待ってたよ。
「兄ちゃんまだかな?」
「真夏、もう来る頃よ落ち着きなさい」
私がそわそわしながら、言うと麻里ちゃんは『仕方ないな』って顔で笑う。
けど麻里ちゃんだって右手で頻りに髪を掻き上げてる、あれは少し焦れてる時の仕草だ。私には分かってるんだよ。
昨日、急に筋肉...いや斎藤さんから電話があって兄ちゃんのクラブでトラブルが発生したから急遽地元で服飾部の部員さん達数人が泊まり込みで文化祭の作品を製作する事を知らされた。
兄ちゃんは8月の盆明けから2週間の帰宅予定だったけど10日間の延長だ!(イャッホー!)
10日間、斎藤さんの工場に通うらしいが勿論私も一緒に行く。
私は余り手芸が得意では無い、ミシンも踏めない。でも関係ない、行くったら行く。
(麻里ちゃんは手芸もミシンも料理も出来る完璧女子だから心配ない)
麻里ちゃんにも斎藤さんは電話をしていたみたいで、しばらくすると麻里ちゃんから私に電話が来た。
私と麻里ちゃんはすぐに会う約束をして手芸部の皆さんを迎える為の日用品を買いに行った。
男の人には分からないだろうけど女の子には準備しなければいけない物が沢山あるんだよ。
ホームセンターで買い物を済ませた私達は部屋の掃除をするため麻里ちゃんの家に向かった。
(私の家の準備はお母さんに任せた)
麻里ちゃんは家族が転勤で今家にいるのは麻里ちゃんだけだから部屋は空いている。
(勿論麻里ちゃんの両親には許可は取ったそうだ)
来客用の布団を干したりシーツを洗ったり、忙しいけど充実した時を昨日は過ごせた。
「ねえ真夏、私の頬腫れたり青アザ残ったりしてない?」
「大丈夫だよ、何時もの綺麗な麻里ちゃんだよ」
麻里ちゃんも昨日から何度も私に頬の確認をしている。
女狐にひっぱたかれたのはもう2月前なのにね。
「あ、来たよ!」
「本当!」
私が車を見つけると麻里ちゃんも珍しく大きな声をあげた。
あの車は見覚えがある。斎藤さんのお父さんの車だ、斎藤さんが道場に来た時に見た事があるから。
車は私達の前に止まり後ろの扉が開く、私も顔見知りの服飾部の部員の皆さんが降りて来て私達は挨拶をした。
最後の方になってお待ちかねの人が降りてきた。
「兄ちゃん!」
私は我慢できず駆け寄った。
「ただいま」
兄ちゃんは何時もの笑顔で私の前に来た...何故かニット帽を被って。
「秀一」
麻里ちゃんが静かに兄ちゃんの前に来た。
「なんだ」
「何故帽子を被っているの?」
「寒いからだ」
「今8月だよ」
底冷えのする麻里ちゃんの声、兄ちゃんの目が泳ぐ。他の人には分からないだろうけど私や麻里ちゃんには分かる、兄ちゃんは激しく動揺している。
「あ、あの麻里ちゃん...」
続いて最後に降りてきた愛佳ちゃんが何か言おうとしているが私達にはどうでもいい。
意を決したように兄ちゃんはニット帽を脱ぐと額に大きな絆創膏が貼られていた。
「兄ちゃんどうしたの?」
私は涙声で兄ちゃんに尋ねた。
「転んだ」
「嘘」
兄ちゃんの言葉に麻里ちゃんは即座に否定した。私もそう思う。
「後で説明するよ」
兄ちゃんは気まずそうに言った。
「そうね、まずは皆さん荷物を降ろして下さい」
麻里ちゃんは静かに部員達に声をかけた。
一旦麻里ちゃんの家に全員が集まり荷物を降ろすと車は帰って行く。
帰り際に斎藤さんのお父さんが
「秀一君頑張れよ」
そう声を掛けて行った。
作業は明日からの予定だ、これから麻里ちゃんの家で泊まる家の割り振りをする。
私と麻里ちゃん、愛佳ちゃんの家は歩いて10分以内の場所にあるから移動は楽なんだよ。
みんな麻里ちゃんの家に荷物を降ろしてリビングに集まった。
「さて、説明して貰いましょうか」
麻里ちゃんが兄ちゃんに説明を迫る、怖いよ麻里ちゃん。
「俺が話そう」
「黙れ筋公!」
「はい」
代わりに立った斎藤さんを麻里ちゃんが一喝、物凄く怖いよ麻里ちゃん。
「分かった...」
兄ちゃんは静かに麻里ちゃんと私に説明をした。
愛佳ちゃんが最初は手芸部にいた事、からかわれて退部した事、(そんな中でも麻里ちゃんを助けてくれたんだね、他の服飾部の部員達がいるから兄ちゃんは言わなかったけど時期が一致するよ)
手芸部を操る悪い奴から演劇部と服飾部のみんなを救う為兄ちゃんは戦ったのか!
兄ちゃん、名誉の負傷だね!
しかし不意打ちとはいえ兄ちゃんに怪我を負わすなんて相手もやるな...
まあ相手を脱臼させたらしいが、よく兄ちゃんが収まったな。多分キレて無かったのかな?
本気でキレた兄ちゃんは...滅茶苦茶怖いからな。
「分かった」
兄ちゃんの説明が終わり麻里ちゃんが静かに呟いた。
「愛佳...あなた、そんな大変な目にあってたの...それなのに私の為に...」
「麻里...」
抱き合う2人、お?麻里ちゃん愛佳ちゃんを不問か?
「でもこれはダメ!」
「いてて!」
やっぱり兄ちゃん絡みはダメか、麻里ちゃんのアイアンクロー、愛佳ちゃんでもこれは痛いだろうな。
「で秀一、傷痕は残らないよね?」
制裁が終わって部屋の隅に蹲る愛佳ちゃんをやってから、麻里ちゃんが兄ちゃんに聞いた。
(そうだよ、それが一番聞きたかったんだよ!)
「ああ、髪の生え際だから目立たないよ」
「良かった!」
「良かったわ!」
兄ちゃんの言葉を聞いて私と麻里ちゃんはハイタッチを交わした。
「兄ちゃん!生え際が下がっても気にしないからね!」
「ええ、秀一、生え際が下がって傷痕が見えても気にしないわ」
私と麻里ちゃんがそう言うと兄ちゃんは複雑な顔をした。
その後誰が、どの家に泊まるか決めた。
兄ちゃんと泊まる権利(勿論同じ家って事だよ、同じ部屋じゃないからね)を巡ってじゃんけんなんだけど...
何で愛佳ちゃんと麻里ちゃんもじゃんけんに参加してるの?
自分の家があるでしょ?




