想ってやってくれたことだもの。だから私は首を左右に振った。


「…そう?でもリア、顔が暗いよ?何か嫌だったんでしょう?教えて?直すから」



『嫌』





私……自分の事が嫌だ。





そう思ったとき予鈴の鐘が鳴り響いた。頭が急激に冷めていくような、そんな感覚に襲われる。私は頑張って口を開いた。


「カイン…殿下。私、サロンには行きません。教室にも来なくていいですから」


カインの事呼び捨てていた上に、気安い言葉で話していたことを今更反省しても遅いよね。その証拠に目の前のカインが困惑してる。


「リア??本当にどうしたの?何か怒ってる?」


私は否定の為に、ふるふると首を左右に振った。

怒ってない。あなたに対して怒るわけない。


ただ、悲しくて―――……



人に迷惑をかけるしか出来ない私は、カインに心配も気に掛けてもらう価値もない。


カインとは目が合わせられなかった。でも、カインの手が私に伸びてきたのは見えたので後ずさる。そしてカーテシーをした。

私はそのまま走って教室に逃げ帰った。一度もカインを見ないまま。



午後の授業の内容は頭に入ってこなかった。

今日も図書館に行って、今日こそは勉強するつもりだったのにそんな気分になれない。


帰りの馬車に乗った私は、御者に頼んで見晴らしの良い丘の上の公園に寄ってもらった。


公園のベンチに座って、夕日に照らされた街をぼんやり眺める。


私も一応貴族令嬢なので、こんな所でぼんやりするのはよろしくない。御者と護衛の女性騎士様は困った顔をした。その上で、ここに連れてきてくれたのだ。ここなら騎士団の宿舎が近くにあるので、何かあれば助けを呼べるから、と。



