73話
「ここにいたら誰かに見つかるかもしれないから、取り敢えず家に入ろう」
「お邪魔してもいいのかしら?」
「ああ」
「じゃあそうさせてもらうわ」
そうして俺は家の鍵を開け、魔族を中に入れる。
「どうぞ」
「ありがとう」
そのままリビングまで案内する。
「ソファーに座って待っててくれ。お茶を出すから」
「別にいいのに」
「いや、そう言うわけにはいかないって。一応客だし」
そう言って俺はキッチンへ行き、お茶を取り出す。
「おかしな人ね」
後ろからそんな声が聞こえたが、気にせずお茶をコップに注ぐ。それを持ってリビングへ戻る。
「どうぞ」
俺はお茶をテーブルに置く。
「ありがとう」
そうして、俺も対面に座る。
「ところで、あんた名前は?」
俺がそう言うと、魔族は口を開く。
「そう言えば、まだ名乗ってなかったわね。私はパトリシアよ。呼び捨てで構わないわ」
「分かった、俺の事もレイでいい。それで、話って何だ?」
「ええ。あなた、この前魔族と戦ったでしょう?」
「ああ、そうだ」
「それで、その魔族を逃がしたわよね?」
「そうだな」
「どうして?」
「どうしてって言われてもな」
俺はただあの魔族から話を聞くためだ。
そう言うと……
「でも、その後あなたはその魔族を殺せたはずよ」
そう言ってくる。
「……確かにその通りだ。でも、だからと言って殺すのは違うと思った」
「どうして?」
「あの魔族は、連れ去られた魔族を助けに来たと言っていた。それなのにあの魔族まで殺したら、また他の魔族が来るだろ?」
「だったら、その魔族も殺せばいいじゃない」
パトリシアはそう言う。
「……分かってないな」
「何がかしら?」
「その殺すって事だよ。俺は誰も殺したくないんだ」
「甘いわね」
「そうだろうな。でもそれが俺だ。俺は誰も殺さない。絶対に」
そう俺が言い切ると、パトリシアはさらに聞いてくる。
「それなら、誰かがあなたかあなたの大切な人を殺そうとした時、あなたはどうするの?」
「それなら返り討ちにする」
「でも、また襲ってくるかもしれないわよ」
「例え何度襲われたって、俺は毎回返り討ちにするさ」
「あなたがいない時に、誰かが殺されるかもしれないわよ?」
「そうはさせないさ」
「どうしてそう……」
「絶対にさせない!」
パトリシアが言い終える前に、俺はそう言う。すると、パトリシアは驚いたようで、目を見開く。
「俺は、誰も殺さないし殺させない。それは人間でも魔族でも変わらない」
俺はそう言って、真っ直ぐパトリシアを見る。
「……ふふふっ」
「何だ?」
「いえ、あなたって本当におかしな人ね」
そう言って、おかしそうに笑うパトリシア。
少しすると笑うのをやめ、こちらを見て口を開く。
「いいわ。あなたなら信じられそう」
「どういう事だ?」
「あなたなら、人間と魔族の関係を変えられるかもしれないって思ったのよ」
人間と魔族の関係か……
「まあ、変えられるものなら変えたいけどな」
「そうね。私も変えたいわ」
そう言って、お茶を飲むパトリシア。
「あら、これ美味しいわね」
「そりゃよかった。ところで、あの魔族は元気か?」
俺は気になっていた事を聞く。
「あの魔族って、あなたが逃がした魔族の事?」
「そうだ」
「あの人なら元気よ。帰ってきた時は怪我が酷くて絶対安静だったけど、今はもう大丈夫」
「そっか」
よかった。あのまま死んでいたら、俺がさっき言った事が全部嘘になるからな。
「彼、ジエンって言うの。私は彼からあなたの話を聞いたのよ」
「そうなのか」
「彼ね、あなたの攻撃でやられかけたけど、自分の呟きを聞いて、あなたは話を聞いてくれたって。それで、逃がしてくれたって言ったの。私達は信じられなかったわ。人間は私達を見ると、絶対に殺すもの」
そう言うパトリシアは、複雑な感情を抱いているのかどこか悔しそうだった。
「そうみたいだな。でも、俺は生憎普通じゃないんでな」
俺がそう言うと、パトリシアは悔しそうな表情を消し、今度は笑顔を向けてきた。
