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タンパク質を摂取しよう

作者: 佐藤めぐみ

恋愛小説は塩を吐くほど苦手なので、へったくそです。初投稿で、へったくそです。言い訳ばかりです。

設定はガッバガバです。



 説明


侯爵  位が高い

伯爵  侯爵より位が低い

男爵  伯爵より位が低い




この話は素敵なラブストーリーである。





 









本編



 エラ=サテライトよりも優れた人物はそういない。

 と、彼女は思う。

 そして、彼女以外にエラをそこまで高く評価する人間はいた試しがない。さらに言うと、彼女というのはエラ=サテライト本人である。


「ごきげんよう、エラ様」


 学園のクラスメイトの女生徒が挨拶をしてくれる。挨拶は大事なので、エラもためらいなく返す。


「ごきげんよう、アリア様! 今日のこの麗らかな日差し、私にぴったりのお勉強日和ですわ! あなたの金髪も、お日様に当たって輝いていますわ!」


「ええ、ええ。エラ様にはどんなこともぴったりでしょうとも」


 なぜかクスクスと笑いながら女生徒は友人とどこかにいってしまう。


 エラは伯爵令嬢だった。住んでいるところは田舎だけれど、そこそこ大きな家だと思う。とんでもない美貌と、女神様も腰を抜かしてしまうほどの頭脳をもっているわけではない。どちらかというと、学年の中で十二番目くらいの美貌と、十四番目くらいの成績をもっている微妙少女、略して微少女だ。

 エラは学校でバカにされていた。馬鹿ではないのにバカにされる子というのは一定数いる。そういう子の場合、たいていはいじられキャラであったり、自分からわざとバカにされにいったりしているが、エラは完全に素であった。

 バカにされている理由は、無礼すぎる、自信過剰すぎるというものである。根拠もなくバカにされるというのは、人間ほとんどありえない。



 エラのこんな態度を世に知らしめるきっかけとなったものは、侯爵令息との見合いである。

 数年前、どういったわけか特に目立ったところもない地方貴族の家に、王都の中央にすむ次期国王の側近である美少年の釣書が届いたのである。

 その見合い自体は、理想が高すぎる息子のために国中の令嬢に見合いを申し込んだ侯爵の計らいであったのだが、送られた側は知ったことではない。あわよくば結婚までこぎ着けようと鼻息荒く用意をした。

 領地から一歩も外にでたことのないエラを着飾り、見合い会場まで送り、挨拶が終わり、さああとは若いお二人で、といったところである。


「私、世界で一番素晴らしい人間ですの」

 エラが突拍子もなにもなくこんなことをいった。彼女はこの世に生を預かった時から、自分と言う存在を信じていたのだ。そういう子だった。


「………………は?」


 令息は余所行きの仮面を脱ぎ捨てて、いや、この場合ははがれ落ちて、ぽかんとした。


「ですから、一度しか言いませんよ。素晴らしい私には世界一、といわずとも国一番素晴らしい男性と結婚し、今後も素晴らしく幸せな人生をおくる義務があると思うのです」


 あんまりな物言いに侯爵令息は顎がはずれるのもかまわずに口を大きくあけた。バカみたいに見えるが、彼の心の中では目の前の少女に対して「バカじゃねぇのこいつ」と思っていた。


「どうされたのです、そんなに大きくお口を開けて。おバカみたいに見えますわよ」


 バカ者にバカに見えると言われた侯爵令息は憤り、変わりに頭がひえていった。


(この女、まさかとはおもうが王子妃の座をねらってるのか?)


 頭パッパラパー娘がなれるほど簡単なものではないのだが、なにより友人である王子の好みの顔ではないので不可能だとは思うが、令息はもういいやとおもってはずれた顎をなんとかして微笑んだ。


「そうですか、どうかお幸せに。あなたのような頭があれば、きっと人生幸せにいきることができるでしょう」

(そのおめでたい頭なら、さぞ人生幸せなのでしょうね)


 エラはその言葉を額面通りに激励とかんちがいして、にっこり微笑んだ。


「ありがとうございます。私のように興味すら抱いていない下の身分のものにも驕らず、幸せを願ってくださるなんて。お優しい方ですね。私も、精一杯幸せになれるように頑張ります」


