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流星は蒼く輝く  作者: たぷたぷゴマダレ
8/14

第8話【そこに立つ理由】

 ジリジリと、地面を焦がす太陽の光。じめじめとした、気色悪い気温を感じながら、沙紀はベンチに座り込む。


「暑い……」


 休日の駅の周辺は人が多く。ガヤガヤと多種多様な人々が騒いながら歩く。その騒音から逃げるように、沙紀は耳にイヤホンを差し込んだ。

 瞬間、音は聞こえなくなり、1人の世界になる。落ち着いた音楽によって、相変わらず気温の関係で暑苦しいが、だいぶマシにはなってきた。

 1人だけの世界は、好きだった。隣に誰かがいるなんて、そんなこと許されないと思っていた。

 私は弱いから。

 弱い存在は、誰かと共に歩く資格なんてない。また、誰かを傷つけるだけだと。そう思っていた。


 ——わたくしはここにいます。貴方のそばから離れることはありませんわ

なんで……私にそんなに……

だってわたくし。緑川さまのことは大切な友達だと、信じておりますから——


 ふと、頭に蘇るあの日の記憶。言葉を何度も思い返し、顔が熱くなる。暑苦しさとは違う、どこかむず痒くなる熱さだった。


「ち、ちがう……」

「何が違いますの?」

「うわぁっ!?」


 1人の世界に、無理やり入ってきた少女は、大きな麦わら帽子を被りこちらをにこりと見つめている。

 ——彼女の名前は城ヶ崎智代子。有名な財閥の一人娘らしく、文字通りお嬢様。一応正社員の沙紀より、財布は分厚いだろう。

 そんなお嬢様である智代子が、沙紀に絡んでくる理由はわからない。しかし、彼女は理由を聞いても同じことしか言わないだろう。

 友達だから。だと。

 そんな答えは、求めてはいなかった。しかし今は、その言葉がどこか心地よく感じる。変わったのかもしれないし、変わられたのかもしれない。

 智代子の横には、ふらついている女性。紫と、白衣を着た子供のような背丈をしたドクターがいた。

 智代子は駅の方に視線を向けて、口を開ける。


「今日は確か……新しい人たちが来るのでしたっけ? どんな人たちでしょう!」

「……なんで当たり前のようにあなたがいるんですか」

「僕が誘ったんだよ! どんな子が来ても智代子ちゃんなら、すぐに仲良くなれるもんね」


 ドクターが胸を張る。それを見た智代子は腕をまくり「任せてくださいまし!」と大声を張り上げた。

 あたりの視線が少し痛い。沙紀はコホン。と少し大きな空咳をする。


「あはは……みんな元気っスね」

「……紫さん、足。大丈夫ですか?」


 名前を呼ばれた紫は、少し恥ずかしそうに頬をかく。その都度彼女のふらふらとした足取りで、彼女はまだ義足になれてないことがわかった。

 紫はゼロワンという敵に足を粉々に粉砕された。ドクターの力によってすぐに義足がつけられたが、すぐに復帰するのは難しい話であった。

 紫が動けないと、戦えるのは大介と沙紀だけ。そして大介自身はあまり表に出なくて、沙紀も学業と仕事の両立をさせないといけないから、空きの時間ができる。

 故に今回、人員の補充をするのだ。しかも今度は2人も来る。もともと3人で(大介は働かないから実質2人)回すのがおかしすぎただけではある。

 ……仲良くしていいのかな。

 そんなことを考えて、沙紀は心にずしりと重みを感じる。まだ、あれはそこにいた。

 仲良くしていいと思ってるの?

 それはそう言う。沙紀は心臓のところを強く握り締め、目を瞑る。このまま、心臓が押し潰れてしまいそうだった。


「緑川さま?」


 語りかけてくる少女はこっちの気持ちを知っているのか知らないのか。無垢な顔でこちらを見つめている。沙紀は、少しだけ恥ずかしくて、顔を逸らしてなんでもないとつぶやいた。


「あのぉ……」


 少し離れたところから、誰かが声をかけてきた。可愛らしい、女の子の声。沙紀はその声の方に顔を向ける。

 そこにいたのは、リボンやフリルをあしらった可愛らしい服装をした少女。茶色い髪は、目の上まで垂れていて、彼女の目は隠れていた。

 ふわりとした甘い香りが、彼女から漂う。彼女のような知り合いはいなかった気がするが、ほかの人に目もくれず、こちらに声をかけてきたということは、おそらくそういうことなのだろう。


