プロローグ
スノーは、森の影に隠れながら進んでいく。
「はぁ……はぁ」
何時間経ったか分からないが、とても足が痛く、走ってるかも分からない。
「ちっ、あいつ何処行きやがった」
あちこちに明かりが付いていて、私を探し回っている。
男なのか女なのか分からないローブを深々と被り、私を追いかけ回している。
私はただいつも通り水汲みをやらされただけなのに、そんな不満を口に出さず、心の中だけで思い留める。
夕方には帰れると踏んでいたがいつの間にか夜になり、ほとんど見えない上に足の感覚が無い、そんな状態で月明かりが照らす広い場所に辿り着く。
「はぁ、はぁ、こ、ここまで来れば…」
「はぁ、とりあえず、撒けたかな?」
いつもの仕事場より大分深い場所に入ってしまったので、もはや道は分からない。木に寄り掛かり落ち着く為に一息をつく。
そして改めて自分の姿を月明かりに照らした。少女は逃げる時に転んだりした時の切り傷が腕や膝などにあり、とても痛ましい姿になっている。そんな状況で逃げ切れるのだろうかと瞳を涙で濡らしながら考えた。
「ふ、ふふ、見つけたぁ〜、こいつは殺しても良いよね?良いよね?うん、きっと良いやつだ〜」
っ!気付かなかった、というか気配が全く無かった気がする。
10歳位の容姿の少女だが、明らかに雰囲気がおかしい。言葉では表現出来ない、そんな恐ろしさが目の前の少女にはあった。
ここから早く逃げなきゃ。生存本能がそう告げている気がする。スノーは土を掴み、少しでも時間が稼げるように少女に投げる。
「へぇ、中々やるね〜」
少女はそんな攻撃を意にも返さず、一歩一歩近付いてくる。
「あれ?足が動かない?どうして」
たった一瞬だが安心した事があだとなり、足が思い通りに動かなかった。
「ふふ、逃さないよ、だって私の新しいお人形さんになるんだもん」
人形を愛でるかのような笑みでゆっくりと近付いてくる。
目の前の少女はどの魔物より怖く、不気味だ。
「ひっ…来ないでぇ…」
足が動かないので手とお尻を上手く使って後退する。
だが、そんな時間稼ぎはすぐに終わってしまう。
「ふふ、もう逃げないの?お人形さん」
歯を食いしばり、時間稼ぎを数分でも出来ないかと模索する。
「あ、あの、どうして私を殺そうとするんですか?」
スノーは質問をする、少しでも生き残る策として考えたがこれしかなかったのだ。目の前の少女が、手を顎に当て考える。私はぬか喜びをする。
「う〜ん、どうしてだろ?楽しいからかな、かな、きっとそうだ、楽しいからだ」
やっぱり、想像通りの答えに絶望して諦める。もしかしたらと淡い希望を抱いたのが間違いだった。
運が無かった、いやずっと運など無かったのだ。この世界に生まれる事すら間違っていた。
「そうですか……なら早く殺して下さい、もう逃げる力も残っていないから」
きっと、抵抗しても無駄、助けも来ないだろう。奴隷みたいな扱いを受けていた私を助ける人なんていない。
だって、これが現実何だから、弱肉強食ってこういう事なのかな?
「ふっふふ、そうね、殺して人形にして、私も帰らないと、もう飽きたし」
私は、目を瞑り、少女に首を差し出す。
「諦めちゃ絶対だめ!私が君を助ける」
暗闇の中でそんな声が聞こえた。多分自分の妄想が生み出した声だ。しかし、いつまで経っても迫って来ない?
