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177話

俺は息を吸い込むと、一気に吐き出した。

そして……

「……ゾーン」

そう呟いた。

その瞬間、俺の視界から色が消え失せて、全ての動きが緩慢に映る。

これは所謂、極限の集中状態の事だ。よくスポーツ選手などがゾーンに入ると、自分以外の動きがゆっくりに見えるといった話をしている。

俺は、それを自分の意思で入る事が出来るようになったのだ。

これが出来るようになったのは、ここ数百年の話だ。

すごく苦労したが、徐々に出来るようになった。

今もまだ不完全だが、それでも1分程はこの状態でいられる。

そして、1分もあれば……

「八神さん、右から剣の攻撃が、その後に正面から槍が、最後に左から銃で撃ってくる」

すると、八神さんは剣を受け止め、槍を躱す。そして、槍を持った生徒が前のめりになり、八神さんと重なった所に銃弾が飛来する。

それで槍を持った生徒は体勢を崩し、その隙に八神さんが槍を持った生徒の肩を剣で斬りつける。

それにより、その生徒はその場に倒れた。

すると、生徒の胸についていたランプのような物が青から赤へと変わった。

あれは、つけている人がソウル・ウェポンによるダメージを一定受けると、青から赤になる仕組みで、赤になると失格になると八神さんは言っていた。

これにより、過度のダメージを受けて意識を失うという事を防いでいるんだそうだ。

「次、前から剣、後ろから銃弾が同時に来るよ」

すると、八神さんは横に飛んで回避。またしても銃弾が剣を持った生徒に命中する。

そこを一気に斬りつける八神さん。

剣を持った生徒のランプも赤になる。

これにより、残りは銃を持った生徒だけになった。

相手の生徒は、走って距離を取りながら銃口を向けてきた。

「相手の狙いは、順に頭、右足、右腕……」

俺の指示に従い、的確に銃弾を避けていく八神さん。

相手の生徒は、信じられないとでも言うように目を見開いて驚いていた。

そして、相手から攻撃してこなくなったところで一気に接近した八神さんは、剣で斬りつける。

銃を持った生徒のランプが赤に変わった。

そうして、全員倒し終わった。

ここまでにかかった時間は丁度1分。

俺のゾーンも解除される。

「悪い、ちょっと疲れたから、もう指示が出せそうにない」

俺がそう謝ると、インカムから八神さんの声が聞こえた。

『もう大丈夫よ。あとは自分でやるわ』

「ああ、頑張ってな」

そうして、八神さんは残り4人が戦っている所に向かって行った。

俺はその場に膝をつくと、ズキズキと痛む頭を押さえる。

……流石にやばいか……

ゾーンの欠点はこれだ。

使い終わると頭が割れそうな程痛くなり、10分程は何も出来なくなるのだ。

そうしてその場でじっとしていると、理事長が近づいて来る。

「難波、どうした?」

「えっと、少し頭が痛くなって……」

「大丈夫か?保健室に行くか?」

「いえ、ここで最後まで見てます」

俺はそう言って、ステージに視線を向ける。

そこでは、既にまた1人を倒した八神さんが、次の対戦相手の元に接近しているところだった。

「そうか……それはそうと、さっきの指示はすごかったぞ」

そう理事長が褒めてくれる。

「ありがとうございます」

「うむ。どうやら、君を八神のサポーターにしたのは間違いじゃなかったようだな」

そうして薄らと笑顔を浮かべる理事長。

自分のやった事が間違いじゃなかった事を喜んでいるようだ。

そう話している間に、八神さんの方は終わりそうだった。


「……マジかよ」

「あいつが来た瞬間、八神さんの動きが格段によくなったぜ」

「どんな指示したら、あんな事出来んだよ?」

周りで見学していた生徒達は、みんな驚いていた。

それはそうだろう。

八神柚葉は始まった瞬間から、4人の生徒に囲まれていた。

試験ではよくある、強いやつを先に倒そうと言うやつだ。

あまり好まれる戦法ではないが、偶にやるやつはいる。

そして、それは別に責める程の事でもないため、誰も何も言わなかった。

何とか彼女は1人倒したものの、まだ3人も残っている。

そして段々と追い詰められていき、ステージの端に追い込まれた。

試験では、ステージから落ちたら失格となる。

そのため、誰もが終わったと思った時、難波レイが現れた。

そして理事長がインカムを渡して指示を出し始めると、彼女の動きが格段によくなったのだ。

そのあまりの変化に、他の生徒達は驚いていた。

「あの人、八神さんのサポーターの人だよね?」

「ああ……一体、何者なんだ?」

みんなの視線が、頭を押さえてその場に膝をつく難波レイへと集まったのだった。


やっぱり、すごい!

そんなみんなが感じた事は、彼女……暁有紗も感じていた。

だが、彼女はレイと何度も接触し、ただの生徒ではないと感じていた。

だからこそ興味を抱き、毎朝彼の修行を見学しているのである。

私も頑張らないと!

彼女はそう気合いを入れ直したのだった。


「はっ!」

「ぐあっ!」

「そこまで!」

最後に残った1人を倒して、試験は終了となった。

「ありがとうございました!」

そう審判役の先生に一礼して、ステージを降りる。

そのままレイの元へ向かおうとすると、彼がその場で膝をついて頭を押さえているのが見えた。

「え、ちょっとどうしたの!?」

慌てて駆け寄る。

「ああ、何でもないよ。ちょっと頭が痛くなっただけ」

そう返してきた。

「保健室に行った方がいいんじゃない!?」

「大丈夫大丈夫。ちょっとじっとしてれば治るから」

心配だが、彼がそう言うので一旦引き下がる。

「それより、勝ててよかったな」

「ありがとう。でも頭が痛いんだったら、あまり話さない方がいいんじゃない?」

「そうだな。また後で改めて言うよ」

そう言って、その場で俯く。

本当に大丈夫なのかしら……

心配になったが、それと同時に嬉しくもあった。

こんなに体調が悪いのに、私のために態々来てくれたんだ……

そう思うと、何だか心が温かくなった。

私も後でお礼を言わないと。

そんな風に思い、そのままレイの横に座った。

そうして無言のまま、次の対戦が始まるのを待っていたのだった。

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