76話
待つ事10分。
「出来たわよー」
そう言って、シェーラさんがキッチンから料理を運ぶ。
「手伝います」
「ああ、いいから。座ってて」
俺がそう言うと、シェーラさんは止めてきた。
「お客様なんだから、気を使わなくていいのよ」
シェーラさんは、そう言ってくれる。
俺はそう言われて、素直に従い座って待つ。
そうして、シェーラさんが色々な料理をテーブルの上に並べていく。
どれも見た事がない料理だが、とても美味しそうだ。
そうして並べ終わったシェーラさんが椅子に座り、俺達は料理を食べ始める。
「いただきます」
俺は最初にスープを飲む。
「美味え!」
「よかったわ」
俺がそう言うと、シェーラさんは嬉しそうだ。
「本当に美味しいわ」
パトリシアも料理の美味さに驚いていた。
「そうだろう」
ジエンさんも妻の料理が褒められて、とても嬉しそうだった。
「ここに並んでる料理のレシピを教えていただいてもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
そうして、俺は料理のレシピを教えてもらう事になった。
その後も、俺達はシェーラさんの美味しい料理を夢中で食べたのだった。
「それでは、そろそろお暇します」
もう午後8時になる。料理を食べた後、俺達は少し話をしていた。
因みに、流石にいつまでもタメ口は悪いと思い、ジエンさんにも敬語を使う事にした。ジエンさんも、俺の事はレイと呼ぶ事にした。
「そうね。そろそろ帰った方がいい時間だわ」
パトリシアもそう言う。
「そうか。俺としてはもう少しいてくれてもいいんだがな」
「いえ、それは悪いですから」
「そうか」
「あなた、また明日も会えるじゃない」
「そうだな。まだ明日もいるんだろ?」
ジエンさんがそう聞いてくる。
「どうするんだ?」
俺がパトリシアにそう言うと……
「そうね……明日のお昼にはここを出るわ。ゼディンへは、出来るだけ早く行きたいから」
そう言った。
「ゼディン?」
「この魔界の主要都市よ。そこに魔王城もあるわ」
「魔王城?」
「この魔界を統べる魔王様が住む所よ」
パトリシアはそう説明してくれる。
魔王か……
「魔王って、どんな人物なんだ?」
「そうね、とても厳格な人だわ」
「そっか」
「パトリシア様はいいご両親をお持ちになった」
「ええ、そうね。魔王様と王妃様は、とても立派な方であらせられるもの」
ん?魔王の話で、パトリシアの両親が出るって……まさか!
「……なあ、パトリシア」
「何かしら?」
「パトリシアって、もしかして魔王の娘?」
俺がそう聞くと、パトリシアは……
「ええ、そうよ。言わなかったかしら」
そう平然と言ったのだった。
「いやいや、聞いてないから!?」
俺はそう言う。
だからみんなパトリシア様って呼んでたのか!
「何だ、知らずについて来たのか?」
ジエンさんがそう言ってくる。
「知りませんでしたよ……」
「それはごめんなさいね」
そう言うパトリシアは、全然悪いと思ってなさそうだ。
「まあ、いいけどな」
俺はそう言って、溜息を吐くのだった。
俺とパトリシアは、その後ジエンさんとシェーラさんにお礼を言い、村長さんの家に向かっていた。
どうやら、今日泊まるのは村長さんの家らしい。
「それで、そのゼディンまではどのくらいかかるんだ?」
「そうね。ここからだと、歩いて1週間かしら」
「そうか」
「あなたの速さなら、3日もあれば着くわね」
そうパトリシアは言う。
確かにその通りだ。その距離なら、俺がパトリシアを抱えて走れば、3日程で到着するだろう。
「そんじゃ、またパトリシアを抱えて走るか。途中で街や村はないのか?」
「残念だけどないわね」
「そっか」
それなら、この村で食糧を調達しないとな。
「ここよ」
そう考えているうちに、村長さんの家に到着した。
ジエンさんの家よりも大きく、中々立派な家だ。流石村長さん。
コンコンコン。
パトリシアがドアをノックする。
「はい」
すると、中から返事があった。
「村長さん、私です」
「その声はパトリシア様ですな。少しお待ちください」
そうして、10秒程して村長さんが出て来た。
「どうぞ、こちらです」
そう言って、俺とパトリシアを中に入れてくれる村長さん。
「こちらへどうぞ」
そう言って、村長さんは俺達を2階へ案内する。
「パトリシア様はこの部屋をお使いください。難波殿は隣の部屋を」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
俺とパトリシアは、それぞれ用意された部屋に入る。
部屋に入ると、ベッドと机と椅子だけがあり、他は何もない部屋だった。
「難波殿、少しよろしいですか?」
そう言って、開けっ放しのドアの向こうから村長さんが声をかけてくる。
「どうしました?」
「いえ、少しお話がありまして」
「分かりました」
そう言ってくるので、俺は聞く事にする。
「ありがとうございます。それでは、1階へどうぞ」
「はい」
俺は荷物を置き、部屋から出る。
そのまま村長さんと一緒に1階へ下りる。パトリシアは部屋に入ったままだ。
「こちらへ」
俺と村長さんは、リビングにある椅子に座る。
「それで、話とは何ですか?」
「改めてお礼を言いたいと思いまして」
「お礼?」
「はい。ジエンを助けていただき、ありがとうございます」
そう言って頭を下げる村長さん。
「いえ、別に助けたわけじゃありませんよ。ただ見逃しただけです」
俺はそう言うと、村長さんは頭を上げ……
「それでも、結果的にジエンは助かりました。それなら、この村の住人を助けていただいた事に変わりありません」
そう言ってきた。
「ですが……」
「あなたは村の住人を助けてくれた恩人です。それが、村に住む我々の認識です」
村長さんはそう言う。
「……そうまで言われては、こちらとしてもそういう事にしておきましょう」
仕方なく、俺はそう言うのだった。
「ありがとうございます」
再度、村長さんはお礼を言ってくる。
「あら、こっちにいたのね」
そう言って、2階から下りて来るのはパトリシアだ。
「何を話してたの?」
「大した事じゃないさ」
聞いてくるパトリシアに、俺はそう返す。
「そう。それなら、そろそろ明日に備えて寝ましょう」
時間は午後9時だった。
「少し早くないか?」
「何言ってるの、明日の朝にはゼディンに向かうんだから、そろそろ寝た方がいいに決まってるじゃない」
パトリシアはそう言ってくる。
「確かに、パトリシア様の言う通りですね。疲れもあるでしょうし、今日のところは早めに休む事をお勧めします」
村長さんもそう言う。
「……分かりました」
2人からそう言われてしまっては、従うしかない。
まあ、別に起きてても何かあるわけじゃないしな。
俺はそう思い、立ち上がる。
「では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「はい、ゆっくり休んでください」
そうして、俺とパトリシアは2階へ上がった。
俺はベッドの上で横になりながら、少し考え事をしていた。
アイリス、大丈夫かな……
考えているのは、セントメイルにいるアイリスの事だ。
仕方ないとは言え、俺はアイリスの元からあのような形で去った事を、俺は少し後悔していた。
もっと他にやり方があったのかな……
そんな事を考えるが、パトリシアがいたあの状況で話が出来たかどうか怪しい。
アイリスは、魔族は倒すべきだと考えているからな……
だからこそ、俺はあの時パトリシアを抱えて逃げた。
……まあ、もう終わった事だし、考えるだけ無駄か。
俺はそう思い、そのまま目を瞑って寝る事にした。