 皮肉すら伝わらず、的外れなことをいう彼女に、心の中で頭を抱える。興味を抱かれていないことがわかるくらいには人の心の機微に聡いはずなのに、自分の行動が常識的か否かはとことん無視するらしい。友達にするのはおもしろそうな子だけど、バカすぎてそばにいたくはないし恋人にしようとは思えないとレッテルをはった。


 そのことをそっくりそのまま王子や友人に伝えると、彼らは爆笑した。


「変な女の子がいたもんだなあ、顔はかわいかったの?」


「中の上から上の下ってとこ。田舎っぽかったのを除けば美少女だったんじゃない?」


「え、意外と高評価? どうしよう狙われてんでしょ、俺。付き合おっかな」


「気違いと芋臭さを抜きにしてももっといい子いるだろ、お前の好みじゃなかったし」


 そんな話が世間に伝わって、あっという間にエラには自信過剰な花畑娘、という認識が定着していた。

 まあ、間違ってはいない。最初の方はどうにかもみ消そうと躍起になっていた両親も、彼女の行動のせいで次第に増えていくその噂を否定するのも億劫になって、伯爵たちは遂に放置した。


 こういったわけで、エラは学園中の人間から頭のねじが飛んでいて、王子と結婚したがっているくせに芋臭い微少女と言われているのだ。


 それから異母妹の必死の苦労によって(「お姉さま、みっともない格好で歩かないでください!」)ファッションセンスが磨かれた彼女に芋臭さはなくなった。しかし領地を出て寮に入り学園に通うようになってから、エラは毎日同じ型の服を着ていた。


「毎日着る服を変えていては、私のファンの方が日々たくさんの写真をとらなくてはならないもの。それってとっても大変だわ。天女のような優しさを持った私は、毎日同じ型の服を着るべきだわ」


 ちなみに、この学園には制服が存在する。そちらを着ろという指摘は、あえてしないでおこう。

 事情を知らない生徒たちは、エラに服もろくに買えない貧乏娘というレッテルを貼り付けた。

 王子は、生野菜をかってエラにあげた。本人は、施しているつもりである。


 その件でエラが王子に贔屓されていると勘違いした令嬢からいじめを食らったこともある。

 放課後の教室、クラスの令嬢に呼び出されて罵られたエラは、申しわけなさそうな顔をした。


「あら、私、やっぱり恨まれてしまったのね。いいえ、心当たりはあるわ。ごめんなさい。美しすぎたところよね」


「ちっがうわよ! あんたなんかより、あんたの異母妹のアイリスのほうが美人じゃない!」


「あらアイリスが美人なのは当然でしょう。でも、人によっては私の方が好みという殿方もい」


「いるわけないでしょ、百人に聞けば二百人がアイリスのほうがいいってこたえるわ!」


「おかしなことを言うのね、百人に聞いても二百人が答えられるはずがないでしょう」


「おかしいのはあんたよ…」


 令嬢が頭を抱えたところで、かつて見合いした侯爵令息が入ってきた。


「これは…、いったいどういう状況なんだ?」


「(侯爵令息の名前)様! 聞いてください、エラ様が私の精神を削ってくるんです! これって、いじめですよね? 私の心は、あふれる悲しみと混乱に乱れっぱなしです。慰謝料、もらえますよね? というより、これは学校で起きた不祥事なので、頼めば学校もお金を出してくれるんじゃ…」


「お待ちになって!」


 エラは声を上げた。


「(虐めてきた令嬢の名前)様、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃなくて。仕方ないわ、私の美しさはどんな人間の心をもやませるもの。いくらあなたが私のことを恋いこがれてくださっているのか、もう十分伝わりましたわ。ああ、でもごめんなさい。あなたの気持ちに答えることができないわ。……あら、でも確か(虐めてきた令嬢の名前)様が怒っているのは、私の美貌が原因ではなかったといっていたわね。…まさかあなた!」