「そうね。会ってから数十分程しか経っていないけど、あなたが普通じゃない事は分かったわ」
「そっか。それで、俺が普通じゃないって確認をしに来たのか?」
そう聞くと、パトリシアは首を横に振る。
「いいえ、それだけじゃないわ。今までのはただの確認だもの、本題はここからよ」
そう言って、俺の目を真っ直ぐ見てくるパトリシア。
「あなたに、魔界に来て欲しいの」
……そう来たか。
パトリシアが、なぜ俺に接触してきたのかが分かった。
今までのパトリシアの言動からして、俺を窓口として人間と魔族の友好関係を築いていく事かな。
まあ、もしかしたら他に目的があるのかもしれないが、恐らく俺の考えは当たっているだろう。
「俺、この世界の人間に対して影響力なんてないぞ」
試しにそう言ってみると、パトリシアは少し驚いたようだ。
「……今の発言だけで、そこまで分かったの?」
「まあな」
俺はそう答えておく。まだ確信が持てない以上、自分の考えをそのまま言うのは得策ではない。
「……あなた、政治か何かやってるの?」
「いや」
この世界ではやってないな。
「……そう。それなら、さっきの質問の答えを聞いてもいいかしら?」
俺はそう言われて、少し考える。
「……分かった。魔界に行くよ」
「本当?」
「ああ」
元々行こうと思ってたしな。俺だけで行くより、パトリシアといた方が都合がいいだろ。
「それなら、急いで用意して。出来るだけ早く魔界に帰りたいの」
「分かった」
パトリシアは人間界にいるだけで危険だからな。
「それじゃ、用意するから待っててくれ」
「ええ」
俺は既に用意してある鞄を手に取る。
「行こうか」
「え、それだけ?」
「そうだけど」
俺の手には孤児院から持って来た物が入っている鞄がある。これは孤児院からここに来るまでに使っていたものだ。
俺には荷物なんてそんなにないしな。
比較的軽めの鞄を背負い、パトリシアに言う。
「さ、行こうぜ」
「……そうね」
パトリシアはそう言って立ち上がる。
俺とパトリシアはそのまま玄関に向かった。
「もう、何してるのよ!」
アイリスは怒っていた。原因はレイが全然戻らないからだ。
「本当に何してるのかしら!」
アイリスはそう言いつつ歩く。
現在、アイリスは魔族討伐隊の訓練を早退して、家に向かっている。
「……え?」
そうして家が見えて来たところで、アイリスは見てしまった。
レイと知らない女の子が、家から出てくるところを。
「……嘘……女の子と会うために、レイは訓練に参加しなかったの……」
アイリスはそう呟き、少しずつ歩いて行く。
アイリスの中では怒りが湧いていた。自分に嘘をついて、レイが知らない女の子と一緒にいるという事実を前にして、とても腹が立った。
そして、近づく事で分かってしまった。
「……え……あれって、魔族……」
そう、レイと一緒にいるのは魔族だった。
何でレイが魔族と一緒にいるの……
アイリスは混乱していた。自分に嘘をついてまでレイが会った女の子が魔族と分かって、アイリスは何が何だか分からなくなった。
「レイ!」
気がつけば、そう叫んでいた。
「え、アイリス!?」
レイは驚いている。
「訓練はどうしたんだよ!?」
レイはそう聞いてくる。
「それはこっちが聞きたいよ!訓練に参加しないで、何で魔族と一緒にいるの!?」
「それは……」
そうして、レイは少し考えて……
「悪いけど、言えない」
そう言ったのだった。
「……何よそれ!?どうして!?」
「それも言えない」
「何でよ!?」
アイリスにはわけが分からなかった。
「アイリス、悪いけど、俺はこの国を出て行くよ」
「え……」
「リベレイト」
レイはそう言って武器を出し、魔族の女の子を抱えて走り出す。
「あ、待って!」
アイリスも追いかけるが、全然追いつけない。
「アイリス、元気でな!頑張って国家戦士になれよ!」
そう言いい、やがてレイは見えなくなってしまった。
「……そんな……」
そうして、アイリスはその場で立ち尽くしたのだった。




