第2話【ヤるか、ヤられるか】
不定期更新にしては遅すぎへん?
「…………」
柔らかそうなベッドの上に寝転がっている少女。沙紀は、天井を見上げながら、息を吐く。
彼女がいる部屋には、たくさんの娯楽道具が置かれている。しかし、それらは全てボロボロにこわれていた。
「気分はどうだ、ゼロツー」
部屋の自動扉が開き、そこから二人の男女が入ってくる。 一人は中年のような雰囲気があり、タバコをひとつ加えていた。
もう一人は若い。おそらく20歳位である女性だ。鉢巻きを巻き、短く切りそろえたその髪は、まるで少年にみえた。しかし、二つの大きく育った胸が彼女の性別を主張していた。
「……貴方達ですか。気分はまぁ、いいと思います」
天井の方を向きながら、沙紀は適当に言葉を返す。
「そうかい。まぁ、それならいいが」
「……偉そうっスね……」
「……何か言いましたか?」
沙紀は短く呟く。
「何か、言いましたか?」
「そ、それは……」
冷たい視線を向ける沙紀にたいして、女性は罰が悪そうに目を逸らして、男性の後ろに隠れる。
男性はため息を一つ吐いて、後ろに隠れた女性の頭を小突く「いてっ」という声が部屋の中に少し響いた。
「このバカのことは後でキツく言っておくからよ……少し、落ち着いてくれないか」
「……まぁ、いいです。私もここで暴れるのは不本意ですから」
沙紀はそう言って、目を閉じた。
「言っておくが、あまり勝手な行動はするなよ」
「わかってますよ」
そうかい。と、男性は一言声をかけて、扉を閉めて出ていった。おそらく、女性もついていったのだろう。
「はぁ……」
元々助ける気のなかった少女。智代子のことを思い出して、沙紀はため息を吐く。
——僕が助けるから——
——わたくしが助けますわ!——
(…………)
智代子と。もう一人の声が、彼女の頭を走り抜ける。そして、沙紀はもう一度ため息をついた。
「……まぁ、もう関わることもない。か」
沙紀はそうに呟いて、夢の中に体を落としていく。明日も学校なのだから、遅れないようにしないと。そんなことを考えていた。
◇
「緑川さま! 今日も一緒に帰りましょう!」
「…………は?」
次の日。授業が終わり帰ろうとした時、沙紀は智代子に声をかけられる。彼女は沙紀の片手を両手で包み込むように握り、満面の笑みを向けている。
沙紀は助けを求めるように辺りを見渡すが、皆何か微笑ましいものを見るような視線を彼女 達に向けていた。
「わかりました……とりあえずここから出ましょう」
「はいっ!」
とりあえずここから出ないことには話は進まない。そう判断した沙紀は智代子引っ張って教室を出ていく。
靴を履き替えて外。歩いてる最中も、智代子は楽しそうに。そして無邪気に沙紀に話しかけ続けてくる。 まるで昨日のことなど忘れているかのように。
「……城ヶ崎さん。少しお話ししませんか?」
沙紀の提案に智代子は目を輝かせてこちらを向いた。
「まぁ! 緑川さまから誘っていただけるなんて……いいですわ!そこの喫茶店でもよろしいかしら?」
智代子が指差すのは沙紀も名前は知っている喫茶店。モチダコーヒー。とりあえず軽く話せればいいので沙紀は何も考えずにうなずいた。
店内に入り、促されるまま二人は席に座る。そして沙紀はとりあえずコーヒー一つを注文しようとするが、メニューに載っている食事の写真に視線が奪われる。
そう言えば腹が先ほどから軽い空腹を主張ししている。ここで食事を済ませるのもありかもしれない。
喫茶店なのだから、量はそんなにないだろう。小腹程度だが、喫茶店の軽食レベルなら多めに頼んでも問題ないだろう。
「あ、緑川さま注文決まりました?」
「はい。そちらは?」
「もちろんですわ! では、早速呼びますわね」
ピンポーン。と、ボタンを押すと店員が一人こちらにやってくる。智代子はアイスココアを注文してるらしい。確か、ソフトクリームが乗っているような写真があった。