「誓って言いますが私はあなたの性格や根性や頭脳や生き様や声や魂や体に引かれたわけでもありませんそもそも惹かれてません」


「あらそう、じゃあ何でゴミを投げられたり足をかけられたりしたのかしら」


 次期有望株(例の侯爵令息である)の前で悪事をばらされ、真っ青になる令嬢。


 逆に、一つの思いつきに真っ青になるエラ。

(ああっ!なんてこと、この方は私とお友達になりたかったんだわ、クシャクシャになったゴミだと思ってごめんなさい、あれはメッセージカードだったのね。どうしましょう、彼女きっとゴミと断言されて傷ついているわ。こんなに真っ青なんだもの)

 エラは過去、父に炭と断言されて傷ついた誕生日ケーキ作りの思い出を反芻した。


 エラは目元をゆるめ、にっこりと微笑んだ。


「なーんて、気づいておりますわ、(虐めてきた令嬢の名前)。あなたの気持ちは受け取っております。ゴミなんていってごめんなさい。でも、私だからよかったものの気を引きたいからといって足を引っ掛けたらだめよ」


「…彼女は、何か大きな勘違いをしているのではないか、(虐めてきた令嬢の名前)」


「白状いたします。私、エラ様を虐め」


「いうな。彼女に現実を見せることは、現実的ではない」


「あらあら、どうされたのです、マイフレンド。エラ、でよくってよ」


 引きつった笑みを浮かべ、令嬢は言った。


「エラ、これからよろしくね」




 そんなことがあって早一年。エラの異母妹が入学してきた。


 愛する妹の入学式、残念ながらエラは出席できなかった。どういうわけか恋人同士になっていた侯爵令息と令嬢の2人は、生徒会の仕事だとかで出席できているのに。


 物憂げな表情をして、チョコレートジュースが入ったコーヒーカップの取っ手を親指と人差し指でつまみ、飲む。カップを置くとカチャンというかすかな音が聞こえ、ため息をついて外を眺めた。


(優しくて美人で、賢い先輩に見えるかしら。みえるわよね)


 エラは見せつけるように、七時間も前からカフェのこのテラス席を陣取ってため息をついている。これも、新しい後輩に憧れさせるためだ。


(何もしなくても輝く私が切なげにため息をついているんですもの、何人か死にますわね)




「お姉さま!」


 物思いに耽っている風の彼女のもとに、百人とすれ違ったら二百人振り向くレベルの美少女がかけてきた。


 ここで、すぐに反応してはいけない。

 エラはクイッとカップを上げ、ふと、をよそおって顔を上げた。


「あら…。アイリスじゃない」


 異母妹アイリス。鼻を膨らませながら逆立ちをしている顔ですら女神のようとたたえられるほどの美貌を持つ。

 五年前、侯爵令息の見合いがきたときはとても性格が悪かったため、行かせることができずに姉を送った。それはそれで間違いであったが。


 三年ほどまえに、突然「異世界転生したのね、私」てきなことを言い出して、「いままでごめんね」と先妻の娘エラに謝罪してきたが、本当になぜ謝られているかわからなかったエラである。


 ちなみにもともとアリスにする予定だったのを、名前を提出するときAとlの間にインクが滲んでしまい、ごまかすためにiを付け足しアイリスにしたというのはあまり知られていない誕生秘話だ。



 髪を耳にかけ、ごめんなさい、気がつかなくってという。


「お姉さま。本当にその物思いに耽る私って美人!アピールやめておいたほうがいいですよ、イタいです」


 アイリスは歯に衣着せぬ物言いをする。特にエラに対して。

 エラがへこたれることがないとわかっていつつも、注意してしまう。これもまた愛情である。


「アイリス、ありがとう。今まで気づいていなかったけれど、あなたと離れて暮らしてはっきりわかったわ。私にはあなたが必要なの!」


 エラは、一年間とても寂しい思いをしてきていた。からかわれ半分に話しかけられることはあっても、友達が三人しかいないのはとてもつらいことだったからだ。


 本当はもっとたくさんの友達に囲まれて、充実した学校生活を送るはずだった。


(やっぱりもっと親しみやすい性格の方がよかったのかも、いや、でも私は高嶺の花だし…)


「あの、悲劇のヒロインぶるのもやめておいたほうがいいですよ」


「え? 私は悲劇のヒロインではないわ。悲劇なんて移り変わる時代の切れ端でしかない物語のいち登場人物でしかないなんて、あり得ないでしょう? 私は不幸ではないわ。確かに、つらい思いをすることもあったけれど、それも含めて私は常に幸せよ?」


