74話
俺は走ってセントメイルから出た。後ろを確認するが、誰もついて来ていない。
「よかったのかしら?」
抱えているパトリシアがそう言う。
「何が?」
「あの子よ。あなたの恋人じゃないの?」
「生憎、あいつは恋人じゃない。まあ家族みたいなもんだ」
「それなら尚更じゃない。ちゃんと説明した方がいいんじゃないの?」
パトリシアはそう言ってくれるが、それは出来ない。
「無理だ。あいつは幼い時に、両親を魔族に殺されてる。だから俺が魔族について行くなんて事、絶対に許してくれない」
「……そうだったの」
パトリシアは罪悪感が湧いたのか、声が小さくなる。
「パトリシアが気にする事はないよ。やったのは別の魔族だしな」
「……ええ、ありがとう。それと、1つ聞いていいかしら?」
「何だ?」
「あなたのその剣なんだけれど……」
あ、また始まったか……
「俺のは特殊なんだよ」
俺はいつものように適当に誤魔化した。
「そうなの?」
「ああ」
「そう」
パトリシアはそれ以上何も言わなかった。
暫く走って、かなり遠くまで来た。もう太陽は沈んで、暗くなっている。
「今日はここで野宿だな」
「そうしましょう」
俺はテントを広げ、パンを取り出す。
「ほれ」
俺はパンをパトリシアに差し出す。
「いいの?」
「ああ」
「ありがとう」
そう言って、パンを受け取るパトリシア。
「5日程で魔界に着くと思う。それまでこれで我慢してくれ」
「え、それは無理でしょ」
「何で?」
「だって、ここから魔界まで私は来るのに10日もかかったわ」
「大丈夫だ」
「だから……」
「大丈夫だ」
「……」
「5日後に魔界に着く」
「分かったわ」
そう言ってパンを食べるパトリシア。
俺もパンを食べつつ、気になった事を聞く。
「そう言えば、パトリシアはセントメイルまでどうやって来たんだ?」
「私は途中まで護衛の魔族について来てもらったの。護衛の魔族には、丁度ここを少し行った所で帰ってもらったわ」
「何で?」
「私だけの方が動きやすいからよ」
「そうか。それじゃあ、荷物は?」
「護衛の魔族が持って帰ったわ」
え?
「……まさか、食糧までか?」
「いえ、少しだけならあるわ」
少しって……
「帰りはどうするつもりだったんだ?」
「あなたに任せようと思ったの」
「……それはおかしいだろ。それに、俺が嫌だって言った場合……」
「その場合は1人で帰るつもりだったわ」
「少しの食糧で10日も何とかなるか?」
「ええ。私、少食だもの」
「……そうか。でも、護衛はいた方がよかったんじゃないか?」
「そうでもないわ。もしかしたら見つかるかもしれないのだから」
「まあ、確かにそうだな」
「それに、私にはあなたが魔界に来るんじゃないかって予感がしてたの」
「……何でだ?」
「分からないわ。ただ、あなたの話を聞いた時にそう思ったのよ。あなたなら、魔界に来てくれるって」
「……そうか」
まあ確かに、行こうとは思ってたけどな。
それからは、お互いに他愛もない話をしていた。
夜。
俺はテントの中で寝ている。横にパトリシアがいるが、1人用のテントなので狭い。
俺は外で寝ようと思ったのだが、パトリシアがそれは悪いと言って聞かなかったので、こうなってしまった。
それにしても、妙な事になったな……
数時間前まではアイリスと一緒に学園で授業を受けていた。それが今はセントメイルを出て、こんな平原で魔族であるパトリシアといる。
出来るだけ早く魔界に行かないとな。
俺はそう思いつつ、少しアイリスの事が気になった。
……本当に、悪い事をしたな……
アイリスには悪いと思う。だが、これは必要な事だと割り切るしかない。
幸い、アイリスには俺と違って友達もいるしな……
俺はアイリスなら大丈夫だと思い、そのまま目を瞑って寝たのだった。
それから俺は毎日走り続けた。もちろん、パトリシアを抱えてだ。
幸いにも雨は降らなかったので、楽に走る事が出来た。
そしてセントメイルからどんどん南下していき、遂に魔界に足を踏み入れたのだった。
「……まさか、本当に5日で到着するなんて、信じられないわ」
パトリシアはとても驚いていた。
「だから言っただろ」
俺がそう言うと、パトリシアは俺の方を見てくる。
「……本当に、あなたって何者なの?」
そう聞いてくるので……
「ただの人間だよ」
そう答えておく。
パトリシアは疑わしそうな目を向けてくるが、少しすると溜息を吐いた。
「はあ……まあいいわ」
そう言ったのだった。
「それにしても、魔界って言っても特に変わらないんだな」
「それはそうよ。ただこのテール荒野を境にして、人間界と魔界を分けてるだけだから」
人間界から魔界、魔界から人間界と移動するには、テール荒野を通らなければならない。
テール荒野は南北に500キロメートル、東西に1000キロメートル程ある、とても大きな荒野だ。
俺達は今、そのテール荒野を抜けたところで、ここから先は森になっている。
「そんじゃ、案内よろしくな」
「ええ、ついて来て」
そうして、俺とパトリシアは歩き出した。
「かなり歩いたけど、まだ何も見えないな」
俺とパトリシアが歩き出して、既に2時間は経っている。それでも、まだ魔族が住んでいそうな場所は見えてこない。
「そろそろ見えてくるわ」
パトリシアがそう言うので、俺は黙って歩く。
そのままさらに10分程歩くと森を抜け……
「ほら、見えてきたわよ」
「あれか」
遂に魔族が住む街が見えてきた。
「あそこは街なのか?」
「いえ、あそこは村よ。都市部はもっと先だから」
「そっか」
そうして、パトリシアと一緒に村に入る。
「誰かいないかしら?」
そう叫ぶパトリシア。
すると……
「はい、誰でしょうか?」
そう言って出て来たのは、少し年配の男性魔族だった。
「あら、村長さんじゃない」
「おお、パトリシア様ではありませんか!」
そう言って、村長と呼ばれた魔族が急いでこちらに来る。
「2週間ぶりね」
「ええ!よくぞご無事で!」
「ありがとう」
そうして再会を喜ぶ2人。
そうしているうちに、他の魔族も出て来て、こちらに来る。
「あ、パトリシア様だ!」
「本当だ!」
「ご無事でしたのね!」
「よかったわ!」
どんどんと魔族が集まる。
そして、やっと村長が少し離れた所にいる俺に気づいた。
「なっ!?人間!?」
「え!?」
「人間だと!?」
「おい、人間がいるぞ!」
「パトリシア様を守れ!」
そうして、魔族が一気に武器を出す。
おお、これはやばいか?
そう思った時だった。
「待って!」
そう言って、俺の所まで歩いてくるパトリシア。
「この人は私が連れて来たの」
魔族の人達が騒つく。
「それは本当ですか?」
村長と呼ばれた魔族が、パトリシアに聞く。
「ええ。この人は私の事を見ても、殺そうとしてこなかったわ」
その発言に、魔族の人達は驚いたようだ。
「パトリシア様の言っている事は本当だ」
そうして俺達の前に現れたのは、1人の魔族だった。
「あんたは!?」
俺はその魔族に見覚えがあった。
この前の……
俺達の前に現れたのは、この前に俺が逃がした魔族だった。
「おう。あん時は見逃してくれてありがとな」
この前逃がした魔族は、そう言って笑ったのだった。




