加護
私は次の日から行動を開始した。
まず、食堂へ行くことをやめてみたのだ。
一言にカイン離れといっても、何をすればいいのかわからない。一晩考えて出した結論が『食堂へ行かない』だった。
伯爵家のシェフには申し訳なかったが、簡素なものでいいからお弁当を作ってくれと頼んだ。そして、明日からは毎日お弁当を持っていく事も伝えた。
ランチの時間がやってきた。
私は食堂へは向かわず、昨日ご令嬢方から連れ出された中庭へ直行した。実はあの時、何人か中庭でご飯を食べている人を見かけていたのだ。ちょうど天気も良いし、風も気持ちいい。
ベンチに座って、朝 シェフに急いで作ってもらったお弁当を広げる。両親を亡くしてから一人で食べることが多くて、案外平気だった。
ああ、でもやっぱりカインのニコニコを見ながら食べる方が美味しく感じるかも。
カインは今頃、どうしてるかな。
私の事を待っているなんてことはないよね。
私は今日、いつもより早めに屋敷を出た。カインとは特に約束をしているわけではないのだが、彼は昨日のように私を食堂で待っているようなので一言伝えておこうと思ったのだ。
ただ、直接カインに伝えてしまえば、心配した彼は色々聞いてくるだろう。そしてきっと『心配いらない、大丈夫だよ』と言うに違いない。そうなれば、私の決意も揺らいでしまう。
だから私は、三年生の学年棟のエントランスでこっそり側近さんを待ち伏せて、学園に着いた側近さんに突撃したのだ。側近さんはカインよりも先に学園に来ることは知っていたので私はそれを狙い、無事成功した。
大丈夫。きっと伝わっているはず。
私はランチを食べ終えた後、制服のポケットから一枚の紙を取り出した。中間試験の結果表だ。私なりに頑張ってみたテストだったが、評価は悪くもないが良くもないものだった。
私はぼんやり青空を眺めた。
帰りの時間はどうしよう。生徒会の方がひとまず落ち着いたと言っていたから、また馬車に誘ってくれるのだろうか。乗るつもりはないけれど。
中間試験の結果表に視線を戻す。
図書館にでも行こうか?そうだ、そこで勉強しよう。
学園にも立派な図書室はある。だけど、場所が三年生の学年棟にあるのでカインに出くわす可能性が高い。過保護なカインのことだから、私に付き合おうとしてくれるかもしれない。
私は午後の授業が終わった後、皆がのんびり帰り支度をするなか、さっさと馬車に乗り込んで学園を後にした。カインが一年生の学年棟に訪れて、私を探し回っていたなんて知らずに。
図書館に着いた。
私は席を確保し、参考になる本を取りに行った。すると、とある本が目についた。
「…『加護とはなにか』…」
学園でも加護について学ぶらしいが、私はまだ入学したてということもあり加護の授業はまだ受けていなかった。そもそも加護持ちは数が少なく、学問分野においてあまり重要視されていない。選択授業で選ばない限り詳しく学ぶことはないと、カインが言っていた。
興味をそそられた私はその本を席に持ち帰りパラパラとめくってみた。
本によると、加護には身体に宿るものと能力に付随するものが確認されているとの事。そして加護にはランクがあるらしい。同じ加護でも上級、中級、下級とあり、最も珍しいのは上級の上の最上級。
「ええと、『精霊』と付く加護は上級になるのね。じゃあカインも父様も上級の加護なんだ」
加護については資料が少なく、不明な点が多い。現時点でわかっていることは様々な『奇跡』と呼ぶような不可思議な現象を起こすことと、周囲の人間の身体機能を一時的に向上させ、パフォーマンスを上げることが出来るということだけ。加護を持っている本人ではなく、周りの人間に影響を与えることが多いそうだ。
「その為、加護持ちと判明すれば保護対象となる国も多く散見される…へぇ…」
そのまま、パラパラと読み進めると『精霊眼』のページにたどり着いた。『精霊眼』は割とメジャーな加護らしい。
「なになに、『精霊眼は本来、目に見えないものや事柄が見えるという加護で』……わあ」
それってどうなの?便利なの?
個人差はあるようだが、だいたいが精霊と呼ばれる高次元の存在を確認できるようだ。他にも死んだ人が見えたり、未来が見えるといった例も確認されている、と。カインはどれだろう?そういえば今までカインの加護について詳しく聞いたことなかったな。
「また、精霊も見えるが人の気持ちも見えるといった複合型も稀に存在する……」
ちょ、ちょちょちょま、待って?!
ひ、ひひ、人の気持ちが見えるって何?!
カインどれ?!どれなのぉ??!
