episode8:勧誘
「それじゃ、先生は入部届出してくるから! また明日ねー!」
しれっと目標達成した先生は、そう言って家庭科室を足早に出て行った。
廊下は走らないで下さい。
取り残された俺たちは、ここで何をするというわけでもなく、言いようのない虚無感に包まれてしまっていた。
「……とりあえず、今日は帰るか」
これから活動という気分でもなし、先生も「また明日」なんて言ってたから今日はこれでおひらきだ。
ということで、明日からは部員探し。
厄介なことだ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――翌日。
本日の授業、特に何事もなく終わり、あっという間に放課後だ。
授業終了に合わせ、クラスの半分くらいが足早に教室を出て行った。
運動部入り決定した奴らだろう。
こうなると、いよいよ部活勧誘も難しくなるわけである。
入ったその日に廃部確定だなんて、流石になんだかなぁ。
それはそれとして。
……常に監視してるとかそう言うわけではないのだが、悠花の周りの人が日に日に減っている気がする。
初っ端にあの中二病を全開でこられたら無理もないわけだが。
俺が日々それを耐えられてることに誰か称賛を与えてほしい。
頑張ってるな、俺。
まぁ、そのうち周りも慣れてなんとかなっていくだろ。
さて、部活勧誘だ。
うかうかしてはいられない。
張り切っていこう。
如何せんどうもモチベーション要素は皆無なのだけれども。
勧誘、とは言っても俺もまだこのクラスに浸透しきっていない。
やはりこういった類は、交友関係のある者に対して有効な案件なわけで。
いやしかしそれは俺がぼっちであるということではない。
断じて、決して。
まずはそこら辺からなのだろうけれど、それは勧誘期間的に見ても余裕がない。
あとはもう、コンタクトしやすそうな人物を観察して、手当たり次第声をかける他ないだろう。
当たって砕けろ。
というわけで、そんな条件に合う人物像として、ほどよく根暗そうで、話を聞いてくれるようなやつは……、いた。
後方端の席で物静かに読書を嗜んでいる。
周りにいる集まりをさも気にしていないといった様子で、まるでそこは自分だけの領域だと言わんばかりだ。
あれはあれでクラスに馴染んでいる、と言えなくもない。
きっとこれからも彼はそのスタイルを崩すことがないだろう。
彼からはそんな意思を感じる。
まぁ、それはいいとして。
彼ならひょっとすると入ってくれるんじゃないだろうか。
もう既に部活を決めていたら残念だが、いずれにせよあいつは絶対文化部向きの佇まいをしている。
勧誘一号いざ行かんと踏み出した時、ふいに後ろから肩を叩かれた。
「今失礼なこと考えてたね」
男の声だった。
意味不明な発言に虚を突かれつつ振り向いたそこには、先程まで悠々と本を読み耽っていた筈の人物がいた。
そいつがいた。
「うわぇぁあ??!」
思わず飛び退いた。
予想不可の現状に俺は飛び退かざるを得なかった。
「人の顔を見て驚くだなんて、君はなんて失礼な奴なんだ」
「いやだってあの」
彼は確かに座っていたんだ。
後方端の席で読書をしていた。
俺は教室入り口付近。
彼と俺との距離にして5〜6m。
それをほんの一瞬で、しかも俺の背後に回るだなんて……。
「あいにくだけど僕は君達の部活に入るつもりはないよ。あの家庭部の噂は聞いているからね」
俺が動揺している間に、間髪入れず断られてしまった。
家庭部勧誘のことも筒抜けだったようだ
眼鏡の彼は、さも面倒臭そうに背を向け、席に戻っていった。
俺はもうさっき起きた事が気になって、勧誘なんてどうでもよくなってしまっていた。
これは単なる興味本位なのだけれども、このまま彼に帰られては夜も寝られないことになりそうだ。
俺はたった今、彼を高校生活第一友人として絡んでいくことに決めた。
こうやって少しずづでも交友関係を広げて、ゆくゆくは悠花を放置できる環境を構築するんだ。
その夢を実現させるため、俺は重い腰を上げたのだった。