266話
試合が終わり、俺と錦さんは少し話をしてから訓練場を後にする。
すると、通路には理亜と優香の姿があった。
「お疲れ様」
「お疲れー」
そう言ってこちらに手を振る理亜と優香に、俺と錦さんも手を振って応える。
「ねえねえ、レイってかなり強かったんだね」
優香がそう言うので、俺は苦笑しながら口を開く。
「まだまだだけどな」
「えー、全然そんな事ないと思うけどなー」
「優香の言う通りです。難波殿はかなり強い」
錦さんまでもがそんな事を言う。
理亜はそんな俺達を見て、ニコニコと笑っている。
「そうよ、レイは強いわ」
本心からそう言う理亜。
「理亜まで……」
そうして俺が困っているのを見て、3人は笑う。
本当に困ったものだ。
「それじゃあ、今日はこのまま帰ろっか」
「え、理亜と優香は授業を受けないのか?」
俺がそう聞くと、優香は少し困った顔をする。
「あー、あたしは今日はいいかな。理亜も今日はいいよね?」
「ええ」
少し目線を下げて返事をする理亜。
その顔はどこか諦觀しているように見えた。
何かあるのか?
そう疑問に思った時、錦さんが話題を変えるように口を開く。
「それでは、この後は買い出しに行きましょう」
「買い出し?」
「難波殿の身の回りの物を揃えないといけませんからね。今日の放課後はその買い出しに行こうと思っていたんです」
そうだったのか。
確かに、俺は昨日この世界に来たばかりだから、何も持っていない。
そんな俺のために、錦さんは態々買い出しをしてくれるようだ。
「あ、そういう事ならあたしも行くー」
「いいわね。人数は多い方が楽しいわ」
俺と錦さんも特に反対はしない。
そうして、俺達4人は買い出しに行く事になった。
買い出しを終え、帰路につく。
「はあ……いらない物までこんなに……」
錦さんは溜息を吐き、手に持った袋を見やる。
そこには、本当なら買うはずのなかったお菓子やジュースで一杯だった。
「あははは……まあ、これからみんなで食べるんだし、別にいいじゃん」
なぜか、今から理亜の家でお菓子パーティーをする事になった。
まあ、優香が言い出した事なのだが。
錦さんは渋っていたのだが、理亜がやりたいと言い出してからは押し切られてしまった。
そして結局、こうしてお菓子やジュースを買う羽目になったのである。
「まあ、理亜が楽しそうでよかったじゃないですか」
「そうですが……お嬢様、くれぐれも食べ過ぎには注意してください」
「分かってるわ」
目をキラキラさせながら返事をする理亜。
本当に分かっているのかどうか怪しいものだ。
「はあ……」
それは錦さんも思ったようで、また溜息を吐いていた。
一方で、優香と理亜は楽しそうに話をしている。
「……」
そんな普通の日常に、俺は少し違和感を覚えていたのだった。
俺がこの世界に来てから1週間が過ぎた。
この世界の生活にも慣れ、やっと落ち着いてきた。
今は理亜と錦さんと優香の3人と一緒に学園から帰っている途中だ。
「ねえねえ、この後どこかに寄ってかない?」
「寄り道はいけませんよ」
「えー、いいじゃん!ね、理亜?」
「そうね。ちょっとくらいならいいんじゃないかしら」
「お嬢様まで……」
とまあ、こんな風にいつもと変わらないやり取りを繰り広げる3人。
もう慣れたもので、俺は特に口出しせずに見守るだけだ。
「それじゃあ、またあそこのショッピングモールで……」
錦さんが押し切られ、理亜と優香がどこに行くかを相談し始めた時だった。
「!?」
突然の殺気に、俺は慌てて後ろを振り返る。
だが、そこには誰もいない。
「難波殿!」
錦さんも気づいたようで、慌てて俺に声をかけてくる。
「?」
「どったの?」
理亜と優香は分からなかったようで、状況がよく分かっていないようだ。
俺は周りを注意深く観察するが、もう殺気は消えている。
恐らくもう殺気を放ったやつはここにはいないだろう。
「逃げたみたいですね」
「そうですか……この間、お嬢様を誘拐しようとしたやつらでしょうか?」
「その可能性は高いと思います。注意しておいた方がいいですね」
「ええ」
俺と錦さんが2人で話していると、理亜と優香がこちらに来た。
「ねえねえ、どったの?」
「そんなに怖い顔をして、何かあったの?」
2人が心配そうに聞いてくるので、俺は何でもないと言う。
「いや、何でもない。後ろに誰かいる気がしただけだ」
「え、それ何でもなくない!?」
「気のせいだったから大丈夫だ」
俺がそう言うと、理亜と優香もそれ以上は追求してこない。
「ほら、それよりもどっか行くんだろ?早く行こうぜ」
「あ、うん、そだね」
「ええ、行きましょう」
そうして再び歩き出す。
「……」
錦さんは今も警戒している。
俺も警戒しているが、やはりもう殺気は感じられない。
結局、その日はそれ以降何もなかったのだった。