「貴方が……?」

「は、はい! 千枝は、春川千枝っていいます! D•M•Tの有月支部に派遣されてきましたが……あのぉ、合ってますか?」

「あってるよ! こんにちは、ボクはドクター! って、あれ。あと一人は……?」


 千枝はそう言われて、スッ……っと、横にずれる。そして、呆れたような顔をしながら、後ろを指さした。

 そこには、銀髪の青年がいた。V系のバンドのような、チャラチャラとしている格好は、沙紀の顔を引き攣らせる。

 顔はしっかりとした形で、鼻の彫りは深く、二重にもなっていた。キラキラと、目の周りで光っているのは、何かしらの化粧でもしているのだろうか。

 見た目はいいな。沙紀は素直にそう思った。そんな彼は、まるで主人公は俺というように、堂々とこちらに歩いてくる。

 目の前に立った彼は、沙紀たちを見比べていた。そして、一人。紫の前に立ち、彼は懐から赤いバラを一本取り出す。


「ああ、なんて美しい……」

「え、あ……は?!」

「これは失敬、自己紹介を忘れていた。俺の名前は綾部。貴方のような美しい女性に会うために、ここにきたんです。ささ、このバラは記念です」


 綾部はそう言ってバラを紫に差し出した。紫は、顔を赤くしながらも、それを受け取っていた。紫のジャージに、赤いバラは思ったより似合っていた。

 どうやら彼も、新しいメンバーの一人のようだった。綾部。見た通りナンパな性格をしているのだろう。

 彼は沙紀たちの方を向いて、仰々しく頭を下げる。


「こんにちは、小さなお姫様たち。君達もD•M•Tのメンバーなのかな?」


 お近づきの印に。そう言って彼は、一人一人にお菓子を手渡してきた。

 子供扱いなのか、大人扱いされてるのか。沙紀はよくわからなかったが、とりあえずそのお菓子を受け取った。

 それはかわいらしくラッピングされたマシュマロだった。一つ口に頬張り、食べる。ほのかな甘さが、口の中に広がっていく。


「じゃあとりあえず! 有月支部に案内するよー」

「は、初めてくる街なので……な、何か面白いところとかありますか?」

「俺もこの町に来たのは初めてだからね。新しい出会いがあるかもしれない……」

「わかった! でも今日は疲れてるだろうし、とりあえず事務所に案内した後は、手続き終わらせて、また明日から案内するよ! よーし、レッツゴー!」


 ドクターはそう言って先頭を歩き出した。

 綾部と千枝。二人ともキャラが強い。これからこの二人と働かないといけないとなると、それはそれで疲れそうだ。

 その時だった。


「緑川さま!」

「うえ?」


 智代子が沙紀の手を握り、にこりと笑う。

 何をする気だ。しかし、手を振り解くことはできずに、しばらく固まってしまった。

 にこりと笑う彼女の顔は、優しくて暖かい。だからこそ、反応ができずに、判断が遅れる。それを知ってるのか気づいてるのか、智代子はわからない。


「わたくし、緑川さまと遊んでいきますわ!」

「……はい?」

「おっ、行ってらっしゃい!」

「私は、その……」

「いやですの?」


 うるうるとした目を向けられる。身長は智代子の方が低いのだから、上目遣いのような形になる。

 断れない。その目を見た瞬間に全てを悟った。


「……少しなら」

「やたっ! 行きますわよ、緑川さまー!」


 そして風のように二人は去っていく。元気だなぁ。ドクターはそう思いながら、二人の背中を見ていた。

 智代子と仲良くなってから、沙紀もずいぶん丸くなったと思う。このままいい方向に転がるといいのだが。

 しかし、下手に関わるとそれはそれで彼女のことを阻害してしまう。沙紀と智代子。二人で常に高め合ってくれたらいいのだけど。


「……」

「ドクターさん、どうしたんスか?」

「あっ、いや! なんでもないよ! じゃあいこうか!」


 今は見守ろう。

 ドクターはそう考えて、また歩き出したのであった。


 ◇


「ふんふんふーん♪」


 いつもの五倍テンションの高さ。それが今智代子に抱いている感情だった。少しずつ汗が乾いていく手を服で無理やり拭いながら、沙紀は横を歩く智代子を見る。

 そんなに楽しいのだろうか。沙紀自身、自分のことは楽しくないような人間だと思う。態度もそんなに良くはなく、愛想なんてないような人間だ。

