成る程ね。
秀一が入寮した翌日、いよいよ静嵐高校の入学式が行われる。
真新しい制服に身を包んだ生徒達は校舎横に張り出された掲示板で自分のクラスを知る。
「俺も1年C組か...教室はどこにあるんだ?」
秀一は自分の名前を見つけると学校案内図を見ながら呟いた。
「秀ちゃんおはよ!」
不意に後ろから背中を叩かれるが秀一は振り返る前に誰が叩いたか分かっていた。
「痛いぞ」
「返事をしなかった罰だよ」
「したぞ」
「『すまん』だけなんて酷いよ!その後すぐ電話したら電源切ってるし」
昨日の返信に少しお怒りの愛佳だ。
「すまんな、携帯を荷物に入れて発送していたの忘れていたんだ」
「携帯を持ち歩かないなんて、信じられないよ」
「そうか?」
先日まで携帯を持たない生活をしていた秀一にしたら何が信じられないかが分からない。
「今携帯は?」
「寮に置いてきた」
「やっぱりね」
秀一の返事に呆れる愛佳。
「どうやってクラスのみんなと連絡先を交換するつもりなの?」
「何で連絡先を交換しなくてはいけないんだ?
毎日顔を会わせるのに」
秀一の態度に愛佳は何を言っても無駄と覚る。
「まあ良いわ、ところで同じC組だね!」
「そうなのか?」
「私の名前を見てないの?酷いよ!」
「冗談だ」
実は愛佳の名前を見つけていたが秀一はからかったのだ。頬を膨らます愛佳の頭を優しく撫でる秀一。
「ふえ~」
忽ち顔を綻ばす愛佳だった。
秀一は愛佳の機嫌が直ったようなので寮の位置を一緒に学校案内図を見て確認する。
「男子寮は右側だな」
「うん」
「左側と言わなかったか?」
「言ってないよ、ちゃんとお茶碗を持つ手の方に向かってと言ったでしょ」
「だから左だろ?」
「秀ちゃん左利きでしょ?」
確かに秀一は左利きだが、世間の人達は殆どが右利きだ。秀一は昔から『お箸は右でお茶碗は左』と世間で教わって来た。
ましてや右利きの愛佳が秀一の利き腕を基準に話をしてるとは思いもよらなかった。
「今度からお箸とかお茶碗じゃなく、右、左と言ってくれ」
「よく分からないけど何かあったの?」
「余り言いたくない」
間違って昨日女子寮に入ってしまった事は大勢の人がいるここで話さない方が良いと秀一は思った。
「教えてよ」
愛佳は納得しない、玲美と秀一が別れてから愛佳は秀一の全てを知りたいと願っている。そんな愛佳を見て秀一は言った。
「誰もいない所で教えてやる」
(え?誰もいない所で何を教えてくれるの?
告白、まさか?)
またしても愛佳の頭は妄想を始める。その様子を見て秀一は溜め息を吐く。
「おい!」
「え?」
「教室に行くぞ」
「待って~」
先に校舎に向かい歩く秀一を追いかける愛佳だった。
校舎に入って愛佳は秀一の腕を取り教室に向かう。
初めて入った校舎内、秀一はどこに何があるのか分からず愛佳のリードに任せて歩いている。
「ここだよ!」
「詳しいな」
「男子寮でも昨日歓迎会で校舎の案内したでしょ?」
「いや俺は昨日の昼に着いたから歓迎会には出てない」
「そうなの?」
「ああ」
「道理でキョロキョロしてると思った」
愛佳は少し呆れた顔で秀一を見た。
「さ、入ろ!」
愛佳は元気に教室の扉を開ける。
「おはよう!」
「おはよう愛佳ちゃん!」
「愛佳ちゃん昨日はありがとう」
愛佳が教室に入ると忽ち数人の女子に囲まれる
「もう友達が出来たのか?」
「うん昨日の歓迎会でね」
(成る程、歓迎会で友達になったのなら今愛佳と挨拶した女子はみんな寮の子達と言う事か)秀一は納得した。
「ちょっと愛佳ちゃん...」
「何?」
「ちょっと、ちょっと」
数人の女子に愛佳は手招きされる。
「あの人誰?めっちゃ格好いいじゃない、紹介しなさいよ」
「へへ~、でしょ?幼馴染みの秀一君だよ」
「嘘?幼馴染みと同じ高校?羨ましい!」
何かひそひそ話を始める女子達、秀一は愛佳が楽しそうに話しているので一人自分の席を探す。
「お、ここだな」
秀一は自分の名前の書かれた紙の貼っている席を見つけて鞄を置いた。
「よう、男前」
後ろの席の男子が声をかけるが秀一は気づかない。
「おい?無視か!」
苛立たった声で秀一に怒鳴ると周りの生徒がざわついた。
「俺か?」
「お前だよ!さっきから呼んでるだろ!」
「すまんな、男前なんて名前じゃないんでな」
秀一の返事に周りの生徒が思わず笑う。
「ふざけんな!」
「止めろよ涼二!」
勢いよく立ち上がる涼二と呼ばれた男の知り合いらしい他の生徒が止める。
騒ぎに気がついた愛佳が慌てて秀一の前に立つ。
「ごめんね、秀ちゃんは何時もこんな具合なの、悪気は無いのよ」
「何だよ、女の子に助けて貰ってんのか?
