3話
あれから1週間が経った。俺は毎日トレーニングをしている。それから春日さんに話を聞くと、ここは東京にある研究所だそうだ。俺がいたのは大阪だから、恐らく寝ている間に車か何かで連れて来られたんだろう。
「もう1週間経つのか……父さんと母さん、心配してるだろうな……」
あの日家を出る前に言われたんだよな、気をつけろって。それなのにこんな事になって、帰ったら怒られるんだろうな。
「まあ気にしても仕方ない。トレーニングを続けよう」
最近はトレーニングの効果が出たのか、体が引き締まってきた。俺は今までずっと帰宅部で運動してなかったからな。別に運動神経が悪いわけじゃない。ただ体力がないからあまり運動はしたくないんだよな。
そんな事を考えながら、トレーニングをしていた。
トレーニングの後、何となく研究室に来た。
「やあ、どうしたんだい?」
「いや、別に。何となく来ただけ」
「そうなの?」
「ああ……これは?」
何となく目に入った注射器を指差す。中には紅色の液体が入っていた。
「ああ、それは君に投与した特別な薬と同じものさ。No.EXって言うんだ」
やっぱりか。しかも特別なやつ……てことは……
「もしかして未完成?」
「そうだよ。近々誰かに投与しようと思っているんだ」
「そうか……」
また誰かが犠牲になるのか……よし。
ブスッ!
「ちょっと!?何してるのさ!?」
「いいじゃねえか。どうせ誰かで試す予定だったんだろ?なら俺がやるよ」
「いや、君は!」
そのまま薬を投与する。
「もう投与しちまっ……っ!?」
くそ!また痛みが!
「うわああああああああああ!!」
何だこれ!?この前よりも痛みが……
「ああああああああああ!!」
「だから言ったのに。1人につき薬の投与は1回までなんだよ。それ以上投与すると人は死ぬ。君は一度薬を投与してるんだから、このままだと死ぬよ」
「うああああああああああ!!」
「聞こえてないね。折角のNo.0適合者だったのに。残念だよ」
「あああああおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
くそっ!このままじゃあ死ぬ!それは駄目だ!俺はまだ何もしてねえ!こんな所で終われるかよ!
「あああああぁぁぁぁぁ!!」
気合いだ!気合いで何とかするんだ!
「あああああうおおおおお!!」
「ん?」
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
すると次の瞬間、痛みが治まった。
「はあ……はあ……はあ……」
ドサッ!
そのまま意識を失い、倒れた。
「……息してる……嘘……」
何度確認しても生きている。
「……ははは!君はすごいよ!本当にすごい!」
春日誠司はユウキを部屋の端に移動させて、寝かせた。
「君ならきっとあれも使いこなせる。そうと決まれば最終調整を済ませて、彼が起きたら早速使えるようにしないと」
そのまま部屋のガラス窓から見える機械に目を向けた。そして椅子に座り、モニターを見て何やら考え始めるのだった。
……ここは?
「……くっ!」
体が痛い。筋肉痛なんて比じゃないくらいの痛さだ。
「どうなってんだ?」
「あ、起きたみたいだね」
声のする方に目を向けると、春日さんがいた。
「君はNo.EXの薬を投与して、そのまま倒れたんだよ」
……そうか。そう言えばそうだった。
「本当に君は無茶をするよ。普通なら死んでるからね」
「……マジか……」
「うん。でも君は生きてる。これはすごい事だよ。前例がないからね」
「……そうか」
あまり嬉しくないな……
「それで起きたばかりで悪いんだけど、君にはあの機械を試して欲しいんだ」
指差した方に目を向ける。するとガラス窓の向こうに椅子があった。
「……何だ、あれ?」
「あれはVRの機械だよ。知ってる?」
「ああ。VRは最近流行ってるからな」
「よかった。でも君の知ってるVRよりもすごいよ。何てったって、完全に意識をVRの世界に飛ばすことができるんだからね」
「……マジか」
それって、ラノベやアニメでよくあるやつか!?
「まさか、フルダイブ?」
「フルダイブ……そうだね。そう呼んでもいいかもしれない」
「マジか……」
実現するかどうか怪しかった技術が目の前にあるって……どう反応したらいいんだ?
「それで、君にはあれを試して欲しいんだ」
……マジ?
「本気で言ってるのか?」
「本気だよ」
「VRの世界に行って、何をするんだ?ゲームか?」
「いや、君には中で人生を送ってもらうよ」
「人生ゲーム?」
「ゲームじゃないよ。本物の人生。生まれた時から死ぬまで、VRの世界で生き抜いてもらう」
「……何の意味があるんだよ」
「これも実験だよ。それに、君は魂の具現化が出来ていない。もしかしたら一生出来ないかもしれない。それは僕としても避けたいからね。だから君にはVRの世界で生きてもらって、魂を具現化してもらう」
「……」
成る程。実験か、この人らしい。この1週間でよく分かった。春日誠治という男は、研究にしか興味がないという事を。なら、俺がずっとその興味を引き続けてやる。それで誰かが犠牲にならずに済むなら。
「分かった。やるよ」
「オッケー。じゃあ早速やろうか」
「ああ」
そのまま俺は立ち上がって、春日さんについて行った。
「この機械はソムニウム。夢って意味なんだ」
「夢……」
確かにVRの世界で行う事は夢に近いのかもな。
「よし、準備出来た!じゃあまずは説明をするね」
「ああ」
「まず、始まった時は生まれてすぐの設定にしてある。それから近くの孤児院に拾われると思うから、そこで生活して欲しい」
「分かった」
「それから死ぬまではこちらに戻ってこれない」
「ああ」
「世界観はランダムだ。もしかしたら戦争ばかりの世界かもしれないし、ファンタジーの世界かもしれない」
「それは大変だ」
「まあ慣れるよ。言語は全部日本語だから安心して」
「了解」
「何か質問はある?」
「そうだな……時間は?VRの方で過ごした時間とこっちの時間は一緒なのか?」
「まさか。そこは加速装置を使うよ」
「加速装置?」
「加速装置っていうのは、VRの世界に行ってる間の脳の回路を加速させるんだそれによって、こちらの時間では少ししか経っていなくても、VRの世界では何年も経っている事になるんだ」
「具体的な時間は?」
「そうだなー。恐らくこちらの3分がVRの世界の1年かな」
「!?」
マジか!?そんなに!?
「それって、脳への負担は……」
「あるよ。でも、君なら大丈夫だと思う。2度の薬の投与に耐えた君ならね」
……まあやるしかないよな。俺がやらないと誰かがやらされるんだろうから。
「分かった」
「他に質問は?」
「特にない」
「それじゃあ早速やろうか」
そのまま、春日さんはモニターの方に向かった。
「それじゃあ始めるよ!」
「ああ」
「頑張ってね!」
その声を最後に、俺の意識は途切れたのだった。