「…本当、おめでたい頭」


 アイリスがため息をついて、どこかに行く。別にいつものことなので気にしない。ちょっぴり悲しいけれど。




 アイリスの方は、姉を心配していた。

 日本から転生したという記憶を思いだした彼女を待っていたのは、異母姉をいじめていたといういやなことと、自分がたいそうな美人であるという確かな自信だった。それからは、かつての故郷を偲び、一日が始まるのが不安でたまらなかった。もちろん現世の環境も嫌いではないのだが、アイリスはスタバの新作がのみたかった。マックポテトが恋しかった。

 幸か不幸か、姉はいじめられている自覚がなかった。猿もびっくりなおめでたい頭を持っていた為である。

 それからのアイリスは、言葉の通じない鶏(姉)を相手にしながら、殿方からの求婚を断ることで日々を過ごしてきた。

 そのうち、悲しみもすっかり忘れてアホウドリ(姉)を相手するのになれていった。

 エラが王都にいってくれて、こちらとしては嬉しかった。それでも一年も離れるとやはり寂しくなるものであり、なにより姉のことが不安で仕方なかった。そう感じてしまうことに悔しさを滲ませながら、複雑な胸中を抱えてきたのである。

 一年ぶりにあった姉があんまりにいつも通りで、むしろ泣けてきた。


(せっかく心配してあげたのにぃ!)

 母親により、姉妹として育てられていないアイリスにとって、エラとは手の掛かる友人のような存在だった。

 ちょっとした再会に喜んでいる自分を否定したくて、ちょっと大きめの石をけ飛ばした。石はアイリスの小さめの足に鈍い痛みを与え、宙をまった。虹のような軌道を描いてツツジの垣根を越えて、石はどすりと音をあげた。

「いっづぅあわあ゛」


 変な鳴き声に、新種の獣かと期待して覗いたアイリスはそこで、頭を抑え恨みがましい目で見つめる男の子をみた。


「…あんた誰?」


「こっちのせりふですよ!」


「え、自分の名前がわからないの? あ、ごめんなさい。きっと石が頭にぶつかってしまったショックだわ。保健室、一緒に行こうか?」


「ちがいます! さすがの僕でも自分の名前くらいおぼえてますよ! あなたが誰で、どういった目的で石を僕にぶつけたのか聞きたかっただけです」


「あらそう。…理由なんてないわ。ついでに、悪気もないわ」


「じゃあせめて謝ってくださいよ…。それで許しますから」


 少年の名前はヘンディといった。

 アイリスと同い年だったが、男爵家の出である。

 なぜ彼がツツジの木の裏でしゃがんでいたのかというと、もちろん盗撮とか麻薬の売買とか、犯罪めいたことではない。

 彼は単に人見知りで、人ごみに紛れていると押しつぶされて死んでしまいそうになるからである。これは冗談ではなく、彼の大叔父の死因はパーティーで隣国の大使館に挨拶されたとき動悸が止まらなくなり心臓がヤバくなったことにある。


 そうやって話をしていくうちに、アイリスとヘンディはお互いの友達一匹目になったのである(エラは数えないものとする)。


 次の日から授業が始まったのだが、アイリスは男除け、とヘンディを連れて歩くようになった。初めての友達に頼られて嬉しくないはずもなく、アイリスについて行くようになったヘンディだが、世の男たちが黙っているはずがない。


「おい、お前ちょっと面かせや」


「ひ、ひいい!?」


 あまりよく知らない強面に話しかけられて、ヘンディは椅子から腰を30センチうかせた。


 ここは食堂、アイリスは来る途中先生に話しかけられたので(姉の対応についての質問であった)、一人で座っていた。


 七人の怖いお兄さんたちに話しかけられて囲まれて、あれ、僕なにかやっちゃった?という気分になる。可哀想である。

 とにかく、ふるえるなか立ち上がろうとしたとき、コーヒーカップの取っ手に自身の手があたり、中のアツアツコーヒーが外にでて、彼は情けなく「あっづぅい!」と声を上げた。


(ああ、僕は死ぬんだ…)