少し気になるな。今度一人できたら頼もうかな。
「そちらのお客様は?」
声をかけられて、沙紀はメニューを開く。
「私は とりあえずオリジナルコーヒーと……小腹も空いたので味噌カツサンドを一つ。それと、このモチチキってやつも……あと食後に……このシロノディニッシュってのを一つください」
「かしこまりました」
店員はその言葉を残してさっていく。
智代子は少し驚いたような顔をするが、すぐに小さく微笑み「お腹すいていましたの?」と、聞いてくる。
沙紀は正直にコクリとうなずく。その様子を見た智代子は喜んだような顔になり、口を開けた。
「でしたらこの喫茶店気に入ってくれるはずですわ!」
「はぁ……」
「お待たせしました。こちらコーヒーとアイスココア。それとこちらもどうぞ」
そう言い、沙紀前に出されたのは一杯のコーヒーと豆が入った小袋だった。これをつまみにコーヒーを飲め。ということだろうか。
しかし、それ以上に沙紀は気になることがあった。それは智代子の前に置かれたアイスココア。写真で見たときは、そこまで大きいとは思っていなかったが、智代子の目の前に置かれているのは、まるでパフェのようになっていた。
巨大なコップに注がれたココアの上には、それを隠すかのようにソフトクリームがのっけられていた。大盛りを頼んだろうか。
「いただきましょう!」
「あ、はい」
いただきます。と、智代子は両手を 合わせて呟いたあと、そのココアの上に乗ったソフトクリームをおいしそうに頬張った。
確かにこれなら、大盛りじゃないと楽しめないかもな。そう思った沙紀は運ばれてきた豆を口に入れる。カリカリとした豆の食感は、とても美味しい。
「そうでしたわ。緑川さま。わたくしにお話ってなんですの?」
忘れてた。コーヒーを一口飲んだあと、沙紀は口を開ける。
少し、苦味が広がった。
「貴方の目的はなんですか?」
「目的……?」
智代子はキョトンとした顔をこちらに向けている。シラを切るつもりなのだろうか。沙紀はじっと、彼女を見つめた。
「昨日あんなことがあったのに、私に話しかけてくる意味がわかりません。 普通、もう声をかけないでしょう」
「…………」
「私はもともと不良。それに雀蜂って言われて恐れられていたような女なんですよ。それに次元……いえ、化け物に襲われてもいた。それなのに、私に声をかけた理由はなんですか?」
「……それは……」
「お待たせしましたー味噌カツサンドと コミチキでございます」
ことん。と、話を遮るように、沙紀の前に置かれたそれを見て、沙紀は白黒させる。
香ばしい味噌カツとチキンの香り。しかしそれ以上に気になるのはその量。カツサンドもチキンも、想像の倍はでかい。
あまりにも予想外な量に、沙紀は思考が一瞬止まる。しかし、すぐにコホンと咳をして意識を戻す。
「とにかく。私にこれ以上関わらないでほしいです」
「わかりましたわ。緑川さまがそこまでいうなら、わたくし。あなたに関わることはやめます」
「……そう」
少しは駄々をこねると思っていたのだが、智代子は簡単に沙紀の言葉に頷いた。長引くよりは、マシなのだが。
運ばれていた一口サイズのチキン(と言っても沙紀にとっては少し大きい)を頬張る。肉に染み付いているタレの味が、口の中で一度に広がる。
「ま、それならそれでいいです。早く食事を済ませて帰りましょう」
出された食事を食べて、沙紀はあることを考えていた。思ってた以上の量だ、と。
当初の予定通り持ち帰ろうと彼女は考えている。シロノディニッシュというデザートにはソフトクリームが乗っていたので、持ち帰りはできないとは思うが。
スイーツならそんなに量はないだろう。沙紀はそう呑気に考えていた。
コトン。
「お待たせしました。シロノディニッシュでございます」
「………………」
説明は不要であろう。