お前もこんな情けない奴より俺と付き合えよ」
涼二が愛佳の手を握ろうとした。
「おい」
秀一の態度が一変する。
「秀ちゃんダメ!」
「大丈夫だ愛佳」
秀一は愛佳を見て笑う、その目を見て愛佳は安心する。
(大丈夫だ秀一は本気じゃない)
「な、何だよ愛佳がそんなに大事か?」
既に秀一の変化に怯えていた涼二は止せばいいのに更に秀一を挑発した。
「うるさい...」
秀一は睨みつける、亮を睨んだ時より少し力を入れて。
涼二は忽ち腰砕けになり床にへたりこんでしまう。
しかし周りの生徒には秀一が涼二をただ見ていただけにしか見えなかった。
「もういいか?」
秀一は優しく涼二に言った。
すっかり怯えた涼二は無言で教室を出ていった。なぜかトイレの方に向かって。
「お腹が痛かったからイライラしていたのね」
愛佳は敢えて軽く言って雰囲気を変える。
「何だ体調が悪くて絡んだのか」
「全く困った奴だな」
忽ち教室の雰囲気が明るくなった。
「本当に愛佳は凄いよ」
そんな教室の雰囲気に秀一は呟いた。
その後入学式の時間となり、講堂に生徒が集まり滞りなく式は終わった。
式の後新入生は再び教室に戻り、担任が簡単な自己紹介をしてその後生徒の自己紹介へと続いた。自己紹介の後他の生徒から3つまで質問を受けるスタイルだ。
「青山愛佳です、西山中学校から来ました。
宜しくお願いします」
出席番号1番の愛佳から始まった
愛佳は所謂ゆるかわ系美少女(本人は否定している)なので男子からの質問が飛ぶ。
「好きな食べ物は?」
「甘い物全般です」
「苦手な物は?」
「食べ物では苦手な物は有りません。何でも食べます」
「最後の質問です好きな人は?」
「内緒」
最後の質問に愛佳は内緒と言いながら秀一を横目でチラっと見る。
秀一は欠伸をしていた。
愛佳は小さく溜め息をして席に着いた。
その後、次々と生徒の自己紹介か続き秀一の番になる。
「広田秀一、西山中学校です。宜しく」
女子から質問が飛ぶ。
「彼女はいますか?」
いきなりのストレートな質問だ。
「今はいません」
秀一も律儀に答えた。
女子達が色めき出す『秀一はフリーだ!』
「好きな人のタイプは?」
少し秀一は考える。余りタイプ等に頓着しないのだ。
「あ、それじゃ苦手なタイプは?」
「裏切る奴」
秀一はキッパリと言い切った。
これは苦手な女性のタイプでは無く苦手な人間のタイプと言う意味で答えた。
先程の涼二の1件で嫌な記憶が蘇ったのだ。
「何だよ、女に浮気でもされたのかよ。
やっぱりだらしねえ奴だな!」
秀一の後ろから馬鹿にした様な声が掛かる。
何故かズボンの代わりにジャージ下に履き替えている涼二だ。
教室内の生徒達から涼二に向けて非難の目が注がれる。
しかし秀一は到って平常心だ。
玲美の事は興味を失ったからである。
「こら本多!」
担任から叱責の声が出たが涼二は涼しい顔だ、しかし次の瞬間、涼二は先程に似た視線を感じる。
愛佳だった....
涼二は忽ち椅子から転げ落ちて教室を出て行く、またトイレに向かって。
「まだお腹が痛いみたいね」
愛佳はサラリと言った。
「またかよ?」
秀一は愛佳にあわせて呟くと教室は笑いに包まれた。