 ヘンディはそのまま気絶した。


「ちょっと、あなた達、ひどいんじゃない?」


 外野が騒ぐ。

 端から見ていたら、七人のデカ人たちが、いたいけなヘンディをどうにかこうにかやっちゃったように見えるのである。


「い、いや、おれなにもしてねぇよ」


 事実である。


「あやまんなさいよ、男子ィ」


 誰々が泣いた、とか、誰々がけがした、とかいうとすぐ責任者に謝らせようとする。

 男子も、自分たちが悪いことをしたようにはどうしても思えないので謝りたくはないが、もしかすると内なる闇の力が目覚めて無自覚に人を傷つけていたかもしれないので、完全に自分たちではないと言い切ることもできない。


 収集がつかなくなりそうだったときである。


「いったい何の騒ぎですか、これは」


 入り口の方で王子の声がした。


 そこにはなぜか王子と一緒に食堂にきていたエラ、侯爵令息、令嬢の四人がいた。

 もちろん王子は場の仲裁をしようと試みるが、何があったか見てもいない人間にどちらが悪いかなどと適当に判断してほしくない生徒たちは、ことごとく王子を拒否した。

 そこでエラは言った。


「みなさま、何があったかは存じ上げません。王子殿下が止められなかった喧嘩を私が止められるはずもありません。しかし、今もっともするべきだと思うのは、倒れている彼を保健室に連れて行くことではありせんか」


 エラは、まともなことをいっていた。しかし今までの印象が悪すぎて、いまおまえの話を聞いている場合じゃないんだわごめん現象が起こっていた。

 つまり、誰も聞いていなかったのである。

 令嬢と侯爵令息、そして偶然そのとき入室していたアイリスの三人だけが、エラの貴重な発言に耳を傾けていた。


 エラは誰が聞いていようといまいとお構いなしに、ことの発端である少年の足をひっつかんで去っていった。さながら死体処理のようだった。多くの人は、エラとヘンディがいなくなったことに気づいてすらいなかった。






 ヘンディが目を開けたとき、真っ先に目に入ったのははがれかけた壁紙だった。


「目は覚めた?」


 右手から天使のラッパのような声が聞こえてくる。騒がしいのか、美しいのか、よくわからない表現だが、アイリスの声はこのようにたとえられることが多い。

 アイリスの方は、彼自身のフライドのためにびびってショックで気絶したことは決していわないように心に決めていた。


「…アイリス、僕はいったい?」


「ヘンディは気絶しちゃったのよ」


「どうしてそ」


「気絶しちゃったの」


「んなことに…」


「…気絶しちゃって、お姉さまがここまでつれてきてくださったのよ」


 それを聞いたヘンディはバネのように跳ね上がった。気絶した理由なんてどうでもよくなっていた。


「え、ええ?おおおおお姉さま!?お、女の子にさわられたの?」


 ヘンディは生まれてこの方、家族、おばあさん以外の女性にふれたことがなかった。もちろん、ふれたいと思われることもなかったため、女性の感触を知らなかった。


「変な言い方しないでちょうだい、別にお姉さまに他意はないわ。あの人自分本位に見えるけど、割と他の人を大事にしてるから」


 他人に厳しく、自分により厳しくの真逆を素でいく人間なのである。


 しかしヘンディは知ったことではない。先ほどから心臓がドキドキしているのだ。


「もしかして…恋?」


「病気なんじゃないの」


「そんな! 僕みたいな人が恋だなんて、しかも目上の立場の人に!」


「だからあんたは病気だって」


「そう、きっとかかってしまうんだ、恋という病に…」


「誰あんた? ほんとにヘンディ?」


 それからというもの、ヘンディは一皮向けた。女子にふれられたのだ! その意識は、彼をよい意味で成長させた。クラスメートととも普通に話せるようになり、彼はだんだん人見知りをしなくなってきた。