沙紀は知らなかったが、モチダ珈琲というのは、喫茶店にらしからぬ大きさの料理を提供している。
おしゃれなファミレス。一部ではそう呼ばれているような店で、軽食と考えていた沙紀の前に並ぶのは、それ一つで三食のうち一つを。いや、人によれば二食程度は終わらせることができるほどだった。
「……城ヶ崎さん」
「はい?」
沙紀はにこりと笑い、口を開ける。
「どうでしょう。昨日あんなことがありました。それに私たちは二度と関わることもないと思います。なので、まぁ。お詫びと言ってはなんですが……これ、食べませんか?」
ススス……と、沙紀は自分の前に置かれた品を全て智代子の方に押していく。
一方の智代子はパァッと顔を輝かせるが、すぐに恥ずかしそうに口を押さえてにこりと笑う。
「ありがたくいただきますわ!……でしたら!」
そう言って智代子はチキンを一つつまようじで刺して、それを沙紀の方に向けた。彼女は変わらずニコニコ笑う。
沙紀はそのチキンと智代子を何度か 見返していると、智代子は口を開けた。
「一緒に食べた方が楽しいですわよ!さぁ、恥ずかしがらずに!」
「…………あぁ」
沙紀は智代子が何をしようとしているかを理解した。そして、伸ばしている爪楊枝をひったくり、そのままパクリと食べた。
ニコニコとこちらを見ている智代子を見ながら食べる チキンは、いつもより味を感じることができなかった。
(まぁ……これでいいのでしょう)
智代子はいつのまにかパクパクと出されていたものを食べ始めていた。彼女は良く食べる方なのだろうか。
しかしもう関わることは絶対にない。沙紀はそう考えていた。
沙紀は、もぐもぐと口の中に入ったチキンを咀嚼する。味は先ほどより鮮明に感じることができた。
◇
お腹が十分膨らんだ沙紀は、智代子に別れの言葉を残してその場を立ち去る。智代子はこちらに向かって手を振った。
これから先、彼女とはもう関わることはないだろう。住む世界が文字通り違うのだから。
だから、沙紀の判断は間違ってないはずだ。道を歩きながら、そう考えていたのだが。
「あの……」
「はい?」
“隣に歩いている智代子”に沙紀は声をかける。そして、その智代子の後ろには先ほどまでいなかったスーツを着た二人の男女の姿が見えた。
「もう関わらないで。と言いましたよね?」
「あら、これは心外ですわ! わたくしは関わろうとしてませんわ。 ただ、わたくしの目的地が緑川さまが歩く先がたまたま同じな場所です」
「……ところで、その目的地は?」
「そうですわね。風の赴くまま……でしょうか?」
「……後ろの二人は?」
「我々はお嬢様がいく先に向かいます」
「そーそー。ま、俺らのことは気にしなくていいよ」
そう言ってにこりと笑う智代子達とは対照的に、沙紀は深いため息をついた。彼女達はこういう人間なのだと。
コンコン。とつま先を数回鳴らした沙紀は、ふぅ。と息を吐く。
「まぁ、それなら……こっちにも考えはあります」
「えっ?」
「また明日、学校で……っ!」
ダンッ!沙紀はロケットのように飛び出し、走り出す。後ろから智代子たちの声が聞こえるが、沙紀はそんなこと気にすることはない。
追いかけてくるなら、それより早く走ればいい。シンプルかつ合理的な解決方法だ。
風のように走るのは、気持ちがいい。人とぶつからないように大通りに出て、人混みの中にうまく紛れた。
後ろからはもう智代子の気配はなく。撒くことができたと沙紀は安堵する。
たーたたたたー♪
その時沙紀のスマホから音が響く。電話か。沙紀は電話主を確認して、また大きくため息を吐いた後 電話に出た。
「はい。こちら……ゼロツー」
「よーやくでたか、ゼロツー。早速で悪いが仕事だ……C-5地区に次元のズレを確認した。頼めるか?」
「はい。ちょうど少しイライラしてたので……」
「それは都合がいい。俺たちも早めに援護に行くから、まぁ無理しない程度にやれよ」