さっきの声は本当に助けに来てくれた人、スノーは淡い希望を抱き目を開けた。
目の前には白いワンピースを着た人が剣を構えて守ってくれていたのだ。まるでお出かけをしているそのような格好だった。ふざけているようにしか見えない、でもとても強い気がする。
「クッ、何故だ、私が負けるだと、人形の癖に!」
「人形?えっと、残念ながら私はあなたのお人形ではありませんよ?」
女の人は冷ややかな表情で、言い放った。
金色の髪が月明かりに照らされ輝いた姿は、英雄様の様に綺麗だった。いや本当にあの英雄様なのかも知れない。
「黙れ!お前みたいな私の邪魔する奴は死ななきゃいけないんだよ!」
少女は息を荒げ、怒りを露わにする。私と話していた時の落ち着きが全くなく、髪は意思を持った様に揺れている。
「そうなの?私には良く分からないよ」
女の人は剣を構え、少女を正面から見据える。
「当たらない・・・なぜだ!」
少女は激昂して、やたらめったらに剣を振りおろす。
女の人は、精霊の様にひらり、ひらりと踊るようにすべて躱す。
「何故?何故当たらない!」
「ねぇねぇ、もう止めない?後、そんな言葉遣い駄目だと思うな〜、可愛くないよ?」
女の人はまるで友達かの様に話す。
女の人は戦いは好きではない、本当は辞めてほしいくらいだった、だけど相手は全く聞く耳を持たない、諦めるしか無さそうだと思った。
「やぁぁぁ!」
キィン!剣と剣がぶつかり合い火花が散っている。
話で分からないなら力で分からせるだけ、後ろの子に気を付ければいける。
「か、かっこいい」
素直な感想を話し、目を輝かせる。村に傭兵は居たが汗臭く、この人のように華麗ではなかった。と言うか戦う所より女の人を口説いていた時間の方のが多い気がする。
「ん?そうかな〜?私そんなにかっこいい?」
いまいちぱっとしないのか、女の人は首を傾げ、私を見つめる。
「凄くかっこいい!」
「ふ〜ん、そうなんだ、やったー!」
私に、褒められて女の人は無邪気に喜び、ぴょんぴょんとジャンプして喜びを表現している。そしてその間も全部躱していた。
「化け物め!お前みたいな奴がいるから私達は!」
「私達は何ですか?真っ当な道を進めないですか?」
「そうだ!」
女の人はつまらなそうに呟く。おそらく何度も聞いてきたのだろう、そういう表情をしていた。
「ふ〜ん、まともな努力すらしたこと無い癖に」
「努力だと?ふざけるな!私達がいくら努力しようと結局お前みたいな化け物はそれを差も当然の様に追い越して行くじゃないか!」
女の人は私を見て、微笑んだ。
「何がおかしい?お前もそうやって嘲笑うのか?」
理解が出来ないのか少女は手を前に出し魔術の呪文を唱える。
「何がおかしいか〜?う〜ん、何だろ、やっぱり貴方みたいな文句ばっか言ってる人より私はこのちょこんと座ってる女の子の方が良いって思っただけなんだけど」
少女はあんなに鬼気迫る表情で魔術を繰り出そうとしているが女の人は意にも返さず、微笑む。
何故あの人が微笑んでいるのか、私には良く分からないし、それに少女からすごく怖い何かを感じるから木に隠れてやり過ごそう。
「あまり私を舐めるな、お前みたいな奴も簡単に倒して下さる、あのお方の部下の私を助けてくださる!」
魔術の構成を止め、手を広げ、誰かを崇拝する。敵の前で見せるそれはもはや、異常な光景だった。
「そうなんですか、そんな自慢はどうでも良いのでお家に帰ってくれませんか?もう飽きました〜」
欠伸をしながら背を伸ばし面倒くさそうしている。
きっと女の人にとってはどうでも良い事何だろう。
自分では勝てないと分かったのか、少女は舌打ちをして、森の中へ消えて行った。
「えっと、大丈夫?」
少女が消えてすぐに女の人は私に手を差し伸べ、話しかけてきた。
「え、あっ、だ大丈夫です・・・」
あんな事があったばかりで、ぎこちなくなってしまった。
「ん?そうなの?大丈夫そうには見えないけど?」
女の人は腕組みをして、私をまじまじと見つめた。
「・・・」
「あ〜、うん、ねえ君、家に来ない?」
「えっ?あなたのお家にですか・・・」
意外な事を言われ驚く。そもそも誰かも分からない人に家に来ない?とか誘ってくる人初めて見た。
「そう、私の家だよ?・・・あっ!そっか名前、名前教えてないよね、私はレーテ・クロースです!よろしくね」
「私は、スノー・リンデです、よろしくお願いします」
軽く自己紹介をする。恐らくこの人は人の心情なんて気にしない人なのだろう。そう感じがする。
「あっ、でも、村に」
「良い事教えてあげるよ、君の村の住人放棄して逃げて行ったよ、村もあのローブの人によって焼き払われた」
悔しそうに、手をギュッと握り、血が出ている。
「それが、良い事ですか?」
「・・・うん、あなたにとってはだけどね」
スノーは、そんな女の人を見て決心した。この人を信じて家に行ってみようと。誘拐犯かも知れないけど戦いの時に見せてくれた優しい目を信じて見ることにする。それに村が無いのなら住む場所が無いのだ。
疲労で足がふらふらなのを察して、おんぶをしてくれた。
「あっ!後ね、家じゃこんな感じじゃないからね、こんな言葉遣いしてるのはここだけだから、内緒だよ」
人差し指を口に当て、必死にだめだよ!と教えてくれる。何故駄目なのかはスノーには分からないが助けてくれたのでうんうんとうなずき、納得する。
女の人・・・レーテさんは見ず知らずの私を助け、おんぶまでしてくれた。
そして私を助けてくれた、白いワンピースを身に纏った姿のレーテさんはまるで英雄様見たいと再度思ってしまうのだった。
それと、レーテさんのお家に行っても迷惑掛けないようにしないと、なんて事を考えながらレーテさんの背中におんぶされ歩いて行った。