 しかし、それでも彼女は沙紀のことを友達だという。お世辞ではない。彼女の目を見れば、それは本心であるとはわかる。

 ならば、私は……


「緑川さま?」

「……は、はい」


 ぼーっとしてた。智代子に声をかけられたが、反応が少し遅れてしまい、焦ったような声が出る。

 智代子はくすくすと笑う。可愛らしい笑顔だが、沙紀は思わず顔を逸らした。


「少し歩きませんこと?」

「……はい」


 智代子は沙紀の横にピッタリと立ち、歩き出す。暑く照りつける太陽は、二人を平等に照らしていた。

 そういえば二人で歩くというのも久しぶりだな。アレは、そうだ。不良に絡まれた時。いや、絡まれに行った時、か。

 あの時は厄介なものに目をつけられたと思っていた。しかし今は、アレで良かったような。そんな気さえしてしまう。


「……熱い、ですわね。夏ももうすぐで始まるのでしょう」

「そうですね……こういう時も、スーツを着ないといけない紫さんたちはすごいなと思います」

「この気温の中、あのスーツを常に下に来てるんですわよね? わたくしだったら、すぐに倒れてしまいそうですわ……あ、そ、そうですわ!」


 智代子はそう言って、こちらを見る。その顔は暑さのためか、少し赤くなっていて、汗もかいている。

 しばらく、口を開けたまま彼女は固まる。何かを戸惑っているようだが、沙紀は待つことにした。

 そして、意を決したように、智代子は言葉を続けた。


「今度、わたくしの別荘に来ませんこと? えっと、海も自然もありますわよ!」

「別荘、ですか」

「ええ、ええ! 紫さまも、ドクターさまも……今日来た皆さんも、大介さまも! みんなみんな呼びましょう!」

「……ふふっ。いいですね」


 沙紀の言葉に智代子は嬉しそうに、手を握り、ぴょんぴょんその場で跳ねる。

 それを見ているこちらも、少しだけ嬉しくなる。別荘か。行けるタイミングがあるかはわからないが、行けるなら行きたいものだな。

 それと同時に、厄介だと思っていた彼女の誘いを好意的に受け止めている自分がいることに気づいて、少しだけ照れ臭くなる。


「あ、緑川さま! 見てくださいまし。アイスクリーム屋さんですわ!」

「……本当ですね。珍しい」


 智代子が指さしたのは、公園に止まってあるアイスクリームの屋台。子供や大人がいて、そこでアイスを注文している。

 気温も暑くなってきているのだから、こういった店も増えていくのだろう。季節の変わり目を感じながら、沙紀はその店を見つめていた。


「わたくし買ってきますわ!」

「え、ちょっ……」


 沙紀が止めるより先に、智代子がその屋台に走っていく。残された沙紀は、追いかけようともしたが、諦めてベンチに座る。

 そういえばあのスーツの二人組はどこに行ったのだろうか。視線を感じるが気配は感じない。どこかで見張っているのだろう。

 沙紀はボーッと考えていた。見張られているのはいい気はしないが、仕方ないのかもしれない。

 いつも通りの日常。これも悪くはないものだな。沙紀はそう考えて、あくびを噛み殺した。


「隣、いいかなあ?」

「……?」


 ねっとりとした声が聞こえた。その声の方を向くと、笑っている口の絵が入ったマスクをつけた、長身の男性がこちらを見下ろしていた。

 ニコニコと、彼は笑っている。座らせたくはなかったが、断るわけにいもいかず、少し横にずれることで意思を示す。


「はは、譲ってくれるなんて……喜ばしいねえ」


 男性は笑いながら横に座った。ベンチは他に空いているところがあるのに、わざわざ横を選んだ理由はわからない。

 何か気持ち悪くて、沙紀は少しだけ嫌な気持ちになる。しかし、ここから動くのは何か違和感がありできない。

 早く智代子が戻らないかな。そんなことを考えていた。


「ねぇ、君。暑い中食べるアイスってすばらしいよねぇ? いや俺も、知り合いがアイス買いに行っててさ……それを待ってるんだあ」

「…………」


 突然話しかけてきた。無視だ、無視。


「俺はねえ。喜ばしいことが好きでさあ……なんていうのかなあ……この世には喜ばしいことがたくさんあると思わない? しかもそれは捉え方で変わる。寒い中食べるアイスも、それもまた喜ばしいようにねえ」