私の気持ち、カインにばれてるの?!いや、いやいや、落ち着くのよアマリア!深呼吸、深呼吸!個人差があるって書いてあるじゃない。大丈夫。きっとばれてない。
私は自分に言い聞かせながら、気を取り直して読み進めた。
「残念ながら全てのもの、事が見えるわけではないようだ。例えば精霊眼より格上の神霊の名を持つ加護持ちについては全く見えないと報告されている…。ランクが上の加護の人のは見ることが出来ないんだ」
でも、そんな人いるの?
「なお、神霊の加護持ちについては100年に一人存在するかどうかと言われるほど貴重で、資料がたいへん少なく本書では割愛する……ってちょっと!」
そこ、知りたかった。
その時、閉館5分前の鐘が鳴り響いた。私はあわてて本を戻し帰路についた。結局勉強はしなかった。
「カイン殿下がお見えになりましたよ」
執事のリィが、帰ってくるなり教えてくれた。リィは父様の代からメロディ家に仕えてくれている。何事もそつなくこなすスマートなおじいちゃんだ。
「まだお帰りではないとお伝えしました所、とても残念そうにしておいででした。昼食もご一緒出来なかったとか」
「そ、そうなの。きゅ、急用が入ってしまって……」
どもるな、私。あやし過ぎる。
「本日、お帰りが遅くなったことについてお聞きしても?」
「あ、と、図書館に寄っていたの。……興味深い本を見つけて読みふけてしまって」
エントランスの時計はもうすぐ18時半になろうとしていた。図書館は学園や屋敷とは正反対の場所に建っていたため、馬車で移動しても時間がかかってしまった。
しかし、私の中では予定通りだった。
だって、カインが私の屋敷に寄ることはわかっていたから。
カインが学園に行くようになってから、カインといる時間は極端に減った。するとカインは、学園帰りに屋敷に寄るようになってくれたのだ。もちろん、毎日とはいかなかったけど。
私が学園に通い始めてもそれは変わらなかった。私が先に帰っていれば、時間の許す限りカインは顔を見せてくれたのだ。カインには門限があって、家族思いのクロード陛下が『忙しくても夕食は家族で食べる』とルールを決めたため、夕食の時間である19時には食卓についていなくてはならなかった。
その為にカインは必ず18時には王宮に帰っていた。
だから私は、図書館が閉まる18時ギリギリまでいたのだ。本当は勉強するつもりだったんだけど、ううん、予定通り。
「お嬢様。本日のご夕食ですが、リステン様がご同席なさると、朝にお伝えしたと思うのですが覚えていらっしゃいますか?」
「はっ!そうだったわね!用意してくるわ!」
私は急いで自室に戻った。
「おじさま!」
「こんばんは。お元気そうで何よりです」
私が着替えている間にリステンおじさまは到着してしまった。サロンのソファにゆったりと座る灰色髪の紳士は、穏やかに微笑んで私を出迎えてくれた。
『おじさま』と呼んでいるが血のつながりはない。リステンおじさまは私の後見人なのだ。
両親を亡くした私は、本来なら親戚に引き取られるはずだった。
ところが父様が若い頃、レイシャントは隣国と戦争をしており、また流行り病も重なってたくさんの人が亡くなっていた。父様にも兄弟がいたのだが、結婚前に亡くなってしまったそうだ。
他の親類縁者は、年老いていたり、養う余裕が無いなどの理由で引き取ってはもらえなかった。そうなると母様の親類を頼ることになるのだが、母様はレイシャント王国から遠く離れた国の出身で母様自身、連絡を取っていなかった。
養子縁組の話も大人の事情とかで流れてしまい行き場のなかった私を、陛下は憐れんでくださった。私が成人するまで伯爵位を預かるという形で、王家が後見人となってくれた。おじさまは王家の代理人なのだ。
私に代わって、リィ達を雇用、監督しメロディ伯爵家を運営してくれている。おかげで私は何の憂いもなく学園に通えている。
「学園はいかがですか?楽しまれていますか?」
夕食をいただきつつ、おじさまが尋ねてきた。
「……はい……えっと………ご飯が美味しいです」
「…ああ、それは大事ですね。…お友達は出来ましたか?」
「あ、えっと、あうあ……これから頑張ります」
あ、おじさま、お顔が不安そう!
「頑張る…ですか。そうですね。次の誕生日を迎えれば成人しますし、デビュタントを終えれば夜会のお誘いも来るでしょうから少しでも慣れておいた方が良いでしょう。でも、あまり無理はしないように」
「え、いや、でも」
私、社交も頑張りますよ!おじさま!
