ヤ リ ナ オ シ
「そんな顔で見るなよ」
恨めしげにねめつける息子の顔から目を反らした私は、タオルで顔を拭いて洗面所から出た。
†††††
「残念ですがお父様は助かりませんでした」
私の横で年配の男が誰かに話しているのが聞こえる。
泣き崩れた女性の声には聞き覚えがある。妻だ。
たしか私は息子と車に乗っていた。
事故だろうか?変な運転はしていなかったはずだが。
お父様ということは私は死んだのか。
年配の男は医者?
お父様はということは息子は生きてる可能性が高い。
ならいい。
私は暗く深い眠りについた。
死後の世界というのは思ってたより不便なようだ。
何も見えず。喋れず。動けない。
私は地獄に落ちたのか?
生前そんなに悪い事をした覚えは無いが。
そばにいるように聞こえる妻の子守唄だけが慰めだ。
もっと歌っておくれ。息子をあやしていたときのように。
ぴくり、ぴくりと肉が動くのを感じる。
体はもう無いはずなのに。
暗闇の中私はまた眠りに落ちる。
ゾワリ、ゾワリと誰かか私の体を触る。
いや触っているのは魂だろうか?
天使か、悪魔か。何も見えない。
あれからどれだけ経っただろうか。
私は私の体を取り戻した。
再び四肢を感じる。
なるほど、死者の国は遠いと聞く。
やっと私はたどり着いたのか。
あとはこの顔を覆う布さえ取れれば。
なぜか、細かい作業ができず手で布が取れない。
†††††
「まだよ、まだまだ。もう少し我慢して」
妻の弾んだ声がする。
私は起き上がった姿勢で顔が段々と軽くなっていくのを感じた。
「まだ目を開けないで」
あの日声を聞いた年配の男もいるようだ。
「では、少しずつ目を開けて」
医者の言葉で私は光を得る。
薄暗い病室。
妻と年配の医者、ナースが何人か。
カメラと録音機を持った人間もいる。
皆嬉しそうな顔で私を取り囲んでいる。
「君は最新のAI手術マシンで処置された最初の患者だ」
医者が誇らしげに宣言して私の手を握る。
「どうだい。ちゃんと感覚はあるかね?」
興奮しているのか少し熱い手を私は離した。
「彼の回復状況はあとで確認しますが、命は助かったと間違いなく言えます」
手を離された彼は突き出された録音機に向かって演説を始める。
「・・・当病院の開発したAIによる全自動手術機は脳と脊髄の縫合さえやってみせます」
少々早口の演説はクライマックスをむかえて落ち着いた。
「では、もしかすると脳の移植も?」
録音機を構えた男が質問する。
「ええ、技術的には可能です。倫理的な問題がありますからできませんがね」
ハッハッハと医者が笑う。
「どうしたの?××××」
妻が私を息子の名で呼んだ。
私は笑いながら泣いている彼女に向かって真実を伝えるべきだろうか。




