70話
放課後、俺はアイリスに事情を説明して、1人で学園長室に来た。
コンコンコン。
「はい」
「難波レイです」
「入ってちょうだい」
「失礼します」
俺はそう言って、中に入った。
そこにはソファーに座った学園長と、学園長とは反対側のソファーに座る60代〜70代だと思われる男性がいた。
「ここに座って」
「はい」
俺は言われた通り、校長先生の隣に座る。
「この子が難波レイ君です」
「ほう、中々よい顔つきをしておるな。私はこの国の国家代表であるラウリ・スドルだ。よろしく、難波君」
「難波レイです。よろしくお願いします」
「それでは早速本題なんだが、君はこの学園を卒業したら、この国の国家戦士になる気はないか?」
「それは!?」
学園長はすごく驚いていた。
国家戦士。それはつまり、俺に昨日の国家戦士の人達のように、魔族と戦えという事か。
「どうして俺なんですか?」
「君の実力はかなり高いから、ぜひ国家戦士に欲しいと、昨日魔族を討伐した国家戦士から推薦があったからだ」
そう国家代表のラウリ・スドルさんは言う。
しかし、どうにも今の言葉をそのまま受け入れる事が出来ない。
俺の感だが、何か裏がありそうだ。
「……それは、今お返事しなければならないのでしょうか?」
「そうだな、出来れば早い方がいいが、君が学園を卒業するまでに決めてくれればいい」
「畏まりました」
俺がそう言うと、国家代表のラウリ・スドルさんは立ち上がる。
「これで用件も済んだ事だ、私はこれで失礼する」
「それでは、私がお送りいたします」
そうして、俺達は学園長室を出た。
「私は国家代表をお送りするから、あなたは訓練に行っていいわよ」
「はい」
俺はそのまま、言われた通り訓練に向かった。
魔族討伐隊の訓練が終わり、俺はアイリスと一緒に帰っている。
「ねえ、国家代表との話って何だったの?」
アイリスがそう聞いてくる。
「ああ、学園を卒業したらこの国で国家戦士にならないかって言われた」
「え、それ本当!?」
「ああ」
「すごいじゃん!」
アイリスはそう言ってくるが、俺にはそう思えない。
「そうか?」
「えー、何その反応?もっと喜びなよ!」
「何で喜ぶんだよ」
「だって卒業したらこの国で国家戦士するんでしょ?」
「いや、返事は保留って事にしてもらった」
「え、何で!?」
「俺は別に国家戦士になりたいわけじゃないしな」
「何それ!?私なら絶対なるのに!」
アイリスならそうだろうな。何せ、この学園に通ってるのは国家戦士になるためだもんな。
でも、俺は違う。俺はただアイリスについて来ただけだ。
そうだ。俺は、自分の意思で学園に通ってるわけじゃない。
前の王立アセンカ学院への入学は、最初はシスターに言われた事がきっかけだが、最終的に行くと決めたのは俺だ。
でも今回は、俺はアイリスについて行くと決めただけだ。別に学園に通う気も、国家戦士になる気もなかった。ただ、アイリスについて来て、アイリスが学園に通うから俺も通ってるだけ。
そう、それだけだ。
「レイ?」
「ん?」
アイリスが俺を見てくる。
「どうしたの?やっぱり、国家戦士になりたくなったの?」
「いや、そんなんじゃねーよ。それより、早く帰ろうぜ」
「あ、待ってよ!」
俺はそう言って走り出す。アイリスもそんな俺の後ろを追いかけて来る。
俺は後ろを振り返り、そんなアイリスを見て思った。
一見、俺がアイリスを引っ張っているように見えるが、実はアイリスが俺を引っ張っているんだよな。
いや、それも違うか……
俺がアイリスについて行ってるだけ、それが正しい。
そう思うと、今まで感じた事のない感情が胸に去来したのだった。
それからはまた、何とも退屈な毎日が続いた。
毎日午前は授業を受けて、午後から訓練をして、放課後は魔族討伐隊での訓練をする。しかし、そんな毎日に、少しだけ変化が訪れた。
あれから毎日のようにアイリスは、俺に国家戦士になるよう言ってくる。
学園長も折角の誘いだからと、俺に国家戦士になる事を勧めてくる。
俺はそれに対して、曖昧な返事をするだけだった。
確かに、最初に国家代表から国家戦士にならないか、そう言われた時は、何か裏があるんじゃないかと国家代表の言葉を疑った。それでも、国家戦士はこの国の人達のために戦う人達だ。それはとても誇り高く、やりがいのある職業である事は間違いない。
しかし、例えそうだとしても、俺はその誘いを受ける事に躊躇いがある。
初めて魔族と戦ったあの日、俺が魔族から聞いた話の事。国家代表から国家戦士の誘いを受けた日、学園から家までの道のりで、アイリスについて行ってるだけだと認識した事。
俺が国家戦士になるという事に対して躊躇っているのは、この2つの要素が原因だと思っている。
しかし、原因が分かっても解決策は見つからない。
早く何とかしないとな……
俺はそう思うが、考えれば考える程分からなくなる。
はあ……
俺は内心で溜息を吐きつつ、気分転換に教室の窓から外を見るのだった。
そんなレイの事を見ている生徒がいた。
「何か最近のレイ、元気がないのよ」
1人はアイリスだ。教室の窓から外を見るレイの事を見つめている。
「何かあったの?」
もう1人はケーナ・ヨセリア。アイリスの親友で、よく2人で遊びに行く程の仲だ。
「分からないの。急に悩み出したから、こっちもどうする事も出来なくて」
「そうなんだ。今までもこんな事あったの?」
「ううん。レイが悩んでるところなんて見た事ないわ」
「それはそれは。それなら、あれかもね」
「あれ?」
「ほら、恋よ」
「恋!?」
「そう。好きな人でも出来たんじゃない?それで、どうしたらいいか悩んでるんだよ」
「そ、そんな事……」
「ないって言える?私達ってもう16歳よ。好きな人ぐらい出来るって」
「ええ!?」
「そんなに驚く事じゃないと思うけど」
「そ、それは困るよ!」
「いや、私に言われても。まあ、あの難波君の事だし、違うと思うわよ」
ケーナにそう言われて、ほっと胸を撫で下ろすアイリス。
「……ねえ、私に何か出来る事ないかな?」
「そうねえ……こんなのはどうかしら」
「え、何?」
そうして2人で全く見当違いな事を話していた。
まあ、ケーナにとってはレイが悩んでいる理由は何でもいい。この機会に、自分の親友であるアイリスをレイとくっつけようとしているのだ。
アイリスがレイの事を好きなのは、誰の目にも明らかだ。親友としては、その恋が成就する事を願っている。
そのため、ケーナはアイリスにレイとくっつくための方法を教える。
その方法を聞いて、アイリスは少し顔を赤らめるも、やる気だった。
頑張りなさいよ。
ケーナは内心でそう呟いたのだった。




