早いね。
店内に残された麻里を除く4人は先程の秀一の雰囲気の変化を思い出し怯えていた。
「おい玲美、随分話が違ったぞ。
気弱で虫も殺せない奴と言わなかったか?」
「私もあんな秀一を初めて見たわよ。みんなもよね?」
「そうなのか?」
亮は翔と純一に聞くと2人は頷いた。
「麻里は全然平気みたいだな」
翔は先程から平然としている麻里に聞く。
「秀一とは幼馴染みだからね」
「そうだったな、でもこの後大丈夫か?」
「大丈夫って何が?」
「秀一だよ、あいつ未練タラタラで玲美に纏わりつかないか?」
翔は不安そうな顔で麻里に聞いた。
「大丈夫よ、昔から秀一は興味を失ったら徹底的に無視する奴だったからね」
麻里の言葉になぜか淋しさを覚える玲美、その様子を見た亮は怯えていると勘違いして優しく玲美の肩を抱き寄せる。
「大丈夫だ俺が玲美を守ってやる。あんな奴俺が叩きのめしてやるからな、なんなら今からでも俺がやってやろうか?」
「止めた方が良いわよ」
「何故だ?俺は空手黒帯だぞ?」
麻里が止めるのを聞き亮は苛立つ。
「秀一は古武術の達人よ」
「そうなのか?」
「初めて聞いたぞ?」
初めて聞いた秀一の事に翔や純一も驚く。もちろん玲美も。
「ええ、秀一の祖父が古武術の師範で道場をしてたから幼少期から仕込まれているわ。
でもあいつからは決して手を出さないから安心して」
麻里の目は決して冗談を言って無い。
そう感じた4人は黙り込む。
「でもあいつが街で俺や玲美を見て襲って来ないか?」
亮は少し怯えて麻里に聞く。
先程の秀一の目を思い出し自分よりも遥かに強いと感じていた。
「心配性ね大丈夫よ、それに秀一は黒春高校に行くから」
「黒春高校って全寮制の?」
「そうよ全寮制で男子高、矯正の必要がある生徒しか行かない底辺高校よ」
「何で分かるんだ?私立の併願の話なんかあいつから1回も聞いた事無かっただろ?」
「それに秀一の学力なら黒春高校より遥かに上の学校に行けるだろ?」
「そうね、実際私達の中で一番頭が良かったしね」
麻里の言葉は翔や純一、玲美も納得出来ない様子だ。
「でもそうなるの。私が秀一に言ったから」
「麻里が?」
「絶対に池島高校に受かる自信があったんでしょうね。私が併願高校を黒春にしたらって言ったら、この仲間以外と高校に行くならどこでも良いって言って願書を取り寄せるとこをちゃんと見たから」
麻里の狂気を孕んだ目に5人は息を呑む。
「まさか秀一が落ちたのもお前の...」
「それは偶然よ、みんなで合格して歓喜の瞬間に別れ話で秀一を不幸のドン底に叩き落とす予定だったからね」
愉しそうに実行予定だった計画を話す麻里に亮は怯えつつながら1つ聞く。
「どうしてお前はあいつを其処まで嫌うんだ?幼馴染みで中学の途中までは友達だったんだろ?」
「友達?」
「違うのか?」
「それ以上だったよ...」
麻里はそう言って玲美と翔、純一を見た。
3人は慌てて麻里から目を逸らす。
亮はこれ以上触れてはいけないと悟った。
同じ頃秀一はようやく自宅に着いた。
「ただいま」
「おかえり、結果どうだったの?電話もしないで」
少し怒りながら秀一の母は聞く。
「落ちた!」
秀一はあっけらかんと言った。
あまりにも軽く言うので秀一の母は呆然とする。
「まさか...」
「本当だよ、俺だけ落ちた」
唖然としたままの母を残し秀一は自分の部屋に向かう。
その姿をみて秀一が中学の仲間や彼女に対して興味を失っている事を察する。
「これで良かったのかも知れないわ。麻里ちゃんから離れる事が出来るし。
麻里ちゃんも秀一が黒春高校に行くと思ってるだろうし...」
秀一の背中を見ながら母は呟いた。
「ただいま」
秀一は自分の部屋の扉を開けた。
「おかえり~」
「またお前は...」
秀一のベッドの上で寝そべりながらライトノベルを読んでいる一人の女の子。
秀一の1歳下の妹真夏だ。
「お前な読書なら自分の部屋でやれよ、その本だって自分の部屋から持って来たんだろ?」
「まあまあ、秀一良いじゃありませんか」
「いつも言ってるだろ呼び捨てにするな」
「それじゃ秀一君で」
「大して変わってないぞ、全く...」
溜め息を吐きながら椅子に座る秀一を真夏は体を起こしてじっと見た。
「なんだ?」
「兄ちゃん何かあったの?」
急に真夏が呼び方を変えた。
秀一にはもちろん分かっている、真夏が秀一の身に何かあった事に感づいた時だ。
こうなると誤魔化しても無駄と知っている秀一は真夏に今日の出来事を話す。
「うっし!」
話を聞いた真夏は立ち上がりガッツポーズを繰り返す。
「何で嬉しそうなんだ?高校に落ちて玲美に振られたんだぞ?」
「でも兄ちゃん落ち込んで無いよね、つまり仲間にも彼女にも興味を失ったって事でしょ?」
「まあ確かにな」
「それに麻里は兄ちゃんが黒春に行くと思い込んでる。これはチャンスだよ、吉報だよ!」
「お前な」
「早速ラインしよっと」
「誰に?」
「愛佳ちゃん」
「何で?」
「兄ちゃん一緒の高校に入学するじゃない」
「止めろ」
「イヤだ」
「お前がライン打つと愛佳が勘違いするだろ、俺がする」
「秀一、携帯持ってないよね」
「あ...」
秀一は携帯を持たないで今まで生きて来た稀有な中学生だった。高校生になると購入予定ではあったが。
「せめて送る前に文面のチェックをさせろ」
「もう送ったよ」
「早っ!」
「あ、既読ついた。」
「早っ!!」
「こっち来るって」
「早っ!!!」
「相変わらすライン早いね愛佳ちゃん」
「お前もな」
「へへ」
無邪気に笑う真夏を見ながら俺は愛佳にどう説明したら良いか悩むのだった。