了解です。 と、沙紀は言葉を残して電話を切る。C-5地区。というとここからそこそこ近い距離だ。軽く走ればいつか着くだろう。
C-5。というのは、沙紀達が呼んでいる場所の通称だ。彼女たちが住んでる街を縦横に10等分と考えて、縦から3番目。横から5番目の場所。ということになる。
朝から気に悩むことが多すぎて、沙紀としては何かでストレスを解消したいところだった。そこそこ急ぎ足で、先は目的地まで向かう。
場所までは10分もかからなかった。キョロキョロと、沙紀は辺りを見渡す。今、この場所は普段と変わらないような時間が流れていた。
学生は帰宅途中。小学生の子供は遊びに走り回り、スーツを着た大人はコーヒーを飲んで一息をついている。
しかし、ここには確実に次元の乱れがあるのだ。そしてそれは、沙紀ならばすぐに見つけることができる。
数歩歩き、沙紀はジッと街路樹を見上げる。青々と茂っている木が、街中にどこか自然の空気を醸し出していて、葉が擦れる音があたりに響く。
しかし、一本だけ。奇妙な木が生えていた。ほんのかすかに、木の幹がずれていた。沙紀はそこに手を当てて小さく「ここか」と呟いた。
——次元のずれ。例えば壁がずれている。川の流れが一部だけ逆。と言うように、ズレているところを指していた。そこに、昨日出会った化け物がいる。
そしてそれを沙紀達は退治する。それが仕事であった。
暫くすると、沙紀は一本の棒を突き刺した。すると、その場所にぴしり。と一本の亀裂が走る。
「……さて」
沙紀はそこに手を突っ込む。そうすると、彼女の姿は突然消えた。まるでその亀裂に吸われていくかのように。
「あら……? 確かにここにいたように思えたのですが……」
そのとき、一人の少女の声がした。彼女はキョロキョロとあたりを見渡して、不思議そうに首を傾げていたのだった。
◇
「…………」
沙紀は道を歩いていた。しかしそこは、先ほどのような人の気配は全く無く。沙紀が歩く音だけが虚空に響くだけだった。
しばらく歩いた後、沙紀は鞄から服のようなものを取り出した。
赤いレオタードのようなものに忍者のような 網タイツ。そしてマントや、ペタンっとつぶれた靴のようなもの。
彼女は雑に服を脱ぎ捨てて、それらに身を包む。ぴっちりとした服装に対する違和感は、もう忘れていた。
理屈はわからないが、このレオタードも、防御性能はあり、さらにマントも意味はあるらしい。ちょっとやそっとじゃ傷はつかず、さらに微量の電流が肉体の限界を底上げすると聞いた。理屈はわからないが、いわゆる戦闘服だ。なおこれは沙紀だけのものである。
そしてこれを着た瞬間に、彼女は沙紀からコードネーム“ゼロツー”になる。自分なりに決めたルールと言うものであり、他にコードネームを名乗ってる人は見たことないのだが。
なお、着なくても戦えるのだが、服が破けるのはあんまりよろしくない。ゼロツーはため息を一つついて歩き出す。
誰もいない、次元獣の世界は嫌いではない。むしろ肌にはあっている。しばらく歩きながら、それを楽しんでいた。
「……いましたね」
ゼロツーは立ち止まり、目の前にあるものを見つめて呟いた。 それは枯れ木のようなもの。しかし、それには顔が無数に張り付いていた。
全ての顔は苦痛に歪んだ顔をこちらに向けている。気色悪いな。と、ゼロツーは呟き、コンコン。と、爪先を何度か鳴らす。
「……次元獣退治、やります、か」
ダッ。ゼロツーは枯れ木との距離を一気に詰めた。枯れ木もこちらの行動に気づき、枝を伸ばし、こちらに攻撃を加えようとしてくる。
ゼロツーはそれをチラリと見て、上に飛んで避ける。空を切る枯れ木の枝同士ぶつかり、地面にぼとりと落ちた。
しかし枯れ木はすぐに枝を伸ばした。逃がさないと言うように、空中に飛んだゼロツーに向けて鋭利に尖らせた枝を突き出した。