「…………」

「あはは。無視かなあ? まぁでも、それはそれで喜ばしい……かも?」


 変態か? いや、変態だろう。めんどくさい人間に絡まれてしまった。沙紀はため息を態とらしく大きく吐いた。

 春に変な人は現れやすいと聞くが、夏にも出るとは。早く智代子が戻らないかな。そうすれば離れることができるのに。


「……何してるんデスカ、あんたは」

「あぁ、おかえりい! ちゃんと買い物できたあ?」


 しばらくすると、紫髪の幼い少女が、こちらに歩いてきてた。両手にアイスを握りしめて、男性を強く睨みつけている。

 ちらりと。その少女と視線が合う。強いに憎しみを抱いていたように見えた。あの二人は知り合いなのだろうか、まるで正反対だ。

 変な奴らだ。しかし好都合ではある。沙紀は逃げるように立ち上がろうとした。二人に絡まれるのはめんどくさそうだから。


「あぁ、そうそう。ねぇ、キミ。またあとでね?」

「……」


 なぜか話しかけてくる。無視しようと前を向いて「ゼロツーちゃん?」


「!?」


 沙紀は慌てて男性の方を振り向く。なぜ名前を知っている。全てを理解する前に、本能が叫んだ。


「緑川さま〜! バニラ味でよかったかし——」

「くるな!!」


 その声とともに、男性は何かを手から落とした。キラキラ光るそれは、まるでガラスの破片のようで。

 それが地面に当たった瞬間。

 世界が弾けた。


 ◇


 どんよりとした空。重い空気。暑い気温。全てが沙紀にのしかかる。気のせいか、先ほどより服が汗でべったりとひっついていた。

 慌てている智代子もすぐに理解したのだろう。こちらに視線を向けてきていた。心配しているのか、怖がらせているのか。後ろにいる彼女からは視線しか感じない。


「いい顔してるねえ、ゼロツーちゃん」

「あんたなにしてるんデスカ……そんなふうに勝手に行動されると憎たらしいんデスヨ……死んで詫びてクダサイ」


 少女はそう言って男性の背中に蹴りを入れる。痛みで蹲るも、笑うその姿はまるで楽しく遊んでるようにも見えた。

 だからこそ異端。だからこそ、奇妙。沙紀は、じっと前を睨みながら、口を開けた。


「貴方たちは、()()ですか?」

「あぁ、……もう知ってる感じ? 喜ばしいなあ。えっと、じゃあ自己紹介を。俺はサイネ。こっちの子はセキチクちゃんだよお。よろしくね」


 そう言ってサイネは頭を下げて、セキチクはこちらを睨み続ける。サイネにセキチク。聞いたことはもちろんある。

 ゼロワンが言っていた、人工的に作り出した人形の次元獣。それが彼らなのだろう。


「何しに来たんですか」

「そんな怖い声出さないでよお……別に深い理由はないよお? ただまぁ、気になるだけさ……色々と、ね?」


 ピリ……静電気のような緊張感が走る。沙紀は今、この場を切り抜ける方法を模索し始める。

 頭の中身がショートしそうなほど、沙紀の頭は知恵を回す。人形の次元獣なんて、相手にしたことなどない。どんなことをする? どんな動きをする? 全てが未知数。

 沙紀だけなら、考えることは一つだけ。とにかく生きることを優先すれば良い。助けを呼び、逃げ続けて、人数で押す。今なら、大介に千枝もいる。彼らがくれば勝てるだろう。