 そんなある日、アイリスとその友達とテラスで食事をしていたときである。


「あら、アイリスじゃない」


 エラがやってきた。

 即座にアイリスはヘンディに「お姉さまよ」、と囁いた。


「どうしたの、何を食べているの? あら、そこにいるのはひょっとして、気絶をしていたアイリスの友達?」


 エラがヘンディに目を向け話しかけたが、ヘンディは何も言わない。

 アイリスはいくら猿(姉)に対してでも失礼だと思って、ヘンディを見た。


「…?」


 ヘンディは幸福の絶頂にいた。


 目の前で、天使がしゃべっている。おしとやかで、優しそうで、おまけに美人。こんな人に触られたのか、もう死んでもいい。

 気がつくと息をするのも忘れて魅入っていた。


「おおーい、ヘンディ?」

 アイリスは友人の名前を呼ぶが、全く持って無反応。どうしたのだろうかと思っている間に、エラは「お取り込み中のようだから、またね」といってどこかに行ってしまった。


 エラが見えなくなってようやくヘンディは息を吹き返した。


「どうしたの、あんたらしくもない。あ、ひょっとして幻滅しちゃった?」


「…めっちゃ可愛い」


「は?」


「可愛いじゃないか! アイリスのお姉さんだっていうからてっきりもっと変な人を想像していたのに!」


「あんた割と失礼ね」


 今までエラさんの妹だから変なのを想像していた、と言われたことはあったが、逆は初めてである。


「…好きな人、いるのかなあ」


 自分が素晴らしい人間だと信じて疑っていない姉の伴侶に選ばれるのは不可能だ、といいたかったが、アイリスはその言葉を飲み込んだ。


「そう、頑張ってね」


 ひどく気のない声がでた。言葉のはずなのに、アイリスにはただの音に聞こえた。



 それから、ヘンディはエラとすこしでも仲良くなれるように頑張った。ただ、相手はエラだ。誰もがすぐに幻滅して去っていくだろうと考えていた。

 しかし、エラはヘンディに対してそこまで変な態度をとらなかった。確かに普通はしないような方法で挨拶したし、相手を巻き込まずにただひたすらはなすだけ話しているが、持ち前の自意識過剰発言はちょっぴりなりを潜めていた。

 ヘンディはヘンディで、毎日同じ服を着ていようが、クルクルターンしながら挨拶されようが、中身が入っていないカップでお茶かいをしようが、自分の足のつま先の魅力について小一時間熱弁されようが、エラに恋していた。



 ある日ヘンディは、王子殿下に話しかけられた。ヘンディは気絶しなかったので、きっと成長しているのだろう。


「君は、エラ嬢が好きなのかい?」


「え、ええまあ…」


「そうか! そうかそうか、エラ嬢が、好きなのか! ちなみに、どんなところが好きなんだ?」


「…最初は、ただ初めて触れられた異性ということで意識しているのだと思っていました。ですが、どんな相手にも分け隔てなく話しかけるところとか、相手によって態度を変えない平等なところとか、相手のことを考えて行動するところとかが愛しくて、いつの間にか夢中になっていました」


 王子は、物は言いようだなと思ったが、何も言わなかった。優しい。


「そこだけ聞くと、ものすごく性格がいい女性のように思えるな」


「ええ、だから見ているだけで幸せなんです」


 ぽーっと頬を染めた彼はさながら乙女のよう。王子は適当にあしらって、生徒会の仕事に戻ることにした。


 乙女は、今日も愛しの君に話しかける。



 恐れ多くも王子妃の座をねらおうとするアホと、そのアホを好きになった地味男のことを、生徒たちは表立ってバカにはしなかった。王子と、その側近と婚約者、そして学校一の美女が、彼らの味方になったからである。


