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ふわっとした短編集

転生病

作者: 蟹蔵部

病は気から。

 気が付くと、何もない真っ白な空間に立っていた。いや、立っているのかどうかも曖昧だ。自分の体を見下ろしても、そこには発光する光の玉があるだけで、肉体と呼べるものはなかった。不思議と不安はなく、何か予感めいたものを感じていた。

 しばらく周囲を歩き回っていると、にわかに目の前が眩しく輝きだし、光を纏った美女へと姿を変えた。


「○○さん、あなたは勇者として選ばれました。異世界へ転生し、魔王を倒してください」


 これは!?異世界転生の王道!勇者転生!!


「渡ることになる異世界の言語と読み書き、常識はわかるようにしておきましょう」


 異世界スターターパックも完備!


「さらに望まれるなら、何かひとつ能力をさずけることが可能です」


 更にチートまでとは!異世界で無双だ!……


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 ピッピッピッ。

 薄暗い室内に電子音が響く。電子音に合わせて、何かの波形がディスプレイに写し出されている。


「今日も、一人患者が増えたんですか?」


 疲れを隠しきれない若い医師が、ベテランの医師に尋ねた。


「ああ、相変わらずだ。減る様子はない……」

「そうですか……」


 ため息をつきながら、若い医師は病室に目を向けた。病室の壁には、ずらりと患者の眠ったベッドが固定されており、まるで遺体安置室のようだった。もちろん、患者は全員生きており、そこが大きく違うのだが、漂う雰囲気は遺体安置室のそれと良く似ていると若い医師は思った。


 ここに収容されている患者は、全員同じ病気に罹患している。すなわち、自己仮想現実没入症、通称〈転生病〉である。

 この病気は十代から二十代前半の仮想現実(VR)ネイティブに多く見られる。

 実際に、この病室に収容されている百数十名全員がVRネイティブである。自己仮想現実没入症の患者たちに共通して見られる特徴として、作られるVRが転生を行うものである、ということが挙げられる。それゆえ転生病と呼ばれているのだ。


 病室へと入った医師たちは、室内灯のスイッチを入れ、手慣れた様子で患者の様子を確認してまわる。患者にはバイタルを確認するためのいくつかの機器が装着されているが、その他には治療するための機器や投薬のためのラインは接続されていない。眠っている様子は全くの健康に見えた。数か月、あるいは、数年に渡って眠ったままの患者も同様だ。


 この転生病、いや、VRの最も大きな特徴は『VRが現実の肉体に作用する』という点だ。この現象は、初めて全感覚型VR機器が発明されてからすぐに報告された。VRで運動を行うと、現実の身体にも筋線維の断裂が起こり、超回復によって筋力が増したのである。他にも、限度はあるがVRでの怪我が肉体に再現された事例や、逆に怪我が治癒した事例が報告された。


 しかし、無から有が生み出されないように、例えばVR空間で摂取した食べ物は現実には存在せず、体重が増えたりすることはない。だが、転生病は違った。

 転生病の患者は、ある一定周期でどこからか栄養を摂取していたのである。空気中や患者に直接接触している物には、そのような栄養素は含まれていない。つまり、転生病は無から有を生み出している。


 これには、世界中のあらゆる機関が目を付けた。無から有を生み出せるとあっては無理からぬことであろう。国によっては非人道的な研究も率先して行われたという。しかし、あらゆる機関の優秀な研究者が力を尽くしても、転生病の原因や治療法、そして、無から有を生み出す方法は見つからなかった。最初の症例報告から十余年、転生病はまさしく不治の病として、この病院では患者の受け入れだけを続けている。


「よし、バイタルは正常。さっさと帰るぞ」

「はい、わかりました」


 患者の様子を確認し終えた医師たちは、足早に病室を後にした。


「あの子たちは、一体どんな夢を見ているんですかね?」


 チラリと病室を振り返った若い医師が訊ねた。


「さあな。目を覚まさないってことは、現実よりも楽しい夢なんだろうよ」

「それがVRであってもですか?」

「そうだな……。VRネイティブにとっては、VRと現実との差なんて無いのかもな。勉強も遊びもスポーツも全部VR。VR様様だ」


 皮肉を込めてベテラン医師は笑った。


 急速に普及した全感覚型VRは、軍事・医療・行政・教育・娯楽、あらゆる分野に取り入れられた。そうして生まれた世代がVRネイティブである。

 VRの学校に通い、VRの公園で走り回り、VRのゲームを遊ぶ。現実で活動する時間よりも、VRにいる時間の方が長いのである。


 転生病とVRとの因果関係は、公式には認められていない。これは、多分にVRのメリットを考慮した政治的判断が含まれている。

 交通事故で亡くなる人がいても、車が無くならないように、VRも無くならないだろう。


 我々にできることは、眠った人々が目覚めることを待つだけ。

 無力感にさいなまれる時期はとうに過ぎた。今は淡々と、日々のチェックを行うだけである……。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 ピッピッピッ。

 医師たちが去った病室に、電子音が響く。身動ぎもしない患者たちのなかで、不意にひとつの影がもぞりと動いた。


「……知らない天井だ」


 呟きつつ、よっこいしょと上半身を起こした。


「ここは?病院か?……ということは、地球に帰ってきた?」


 キョロキョロと辺りを見渡した後、何かを確認するように、手を閉じたり開いたりしている。


「魔素が、ある……」


 少しだけ思案するように動きを止め、人差し指を立てて静かに呟いた……。


『火よ』


 人差し指の先に小さな火が点った。薄暗い室内がゆらゆらと小さな火に照らされる。

 火を見つめる男の顔は、ニヤリと笑っていた。


「ハハ。アハハハハ!」


 人差し指の火が消えるのと同時に、男の姿も病室から消えていた。


最後の男の子は、ちょっとテンション上がっちゃっただけで、別に悪い子ではないです。


全感覚型VR:五感全てをシミュレートするVR。簡素なヘッドギアでできる。

転生病:自分で作りだしたVRから帰ってこない病気。寝ているだけでいたって健康、栄養はどこかから補給、不治の病。

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