「当たるか……!」
ゼロツーはその伸ばした枝に合わせるように足を突き出した。足裏に枝が当たるが、ゼロツーの蹴りは、それすら打ち砕く。
もう一本。伸ばされた枝をゼロツーは空中で掴み、引っ張ろうとしたが、びくのもしない。
「だったら……」
ゼロツーはそのまま枝を両手で掴み、思い切り曲げる。固定されていた枝はぱきり。とウエハースを割るような音を出して折れた。
ゼロツーは折った枝を足元に落とす。そして、そのままゼロツーはその枝を次元獣に向けて蹴り落とした。
鋭利に尖っている枝は、まっすぐと次元獣に飛んでいき、投槍のようになったそれは、ぐさりと次元獣に突き刺さる。
「アァァァァァ‼︎」
「不快な声……」
枯れ木の次元獣は、声を上げる。その声は、一つだけじゃない。男、女。老人、子供。色々な声帯をミキサーでかき混ぜたかのような声を出していた。
「さっさと終わらせますか」
地面に降りたゼロツーは、トントンと、数回爪先を 鳴らす。いつものルーチン。蹴り技を打つとき、彼女は常に足を鳴らす。
「っ——!?」
しかし、三回鳴らそうとしたとき、彼女の視界はグルン。と百八十度回転した。顔を見上げると、自身の足に何かが絡まっている。
「根っこ……地面を突き破ってここまで伸びてきた……か」
「アヒャヒャヒャ!!!」
「笑い声も不快ですね……!」
次元獣は、 貼り付けた顔をニヤニヤとしながら、根っこを使い、ゼロツーを地面に思い切り叩きつける。
地面にはヒビが入り、ゼロツーは視界がチカチカと点滅した。
そしてまるで子供がおもちゃで遊ぶかのように、ゼロツーの体は地面に無数に打ち付けられる。
「が、ぐ……!」
立ち直ろうとしても、動きを封じられている今。 ゼロツーはいいように振り回されるだけであり、体は動かない。
そしてゼロツーの自由だった足にも根っこがまとわりつく。彼女はそのまま上に持ち上げられた。
ギリギリ。両足の根っこが、磁石のように反発して離れていこうとしている。徐々に続く痛みは、ゼロツーの口からくぐもった声を出すには十分すぎた。
そしてさらに、残った両手と首にも根っこがまとわりつき、とうとう動くことができなくなってしまった。
「が、ぐ……!」
「ヒャハハハ!!!」
このままだと体が裂けてしまう。ゼロツーは苦痛に顔を歪ませながら、どうにか抜け出す術を考える。
「こんな、ところで……!」
終わってどうする! 自分を責めるが、何も変わらない。どうにもなりないのか。そう考えた、そのときだ。
「なにやってるスかあ!!」
声が聞こえたかと思うと、黒いぴっちりとしたスーツを着た女性が、絡まっていた枝に向かって刀を振り下ろした。
すぱんっ!と綺麗に枝は切られて、ゼロツーはそのまま地面に落ちる。顔を上げると、あのとき朝あった女性が前に立っていた。
「何してるんスか! 油断してるんスか!?」
「大和紫……さん」
「はやく! 相手は自分が抑えるっスから、あんたは……!」
そう叫んで紫と呼ばれた女性は刀を振り回す、襲いかかる枝だけを切り落として、道を作ってくれた。
助けられたのか。そう理解した瞬間、ゼロツーは小さく笑った。
彼女の足が、青く光り始める。 枯れ木の怪物は何かを察したのか、枝を増やし、一気に攻めてきた。
「しまっ——!」
「はぁっ!」
しかしゼロツーはダンっ!と強い力で、飛び上がる。彼女をおいかける枝は、もう追いつけない。危機を察知した次元獣は枝を束ねて自分の身を守ろうとする。
バチバチ。青い光は強さを増していく。空中で回転した彼女はそのまま足を前に突き出した。
「この世界はヤるかヤられるか」
「アァァァァァ‼︎」
「——貴方は、どっち?」
次元獣は枝と根っこ。残った全てをゼロツーにぶつける。対して ゼロツーは足一本でその攻撃を迎え撃つ。
しかし、それで十分だった。