「貴方はあまり器用な子ではない。学園に行き始めて間がないですし、慣れない人や環境に自身でも気付かない程疲れていることもあります。辛くなったら、いえ、辛くなる前に周りの人間に伝えるのですよ。貴方はご自身の気持ちをなかなかおっしゃいませんからね。私でもいいですし、リィもいます。今は学園にカイン様もいらっしゃいますから―――」
あああ、おじさま、カインはだめなのー!
「あ、あの…カイン…殿下はそのっ」
「どうかしましたか?」
「どうもしてましぇん!」
噛んだ。盛大に噛んだ。
リステンおじさまはきょとんとしてから仕切り直した。
「小言はこのぐらいにしておきましょうか」
はい、その方向でお願いします。
私は落ち着くために水を一口飲み―――
「では、貴方の婚約者についての話をしましょう」
ごふぅ。
ふいた。盛大にふいた。曲がりなりにも令嬢なのに。
「アマリア様、大丈夫ですか?……リィ」
リステンおじさまに呼ばれたリィがハンカチを差し出してくれる。メイドが背中をさすってくれた。
「学園を卒業後、ご結婚…というのが一番理想的なので、今から婚約者の選定をする方が良いかと。むしろ遅いぐらいなのですが」
「は、い…ごほっ……そう、ですよ、ね」
「貴方の場合、伯爵位のこともあります。この国は女性が爵位を継げませんから、結婚相手が伯爵を名乗ることになりますが……どなたか、気になる相手はいらっしゃいますか?」
そう問われた瞬間、カインの顔が思い浮かんだ。
待って私!何考えてるの?!ダメなんだってカインは!そもそもあの人は第二王子で!!カイン離れするって決めたでしょ、アマリア!!!
顔がふっとうしているのがわかる。
それに、カインとは結婚できないんだよ。カインが望んでいないもの。
そう思った瞬間、シュンとしてしまう。私は心の中で色々言うものの、それらの言葉は自分でもびっくりするほど表に出ていなかった。態度にはでているが。
「やはり私の方で選定しましょう。難しい仕事ですが…」
「あ、あの、その……」
すると、おじさまは眉を八の字に下げた。
「貴方は人に慣れるまで時間のかかる方ですからね。気になっている方がいるのであれば、貴方の負担も少ないかと思ったのですが……婚約期間を長めに取りましょうか」
うああ、そういう心配されてたのか。本当にごめんなさい、おじさま。
カインといい、リステンおじさまといい、めちゃくちゃ迷惑かけてる…もう、自分が情けない。
「実はお一方から婚約の打診を受けているのですが」
はぇ?!誰よ??!
「……アマリア様、座りましょうか」
おじさまが私を見上げた。
あれっ?!いつのまに立ってたの私!?カインの事、叫んでたあの時?!気づかなかった!!
私はスススと椅子に座った。何事もなかったかのように。
「……ごめんなさい、おじさま」
「謝る必要はありません。これが私の役目ですし、陛下からも頼まれていることですから」
「陛下から?」
「ええ、アマリア様が幸せになるようにと」
私は驚いた。そして、疑問に思った。
「どうして陛下は、私を気にかけて下さるんでしょうか?いくら父様が陛下の親友で側近だったとしても……父様はもういません」
おじさまは食事の手をとめ、私を見据えた。
「陛下が第三王子であったことはご存知ですか?」
「えっ」
「昔、大きな戦争をしました。陛下には兄上様が二人いらっしゃいましたが、どちらも戦場でお亡くなりになっているんです」
そうだったのか。知らなかった。
「陛下ももちろん出征なさいました。そして生き残られた。アマリア様のお父様、ライナス様が『精霊歌』の加護を何度も用いて陛下をお守りされたのです」
私は今日一番の驚きに包まれていた。
父様が歌で陛下を守った?!何度も?!
「陛下は義理堅い方ですから。命の恩人でもあり、親友でもある…そんなライナス様の忘れ形見を気に掛けるのは自然なことだと思いますよ。それに……」
おじさまが言葉を止める。私は首をかしげて続きを待ったが
「すみません。この先は貴方が成人してからお伝えします」
なにそれ。すごく気になる。ほんとやめて。教えて。
おじさまは微笑んだ後、会話を他愛ないものに切り替えた。私はおじさまの話に相槌を打ちながら、父様と陛下の話に感動していた。そしてやっぱり、父様はすごかった。
私も誰かに迷惑をかける人じゃなくて、誰かを助けられる人になりたいなぁ。
ふと、カインの顔が浮かんだ。
あ、私と婚約したいって言った人の事、聞きそびれた。
連載形式にしたので、短編では省略しようと思っていた部分を詳しく書いてみました。ただ、勉強不足で、伯爵位うんぬんとか後見人がなんちゃらの部分はふう~んぐらいで流して読んでいただけると助かります。
頭からっぽでごめんなさい。
次からはカインさんも出てきますので、なんか色々すみません。
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