212話
その後も話をして食事を終えた俺は、風呂に入らせてもらってから部屋へと戻って来た。
今はベッドに横になり、蜜柑から言われた事を考えている。
「……それとなく柚葉に聞いてみるねえ」
言う事は簡単だけど、実行に移すのはかなり難しい。
先ず、どうやったら聞き出せるのかが思いつかない。
と言うより、柚葉が俺の事を好きだって事自体、勘違いなんじゃないかと思われる。
てか、そっちの方が可能性は高い。
「はあ……やっぱ勘違いだよな」
第一、俺は自分の事をそんなに魅力的な人間だとは思えない。
今までも好きだと言ってくれた子はいたが、あれは奇跡だと思っている。
何せ現実世界では一度もモテた事がないし、仲のいい女の子もそんなにいなかった。
だからこそ、このVRの世界で俺に理亜という彼女が出来た事自体が奇跡なのだ。
それなのに、その後も俺の事を好きだと言ってくれる人が何人もいた。
これは絶対に奇跡だろう。
その瞬間、胸が少し痛む。
「……やっぱり、今でも理亜の事を思い出すと、胸が痛むな……」
初めて出来た彼女である理亜。
だが、俺は彼女と一生を添い遂げる事は出来なかった。
彼女はテロ集団に殺されてしまったからだ。
それが原因で、俺はソウル・リベレイターになった。
感情が戻った今、あの時の事を思い出すだけで胸が痛くなる。
「……もし、柚葉が俺の事を好きだとしても、今まで通り断ろう」
まあ、万が一柚葉が本当に俺の事を好きだった場合だけどな。
そんな事はないと思うけど。
俺がそう思っていた時だった。
コンコンコン。
部屋のドアがノックされた。
今の時間は午後9時だ。
こんな時間に誰だろうと思いつつ、返事をする。
「はい」
「あ、私よ」
その声は柚葉か。
俺は上半身を起こして、ベッドの上に座る。
「入っていいよ」
俺がそう言うと、ドアを開けて柚葉が部屋に入って来る。
彼女も風呂に入ったのだろう、寝間着姿だった。
「こんな時間にどうしたの?」
「……折角だから、少しお話がしたくて」
話?
こんな時間に態々話って何だ?
「取り敢えず、座ったら?」
「うん」
俺がそう言うと、柚葉は俺の隣に座った。
さっきもそうだったけど、何で俺の隣なんだ?
そう不思議に思っていると、柚葉が話しかけてきた。
「お願いを聞いてくれた上に、あんな風にお父様とお母様を説得までしてくれて……本当にありがとう」
そう言って、柚葉は頭を下げた。
「いやいや、あんな事ぐらい何でもないよ。気にするなって」
「本当に、ありがとう」
柚葉は頭を上げると、今度は俺の目を見てそう言ってきた。
そこまで感謝される事じゃないと思うんだけどな……
その後、暫くの間沈黙が続く。
「「……」」
……え、話ってそれだけ?
「もしかして、話ってさっきので終わり?」
「え、あ、そ、そうだけど……」
それなら、別に明日でもよかっただろうに。
まあ柚葉の性格的に、早くお礼を言いたかったんだろうな。
「そっか。それなら、早く部屋に戻ったら?」
「う、うん」
しかし、柚葉は一向に部屋を出て行こうとしない。
え、まだ何かあんの?
そう思って柚葉の顔を覗き込むと、彼女の顔が少し赤くなった。
え、何この反応!?
そのまま柚葉は顔を逸らしてしまう。
ちょっと待ってくれよ、どういう事だ!?
その瞬間、俺は気づいた。
え、やっぱり蜜柑の言ってた通り、柚葉は俺の事が……
だが、すぐにその可能性はないと否定する。
いやいやいや!そんな事ないって!
でも、今日の柚葉の反応は少しおかしい。
やはり……
こうなったらそれとなく聞いてみるしか……
でも、どうやってそれとなく聞けばいいのか分からない。
……くそっ、もうこうなったら!
「なあ、柚葉」
「え、何!?」
柚葉は俺の方を向く。
顔はまだ赤いままだ。
俺は真剣な顔で、柚葉に問いかける。
「柚葉は俺の事が好きなのか?」
「え……」
普通なら、自意識過剰のナルシストと言われても仕方のないような質問だ。
正直、これで違ったらこれから柚葉とは気まずい関係になるだろう。
だが、他の聞き方を思いつかないのだから、仕方ない。
俺は覚悟して柚葉に問いかけた。
柚葉は、目を見開いて驚いている。
まさか、俺がそんな事を言い出すとは思っていなかったのだろう。
俺達は暫くの間沈黙する。
そんな状況がどれ程続いただろう。
やがて、柚葉が口を開いた。
「……えっと……うん……好き……」
「っ!」
すごく真剣な表情でそう言う柚葉。
俺は目を見開いて驚いた。
まさか、本当に俺の事を好きだなんて……
もしかして、柚葉と蜜柑が俺の事を揶揄っているのかと思った。
だが、柚葉の表情を見てそんな考えは吹き飛んだ。
それ程、今の柚葉の表情は真剣だったのだ。
……仕方ない、断ろう。
俺はそう決め、口を開く。
「先ず、俺を好きになってくれてありがとう」
「う、うん」
「でも、ごめん。俺には好きな人がいるんだ」
「え……」
俺のその言葉を聞いて、柚葉は酷く驚く。
「だから、ごめん」
俺は頭を下げた。
そして、また沈黙。
だが、今度は先程より少し早く、柚葉が口を開いた。
「……それって、私の知ってる人?」
俺は頭を上げて答える。
「いや、知らない。と言うより、もういないんだ」
「え……どういう事?」
そう聞かれ、俺は柚葉に事情を説明する。
改めて口にすると、また胸が痛んだ。
それでも何とか最後まで説明を終えると、柚葉は暫くの間黙っていた。
そして、俺が何か言わないとと思った時。
「……それって、まるで呪いみたい」
そう言われたのだった。
「……は?」
俺は意味が分からず、そう漏らす。
「……だってそうじゃない。その子の事が好きだっていうのは伝わったよ。でも、あなたがその子の事を話してる時の表情からは、それ以外の感情もあるように感じたよ。その子が好きだから、だから他の人を好きにならないって、必死に自分を言い聞かせてるような……多分、あなたはその子を自分のせいで死なせてしまったから、その贖罪のために自分を縛ってるんじゃないのかな……そんな事、その子は望んでないと思うよ。なのに、あなたは勝手に自分を罰して……それって、ある種の呪いなんじゃないのかなって……」
柚葉はそこで話を終えた。
俺はそれを聞いて、少しの間呆然としていたのだが、自分の中で黒い感情が段々と湧き上がってくるの感じた。
俺だけでなく理亜まで貶されたような気がしたのだ。
……何が贖罪のためだ……何がその子は望んでないだ……何が勝手に自分を罰してだ……何が呪いだ……
何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が!
その瞬間、俺は激情に駆られた。