 しかし今は二人だ。智代子がいる。この時考えることは一つや二つではない。百を超えることを考えなければ、二人とも死ぬ。


「城ヶ崎さん、安全なところに逃げてください」

「……安全なところ……」

「ええ、どこでもいいです。とにかく、安全なところに……では!」


 ダン! 強く踏み込み、一気に加速する。距離を詰めて、サイネの頭に目掛けて足を突き出す。短期決戦。沙紀が選んだのはそれだった。

 スーツはないが、それがなくても沙紀はある程度戦える。基本的な次元獣くらいならば、私服でも勝てるのだ。それをやらないのは、汚れたりするのが面倒だから。

 だからこそ、今回もいけると、そう決めて踏み込んだ。


「危ないなあ……」

「っ!」


 沙紀の蹴りをサイネは紙一重でかわす。

 一度の蹴り。ならば、二度、三度。重ねていくのみ。目にギリギリ見えるほどの高速の蹴りを沙紀は繰り返す。

 雀蜂の針のように鋭い蹴り。過去にそれに準えて呼ばれた時期もあり、沙紀の蹴りは通常時でもキックボクサー並みの威力はある。


「早い早い……やるねえ、ゼロツーちゃん」


 だがそれは当たればの話。サイネは全てを避ける。さらに全て、紙一重。あと一歩、踏み込めば当たるかもしれない。そう思われる距離で避けていた。

 ——焦りが生じ始める。避け続けられ、さらに智代子がいる今。沙紀の心に小さく浮かび上がるそれは、やがて大きな穴になる。


 ガッ


「しまっ——」


 受け止められる位置の蹴り。サイネはそれを片手で受け止めた。体勢を崩し、沙紀は少しふらつく。その間わずか1秒ほど。しかしそれを見逃すようなバカはここにはいない。

 サイネが無防備になった沙紀の鳩尾に肘をめり込ませる。胃の中が潰されて、沙紀は目の前が白く点灯する。

 よろめき、しかし倒れない。歯を食いしばり、沙紀は目の前を向く。倒れたら終わると、沙紀は理解していたから。

 サイネに向かって、沙紀は渾身の蹴りを突き出した。それは、いつもスーツを着て発動する蹴りとほぼ同等の威力である。


「——待ってた」


 その言葉と同時だった。


 グルン。世界が何重にも回転し、沙紀は背中から地面に叩きつけられる。

 ——合気道。予想してなかった攻撃。沙紀の力をそのまま利用し、ダメージに変換された。サイネは避けていただけではない。沙紀の最大の一撃を今か今かと待っていたのだ。そしてそれが来たならば、反撃に転ずるのも、当たり前。

 智代子がいるだけで。そんな言い訳は並べたくない。だが、彼女を傷つけたくないだけで、こんなに動きが悪くなるなんて。

 智代子は逃げてくれたのだろうか。意識が朦朧とする時、ちらりと先ほどまで彼女がいたところを見る。そこには、心配そうな顔をする智代子が立っていた。


(…………は?)


 意味がわからない。なぜ、彼女がまだそこにいる。逃げたのではないのか。安全で、安心できるところに、逃げたのではないのだろうか。

 いや、違う。彼女がどこかにいく音なんて、沙紀は聴いてない。ならば、なぜ彼女はそこにいた。


 ——安全な場所


「……さて、そろそろ……おやあ?」


 痛みがある。

 頭が揺れる。

 世界が揺れる。

 動けるか?