枝をかき消しながら、根っこを弾きながら、ゼロツーは一気に突き進む。流星の如きその蹴りは、次元獣の身体を突き破った。
その勢いのまま地面を削り進むゼロツー。ゆっくり立ち上がったとき、怪人は音を立てて崩れ去っていった。
「……ふぅ」
「あ、あの……お疲れ様っス」
紫。そう呼ばれた女性はこっちにきて、気まずそうにそう呟いた。ゼロツーはチラリと彼女を見た。
危なかった。助けてくれなかったら死んでいたかもしれない。そんなこと言えない彼女は、短くつぶやいた。
「ありがとうございました」
「あ、いや! はは……どういたしましてっス」
笑う紫を見て、少しだけ息を吐くゼロツー。しかし、すぐにちらりと後ろを見て、大きくため息をついた。
「……早く出てきたらどうですか?」
その声を聞いたのか、物陰から一つの影が出てきた。三十代を過ぎてるであろう男性の姿であった。
「お疲れさん。あとでココアでも奢ってやろう。あと、無鉄砲に飛び出すな紫」
「う、面目ないっス……」
「……ココアはもう結構です。ところで、何してたんですか? 大介さん」
大介と呼ばれた男性は「あー」と、一言開けてから口を開ける。
「それはもちろん仕事——」
「私の監視、ですか?」
ゼロツーは冷たく言い放つ。その声を聞いた大介はぴくりと体を硬らせた。ゼロツーの視線は、冷たく。そしてどこか“諦め”を含んでいた。
「……こほん」
男はわざとらしく咳払いをして、ポケットからタバコを一本取り出して、火をつける。
「俺は本当に仕事してたんだぜ? 次元獣の反応があって行こうとしたが、俺より先に紫が飛び出したんだ。俺はサボってたわけじゃあない」
ゼロツーはその言葉に反論しようとした。が、しかし。それより先に物陰からもう一人の影が姿を現した。
その影を見て、ゼロツーは口を開けたまま固まってしまう。 その影は、見覚えがあり。こちらに対しただヒーローショーを見にきた子供のように目を輝かせていた。
「ただの迷子の保護を——」
「すごいですわー!!」
「な、あ……!」
その少女は、ゼロツーに向かって走り出し、そして彼女の両手を握りしめる。 そして太陽のような顔を、ゼロツーに向けて、口を開けた。
「すごいですわ、すごいですわ、すごいですわー!」
「ちょ、なんで城ヶ崎さんが……!?」
「知り合いなのか?そりゃ、よかったな、嬢ちゃん」
無責任に男は言って笑う。ゼロツーの手を包む智代子の手は とても暖かくて。ゼロツーは思わず、思考が止まってしまった。
しかし彼女は落ち着いて智代子の手を振り払う。そして、智代子をとんっと、軽く押した。
「大介さん。彼女は知り合いではないです。早く安全なところに……」
「知り合いでは、ない……!?」
ゼロツーの言葉を聞いた智代子は ふらふらと体を揺らしてその場に座り込んだ。ゼロツーはそんな彼女に対して、少しだけ胸がちくりと痛んだ。
震える彼女を見てゼロツーは「あっ」と声を漏らす、言いすぎたか。そう考えて、沙紀は口を開ける。
「あの……城ヶ崎さん……」
そのときだった。智代子は立ち上がり、こちらを見つめてきた。突然のことで、ゼロツーは体を硬らせてしまう。
「でしたらわたくし達……もう友達ってことですの!?」
「えっ……」
智代子は先ほどより目を輝かせて、ゼロツーに抱きつく。突然のことで頭が回らないゼロツーは、そのまま地面に押し倒される。
「青春だねぇ、これは」
「なんかおっさんみたいっスね、大介さん」
「二人とも、何呑気に……!」
「緑川さまー!」
「この、城ヶ崎さん、落ち着いてっ!」
「愛してますわー!」
猫のようにグリグリと顔を押し付けてくる智代子に対して、ゼロツーがとった行動は諦めること、だった。
異常なほど曇った空を見上げ、早く落ち着かないかな。と、ゼロツーは考えていた。
——数十分後、結局痺れを切らしたゼロツーが智代子を引き離してこの時間は終わりを告げるのだが——