ああ、私 本当にロクな事してないな。



私は一人静かに考えたかったのだ。屋敷に帰って考えれば良いのだが、カインが会いに来そうだと思って帰ることをためらった。


私は今後、どうすればいいんだろう。

どうしたら私からカインを解放させられるのかな。


『食堂で過ごしたいんだと合わせていた』

『リアがもう食堂に来ないなら僕も行かないよ』

昼間のカインの声がよみがえる。


ああ、合わせてくれていたんだ。私がいなければ、カインは今もきっとサロンで食べていたってことよね。気づかなかった。だってカイン、いつもニコニコしてたから。

「無理させてたのかな……」



なんかもう、物理的にカイン離れした方が良くない?いや、今までも物理的に離れようとはしてたわ。そう、距離、距離よ。もっと遠くに離れないとダメな気がする。


「…平民」 いや、のたれ死ぬでしょう、秒で。

「…冒険者」 ムリムリ。一人で旅行もしたことないのに。それこそすぐ死ぬわ。

「……修道院?」 あー、一番現実的だわ。あれよね、修道院に行く途中で盗賊に襲われて死ぬやつよ。読んだことある。

私は途方に暮れた。全部死んじゃう。私の想像力がすでに天に召されている。


護衛の騎士様が声をかけてくれたので、私はとぼとぼと公園を後にした。





「おかえり、リア。遅かったね」

「カ…イン?!」


屋敷に着いたらカインがサロンで優雅にお茶を飲んでいた。私は慌ててサロンの時計を確認する。

時計は18時をまわっていた。


おかしい。カインは18時には王宮に帰っているはずなのに。


「カイン、ゆ、夕食は…」

「ん?今日はリアと食べるよ?陛下から承諾は得ているから心配しないで。シェフにも伝えてあるから気にしなくていいよ。さぁ、着替えておいで」

「どうして……」

呆然とする私にカインは近づいてきた。手をにぎられる。


「押しかけるようなことしてごめん。でも、リアの様子がどうしても気になったんだ。僕、心配で」


ああ、また心配させたのか。そうよね。あんな態度、初めてだったもんね。私のせいで、カインの家族との時間を奪ってしまった。


私はカインにどんな顔をして良いのかわからなかった。自然とうつむいた。

「リア?もしかして体調が良くないの?部屋まで行ける?一緒に行こうか?」



「…―――帰って」

「え?」

「帰って。カイン」


このままではダメだ。でも、今から帰ればカインは家族との夕食に間に合う。


そんな思いはすぐに打ち砕かれた。


「無理だ。リアを放っておけない」



なんでよ。



私は笑って見せた。

「私は平気だよ。大丈夫だから。それにね、カイン。婚約者でも妻でもないのにここまでしなくていいんだよ。ほら、早く帰って?陛下たちがきっと待ってる」

「……わかった」


ああ良かった。わかってくれた―――





「結婚しよう。アマリア」



「……は……?」




びっくりした私は目を見開いた。カインと目が合う。にぎっていた私の手を胸の前に持ち上げたカインは、ひどくうっとりとした表情で私を見つめてきた。


「ご令嬢たちに何か言われたんでしょう?僕の婚約者でもないのにとか。だからリアは気にしていたんだね?それなら大丈夫だ。リアが僕のお嫁さんになれば全て解決する」



何を……言っているの?この人は。



私じゃ婚約者になれないんだよね?あなたは王様になりたいんでしょ?カインに迷惑をかけて、心配をさせるしかしてない、こんな私じゃあなたの力になれない。

とうとう、カインにこんなことまで言わせてしまったのだ。


「僕と結婚すればずっと一緒にいられるよ。リアは昔から、僕に『そばにいてほしい』って言ってくれてたものね」


私はその瞬間、愕然とした。


そうだ。

両親を亡くした寂しさから、ずっとカインに言い続けていた。


そばにいてくれ、と。


ずっとずっと、まるで呪いをかけるように。

カインは忠実に、私の願いを叶えようとしているんだ。そして彼は私を安心させるために言うのだ。


『ずっと一緒にいるよ』って。


「本当はね、もっと早くに伝えるつもりだったんだ。だけど陛下が―――」






「もういい」






「え?」







バシッ







私はカインの手を振り払っていた。







「もう、そばに、いなくていい!!!」







自分でも驚く程、大きな声が出ていた。



「リ…ア……?」


私はサロンを飛び出した。急いで自室に帰りたかった。少し遅れてカインがサロンから飛び出す。


「リア!待って!!」


待つわけない。だって涙はもうこぼれているのに。



自室に着いた私は鍵をかけた。よたよたとソファに近寄るが、座れずその場にへたりこむ。もう、座ろうとする気力もなかった。


扉がドンドンと音をたてる。それからドアノブがガチャガチャと鳴った。


「リア?!開けて!ねぇリア、開けてよ!!」


私は声を抑えて泣いていた。カインに聞かせてはダメだ。

「ひっ…う…」


「どうして僕を拒むの?!君は僕を望んでいたんじゃないの??!ずっとそばにいてくれって言ったじゃないか、リア!お願い開けて!!開けてよ!!!開けるんだ!!アマリア!!!」


ごめんカイン。ごめんね。

扉は開けられないよ。だって、私のこんな姿見たら、あなた帰れなくなっちゃう。私、あなたに縋ってしまう。




ダダァン!


すると、突然扉が大きな音をたてた。先程のものより遥かに大きい。びっくりした私は扉を凝視した。



え?何?


「おやめください、殿下!」 リィの焦った声が聞こえる。


ダァン…

扉がまたも大きな音をたてた。扉からきしむ音がする。


何がおこっているの?


すると、バタバタと数人の足音が聞こえた。「殿下、お静まり下さい!」「殿下を抑えろ!」と言っている。


え?カインは扉の前で何をしてるの?



「アマリア!!アマリア!!!」


大きな音はしなくなったが、カインがずっと私を呼んでいる。こんな激しい声、初めて聞いた。そもそも、カインが怒っている場面に遭遇したことがない。これってカインの声だよね?






「アマリアァァァ!!!!!」


「ひっ……?!」



「…認めない!僕から離れるなんて許さない!!」


「カ、カイン?」


どうしよう。めちゃくちゃ怒ってる。

そうよね。ずっとそばにいろって言ったり、もういなくていいって言ったり。


身勝手だよね。


でも私もどうしていいかわからないの。



ただ、ひとつ言えることは


本当はカインと離れたくない


それだけだった。



カインの声が遠ざかっていく。少し時間をおいてから、馬車が屋敷から出ていく音がした。


屋敷は静寂を取り戻した。きっとカインが帰ったのだろう。


私は声をあげて泣いた。

泣いて泣いて、ずっと泣いた。だけど涙は止まらなかった。


カインが恋しい。カインに甘えたい。縋りたい。

でも、もう嫌われてしまった。


これで、良かったんだよ。



父様に教えてもらった『元気の出る歌』を歌ってみたけど元気なんて出なかった。




雨が降り出していた。






この一か月間ヤンデレについて考えてます。いかがお過ごしでしょうか、皆さま。ちょっとはヤンデレになった……のか?

続きが気になる、面白かったと思った方は評価、ブックマークをお願いします。


評価、ブックマークを付けて下さった皆様、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ついに、ついにヤンデレ展開に!!とソワソワドキドキしてしまいました!これからの楽しみです(o^^o)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