 だから、エラもヘンディも、自分たちが周りからどう見られているか知ることはなかった。



 そんなこんなで、一年が過ぎた。二年生になったヘンディには、男の友達ができたが、その日はひとりで週番として日誌を書いていた。



「なあ、来週何があるか知ってる?」

「体育祭だろ、それがなんだっていうんだ」

「ほら、体育祭で使うハチマキに名前を書いてもらうと付き合えるって噂、知ってる?俺、アリア先輩にサインもらいたいんだよなあ」


 クラスメイトのそんな会話が聞こえてきて、ヘンディはふと日誌に書きつけていた手を止めた。


「ああ、聞いたことある。おまえそんなの信じてんの?」

「当然だろ、三年の(侯爵令息の名前)先輩と(虐めてきた令嬢の名前)先輩、つきあってんじゃん。あの人たちもそれが決め手だったんだってさ!」


 ヘンディはエラにサインを貰いたくなった。変な噂を聞いてしまったからというのは少しだけある。悪用しようという気はさらさらない。


 日誌を職員室に届けたヘンディに声をかけたのは、二年生になってから疎遠になりがちだったアイリスだ。


「ねえ、今日うちこない?」


「え、突然なに?」


「来週体育祭あるじゃない、お姉さまのサインほしくない?」


「欲しいよ」


「じゃあうちにきて」


 アイリスについて行くことにした。


 伯爵家は、とても豪華だった。あくまでヘンディの男爵家と比べるとだが。


「あらいらっしゃい、ヘンディ」


 客間に通されたヘンディのもとを訪れたのは、エラだった。

 このときヘンディは、「頑張りなさいね」と退室したアイリスに心から感謝した。


「エ、エエエエエエラ様!」


「ふふっ、私の美しさに舌が回らなくなっちゃったの?」


「(無言のうちに目を閉じるヘンディ)」


 それから、たいていはエラがはなしていた。どんなにばからしい話でもきちんと聞いてくれるヘンディに、エラは気分良く話をした。


 一区切りついたところで、ヘンディは決心して言った。


「あのっ! サインをください!」


「え? いいけど」


 ぱあっ、と顔を赤らめた乙女ヘンディは、自分の懐を弄って顔を青ざめさせた。信号機のようであった。


(ないよー!ハチマキがないよー!)


 なかったのである、懐にハチマキが。

 そして彼は、尻ポケットにハチマキを入れたことを思い出す。


(あ゛、死んだ。ちょっとまてよ、こんなところに入っていたハチマキを彼女に渡すとか、完全にひかれるだろ!どうしよう、ぬくもりが気持ち悪いと感じられるに決まっている!)


 自分でかくものを用意しないヘンディをちらりと見て、エラは懐から色紙を取り出し、なれた様子で書き込んでヘンディに渡した。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 ヘンディは喜んでそれを抱きしめたが、ハチマキのことを思い出し再び顔を曇らせた。

 その様子に気づいたエラは、仕方ないわね、という顔をしてあと三枚サインして渡した。


「特別だからね」といって渡されたサインに涙をこぼさないようにしながらヘンディは歓喜していた。


 こっそりと尻ポケットからハチマキを取り出し、胸ポケットに入っていましたとエラにわたそうといったところで、部屋の扉が開いた。


「サインもらえた?」


 アイリスである。

 彼女はエラの「あげたわよ」という言葉と、ヘンディが握りしめているハチマキを見て、ハチマキにサインしてもらったのだと結論づけた。


「入って良いですよ」


 アイリスのその言葉に入室したのは、この国の王子だった。


「あら、王子。いらっしゃい」


「お邪魔してます」


 親しげに会話するエラと王子の姿に、ヘンディは七人のデカ人の一人、今は友人となった男にいわれたことを思いだした。


《エラ先輩、王子妃の座をねらってるらしいぜ》


 その後しばらく四人で話していたが、ヘンディの舌は紅茶の味もとらえられなかったし、思うように動かなかった。



 


 その晩ヘンディは、自室で逆立ちをしていた。


(先輩、サインくれなかったな)


 正確にはくれたのだが、額縁に飾ってある。


(体育祭、休みたい)


 もし彼女のハチマキに王子のサインなんてしてあったら、涙で校庭をめちゃくちゃにしてしまうかもしれない。


「うわっ!」


 世界が反転して、天井が目にはいる。


 なぜアイリスは王子を家によんだのか。その日に自分を招いたのか。考えても答えは出てこない。

 ヘンディは最近、友人の行動がわからなくなることがあった。


 例えば、窓の外を見て憂鬱そうにため息をつくし、炭のようなクッキーを作ってヘンディに食べさせようとする。そして、やたら感想を求めてくるのだ。


 どうしたのだろう、病かもしれない。




 そんなこんなで一週間が過ぎ、体育祭の本番がやってきた。


 みんなワイワイキャーキャーイチャイチャしていて、頼むからリア充はどこかで禿散らかしてほしい。みんなが呪った。



 体育祭も終盤、ミッションイレブンという競技が始まった。(参加者は七人である)

 これは簡単にいうといろいろなミッションがかかれた紙があり、それをしながらゴールするというものだ。


 ヘンディも参加した。



 七人が一斉に走る、足の遅いヘンディは後ろから二番目。紙を拾って体育委員に渡す。大声でミッションが読み上げられた。


「ブレイクダンス!」


 ヘンディは絶望しながら、なんとなくそれっぽく見えるように頑張って踊った。

 笑われたが、気にしなかった。気にしなかったったら!