 動ける。

 いいや、動け。


 沙紀は立ち上がり息を吐く。頭が揺れる。体が痛い。しかし、立て。


「なんで立つの? もうボロボロなのに……」

「……あの子の、ためですよ」


 智代子の安全な場所になれ。


 構えをとり、沙紀は息を吐く。逃げるなんてしたくない。ただ、一つ。守れ。彼女を。

 そのために、沙紀は体を奮い立たせる。智代子はそばにいると言ってくれた。安全な場所だと、態度で語ってくれた。ならば、沙紀がやることは一つのみ。


 守れ。彼女を


「く、ふふふ……いいねえ、キミ! 喜ばしいよお……ゼロワンちゃんが入れ込むわけだ……」

「ちょ、ゼロワン様になんて馴れ馴れしい言葉を……!」

「いいじゃん。殺されるわけじゃないし、ね?」


 ちらりと、サイネはこちらを見る。


「今日のところは帰るとするよお……キミ達のこと気になるし。また今度会いに来るねえ。じゃあ、セキチクちゃんよろしくねえ」

「また勝手なこと決めてるんじゃないデスヨ! 憎たらしい……早くシネ」


 セキチクはそう言って、手から煙のようなものを発生させる。煙が消えた時、彼らの姿は消えていた。

 見逃された。

 その事実は、沙紀の頭を強く叩く。そして、糸が切れたように沙紀はその場に倒れてしまった。


「な、緑川さま!!」


 誰かに名前を呼ばれた気がした。それと同時に、沙紀は意識を手放した。


 ◇


「ん、うう……」


 痛みを抑えて起き上がる。キョロキョロとあたりを見渡すと、どうやらD•M•Tの、医務室のようだった。

 見覚えるある天井を見つめながら、沙紀は先程のことを思い出す。

 戦い、そして負けた。

 もし、あのまま続けていたら。沙紀も智代子も無事では済まなかっただろう。人型の次元獣は、ゼロワンに寵愛でも受けているのか、普通の次元獣の何倍は強い。

 せめてスーツさえ着ていれば。沙紀は己の準備不足を呪い、他にもあと四人。人型の次元獣がいることを思い出し、恨めしくため息を吐いた。


「…………」

「……春川さん、看病してくれたんですか?」

「あっ!? え、はい!」


 こちらを見つめていた千枝に声をかける。千枝は慌てて立ち上がり、そのまま勢い余って転んでいた。


「……大丈夫ですか」

「いたた……は、はい。大丈夫です」


 立ち上がった千枝から事の顛末を聞く。あのあと駆けつけてきたドクターと千枝に、救出されたらしい。

 それまで、智代子は沙紀と共に隠れていたそうだ。彼女に助けられたのか。沙紀は少し申し訳ない気持ちになる。

 千枝は沙紀に体に違和感がないか尋ねてきた。沙紀は軽く手を開いて閉じるを繰り返し、大丈夫だとつぶやいた。


「わかりました。じゃあ、千枝はドクターさんに伝えてきますね」

「あぁ、はい。お疲れ様でした」


 逃げるように去っていく千枝を見ながら、沙紀は考える。このままではダメだということを。

 サイネより強い人型の次元獣はいるだろう。もしそれと相手をした時、また負けたら今度は死ぬかもしれない。

 一度、鍛えるべきなのかも。沙紀はそう考えた。

 それと同時に——


(春川千枝……どこかで見たことある気がする……)


 千枝がこちらを見つめてきた瞳は、見覚えがある。それは、記憶の中を漁り、一つだけ、たどり着くが。それは絶対違うと決めつけることもできる。

 だってあの瞳は——


 ◇


「そっか。沙紀ちゃん元気なんだね?」

「は、はい。少し悔しそうに見えましたけど、元気でした」


 千枝はドクターを見つめる。噂には聴いていたが、本当に性別がわからない。子供のように見えるがあれでも50を超えてるらしい。

 いろいろ深く聴きたいが、もしそれがコンプレックスだとしたら、色々と聞くのは失礼に値するかもしれない。

 そんな中、ドクターは紙に何かを書いてまとめてた。おそらく沙紀のことだろう。彼女はなぜあの歳で働いてるかは知らないが、まだ年下の子供だ。色々と、気をつけることがあるはず。


「疲れたでしょ? 今日はもう帰っていいよ。綾部くんも、もう帰ってもらったしね」

「は、はい」


 千枝はそう言われて、頭を下げて外に出る。明日から本格的に仕事をするらしいが、うまく働けるかは正直不安だ。

 D•M•T自体は、資格さえあれば誰でも入れる。千枝もその例に漏れず、育成期間を乗り越えて、今に至るのだ。

 D•M•Tの事務所から出る時、千枝のスマホが音を鳴らす。どうやら、ラインのようだ。スマホを開くと、そこには改めて仕事が決まったことを喜ぶ仲間からのラインだった。

 微笑みながら、千枝はそれを読んでいく。仕事内容は伏せてはいるが、それでも喜ぶ声を見ると嬉しい。果てには今度遊びに来るともいう声も見る。


「……ふふっ」


 千枝は笑った。これならどうにかなりそうだと。頑張って、まともな社会人にもなれたということを証明しないといけない。

 そして、それ以上に【アレ】に合わないといけない。おそらくまだどこかにいるはずのアレ。

 そしてアレの情報は、つい数ヶ月前に後輩からのラインで知った。この辺りで出会い、ひどく痛めつけられた、と。


 ——そ、そんな……あたいが……——

 ——弱い、ですね。暇つぶしにもならない——


 痛めつけられた理由自体は自業自得だ。だが、それでも後輩に手を出したのを、黙って許すわけにはいかない。数年前の記憶を頭に呼び覚まし、彼女は呟いた。


「雀蜂……あたいの後輩に手を出した罪は重いからな」


 雀蜂。それは数年前に死闘を演じ、そして大敗北を喫した相手の異名。千枝はその言葉を何度も呪いのように頭の中で唱えながら、街の中に消えていった。


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