 できなかった人が三人いて、ヘンディは四位になった。少なくとも一生懸命やってゴールまで行ったからである。




 三年生の番が始まった。なんと、エラと王子がいる。


 生徒たちは自分のチームを応援しながら競技を楽しんだ。

 ヘンディも、できるだけエラに変なお題が当たらないように願っていた。


「逆立ち歩き!」


「円周率暗証!」


「ながらスマホ!」


「ライバルに対抗!」

 これは王子。


「好きな人に告白!」

 エラのお題だ。

 

「全裸!」


「肘をなめる!」




 ほかのお題もなかなか興味深かったが、六つ目のお題(全裸)を拾ったのが七人のデカ人の一人であったことから、ほとんどの観客が興味をエラが王子に告白することに移した。全裸がもし女生徒だとしたら、教員生徒血眼になって食いいるように見ただろう。




「ヘンディー!好きよ!」

 エラは、告白をした。そして走り出した。ライバルであるエラに負けまいと、王子は走り出した。


「アイリス嬢!好きだ!」


 エラは走りながら対抗する。


「わたしのほうがヘンディが好き!私の話をちゃんと聞いてくれてうれしかった!」

「俺だってアイリスが好き!石みたいなクッキーを作ってくれた!」

「世界一幸せになるためにはヘンディが必要なの!」

「アイリスがいなければ自殺する!」

「ヘンディが私のことただの美しくて聡明な先輩だとしか思っていないのなんて、ハチマキにサインをねだられなかった時点で気づいてた!」

「アイリスがヘンディを好きで、そのおこぼれとしてクッキーをもらってたってことも、知ってた!」

「好きなの!」

「好きなんだ!」

「好き!」

「好き!」


 奇声を上げながらかける彼らを引いた瞳で迎えたのは、ゴールテープ係だった。


 肩で息をする王子とエラは、今更ながらに顔を赤くしている。走ったからだけでないのはなんとなくわかる。しかしかれらの後ろから全裸で筋骨隆々な男が走ってくるので、見ているこちらは真っ青だ。


「(王子の名前)さまっ!」


 アイリスである。これを言ったのが、アイリスである。


「私がヘンディに上げていたのは、毒味用です!」

 ヘンディの協力の結果、炭が石になったわけだ。


 全裸男がゴールした。


「私が本当に心から好きなのは、(王子の名前)様ですっ! 初めて出会ったときから、姉をバカにせずにいてくれて、田舎ものの私にも親切に教えてくださって、貴族にはこんな人たちがいるのかとおもいました!」


 どうやら、一組のカップルが誕生したらしい。みんなが拍手をして祝福ムードが漂う。


「ぼっ、僕も…エラ先輩が好きです! 誰よりも賢くて、優しくて、聡明で、しとやかで、儚げで、耽美で、しっかりもので、頑張りやな先輩が大好きです! 憧れではなく、異性として好きです!」


 周りの人間は拍手した。しないといけないような雰囲気だったからだ。


「エラ、あなた王子と結婚したいんじゃなかったの?」


 令嬢がきく。


「そんなこと言ってないわ! 私の理想は、誰よりも私を幸せにしてくれる優しくてかっこよくて世界一素敵な男性だもの! ヘンディに初めてあったときから、ずっと好きだったわ。私を見ていてくれる、それをしてくれる人を愛さないだなんて、できないわ」

 

 それから閉会式があって、解散したが、みんなはそれぞれ新しい恋人と仲むつまじくすごすことになる。


 呪いが効いて彼らがはげ散らかすかどうかは、今はまだ誰にもわからない。



誤字脱字、読みにくいなど、ごめんなさい。

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